神にこいした少女 ⑦
「のぅ、菜実殿や。少し話でもせぬか? できればお茶と羊羹もありだと嬉しいがの」
「え? あ、はい。よろしいですよ」
素直でよい子じゃのぅ。美幸殿が奔放に育ち、母である秋菜殿がおっとりとしたお人じゃからその中間に育ってしまったのかもしれぬの。
姉だからなのじゃろう。年上というのはいつだって苦労を強いられるものじゃ。
それを苦に思わず育ったが故にこのような子になったのじゃろうか。
「お茶と羊羹です。お客様に出すものなんですが、私が食べたというのは内緒でお願いしますね」
ちゃっかりとしておるのぅ。私もそこまで細かく言うつもりはないがの。
「うむ。美味い。上質じゃのぅ、茶太郎も連れてくれば良かったかのぅ」
これ程の茶ならば奴も腕がなるじゃろう。
「茶太郎さん、ですか?」
「うむ。うちにおる茶汲みでの、人懐こい男なのじゃよ。名前の通り茶を汲むのが美味くてのぅ、出がらしでも一級品に仕上げる男じゃよ」
「その腕を見習いたいですね、今度この村へ来る事があれば是非お願い致します」
やはり宿の跡取りとして茶を美味く入れられるのはやはり必須なのじゃろう。
茶太郎は茶汲みとしては本当に一級じゃよ。利休にすら負けておらぬじゃろうな。
伊達に私の次に歳経ておるわけではないしのぅ。
「うむ。機会があれば連れてこよう。お主が来てもよいのじゃが、流石にこちらまで来るのは厳しいじゃろうしのぅ」
「そう、ですね。それにあの方から余り離れるわけにもいきませんし」
「ふむ? 何故じゃ?」
離れたらどうのこうのとは聞いておらぬが。
「いえ気分の問題ですね。村から出た事がないですし、やはりあの方から離れるのも不安で」
不安、とのぅ。
別段あの神は離れる者を許さぬという雰囲気はなかったはずじゃ。と、なれば離れがたい理由とな。
ふむ。考えられるのは恋心かのぅ。この年頃の女子にはよくあることじゃし。相手が神でさえなければじゃが。
「そうそう。遊びの方は答えに近づいて来ておるよ」
私も意地が悪いの。先ほどの言葉を聞いた直後にこの言葉とは。
神との決別が近いと知らせるのはなんとも言えぬ気分になるのぅ。じゃが故に、じゃの。反応は真実に近い色を宿すものじゃ。
「早いん、ですね」
不安の白と青。そして、安心の純白。矛盾しておるように見えなくもないのじゃが、ふむ。
依頼と一緒じゃな。成程、つまりそういう事なのじゃろう。
となれば依頼主もまたおのずとわかる事になるのぅ。いやはや、反則かのこれは。
じゃが反則じゃろうと早期解決が望ましくての。私の体調的な意味でじゃが。
「これでも百戦錬磨なのじゃよ? この程度、とは言わぬがこれと同じ死闘は潜り抜けてきておる」
私は吸血鬼と先日の鬼、後は百鬼夜行程度じゃが山野と狭間の二人はそれこそ百戦錬磨じゃ。知能戦においても私の先を行ったのは幾人かおるが、幸運を掴んだのは二人だけじゃったしのぅ。
あの二人も愚かではない。今回は私が感情を見れたからこそ早く理解できただけじゃし本来ならば遅くとも後二日もあれば真実へ到達できておったじゃろう。
「そう、なんですか。ですよね、他の村で一柱の神を隠したと聞きましたし。他にも東京大停電を引き起こした妖怪を退治したのもあの方たちなんですよね?」
……耳の痛い話しじゃなぁ。とは言えどのような姿をした者かまでは伝え聞けていないようで何よりじゃ。
流石にあのような事をやったとは公にされたいものではないしのぅ。
「うむ。そうじゃな。私は当時九十九屋にはおらぬかったが、最適の動きをしたじゃろう」
目的を理解したのはおそらくあの二人が最初じゃったろうな。移動速度と場所の問題ゆえに遅れたのじゃろう。
「今回もあの二人はああ見えて、山野はどうなのかは知らぬが歩き聞いて回っておるよ」
「そうなんですか? 山野さんはさっき山の方へ歩いてゆきましたが」
何をやっておるんじゃあの馬鹿は。……いやじゃがしかし山の神じゃしな。何か理由があるのかもしれん。木霊あたりに何事かを聞いておるのかもしれんのぅ。
……ないじゃろうなぁ。
「あやつは、その、自由じゃしな。人間の観点では計れぬ目でおるのじゃろう」
前からおそらく狭間が頭脳兼戦闘担当で、山野が戦闘兼直感担当だったのじゃろう。そこで私が加わり、かの。
うーむ。私が入る前の二人の事はそれ程知らぬのじゃな。吸血鬼の時は、私がほぼ使えぬ状態だったのも大きい。あの二人のみの仕事は見てみたいものじゃが。
「そうですね。山野さんも一柱なのですよ、ね? 雰囲気があの方と似ていますし」
「うむ。山神の一種らしいの。詳しい名前までは聞いた事がないし、流石に聞くのはどのように親しくとも、な」
真名を聞くならばこちらも教える必要がある。それは別に構わぬのじゃが、魂の全てを相手へと委ねる事になってしまうのじゃ。
自分が自分ではなく、他者の意のままになる。山野が人に漏らすとは思っておらぬが何かあった時のために伝え合う事などは出来ぬな。
このような仕事をしておる上に人間の味方とは言い切れぬ狭間じゃ。敵は決して少なくない。高野の巫女がそれとなく後ろに立っておらねば白昼堂々の襲撃などがあってもおかしくはない程にの。
「山神、という事はヤマツミ様方の系譜、なのでしょうか?」
「いや、私は妖物に関しての知識は一流だと自負しておるが神についてはそれ程知識がないのじゃ。山神だと言う事すら知らぬし、親がどのような神なのかも聞いた事がなくての」
ヤマツミ、のぅ。字は山津見あたりじゃろうか。そこらだとするならば神格は高めなはずじゃが……。いや半分は人なのじゃったか。だとすると人と交わった神、のぅ。
多くの伝承は残っておるから見当ぐらいは付くかの。ただ高野の巫女には聞けぬが。
「成程。狭間さんは神の知識については?」
「あやつはなぁ。多くを知っていそうじゃが……。神自体が苦手な気もするの」
先ほども神と会話が終わっておったみたいじゃが心に隙間が多く出来ておった。色は純粋なる黒。負の感情しかない色であった。あの狭間にしては珍しい色じゃったな。
あやつはそもそも悟にすら心を読ませぬはずなんじゃが。私で色が見れるというのはどのような事を言われたのやら。
「苦手ですか」
「うむ。そう見えたがの。何故じゃ?」
「あ、知識が多いなら少し聞いてみたい事もありまして。あの方は神学を教えて下さいますがやはり外からの知識も必要なのかもと最近思う時があるんです」
ああ。ならば狭間はぴったりじゃな。山野は神についての基本も知らぬじゃろうし。
……狭間は何を学んだのか本当にわからぬのぅ。陰陽師のような事をしたと思えば神主のような事もする。だと思えば格闘家でもあり、修験道も習ったと言うておったか。
私たちを使役するのじゃから基本は陰陽師なのじゃろうが、何とも言えぬ万能な男であるの。
「明日一晩程度はおるじゃろうから仕事が終わった後にでも聞くとよい。話したがりじゃから聞けば喜んで口を開くじゃろうな。ただ、気を遣うという事が苦手なのは大目に見て欲しい」
「それはよろしいですけれど、仕事が終わった後、ですか?」
ああ、もう別に言っても構わぬじゃろう。すでに話している内に結論までは纏め終える事は出来ておるからの。
「うむ。すでに依頼人の見当は付いておる。今夜見事にそれを当ててみせよう」
「では依頼人を当てようと思う。心の準備は良いだろうか」
村の人へ聞こうと思い散策し、結局聞く事には聞けたが村の人間には見事にはぐらかされてしまった。隠そうと思うという事はそれが答えという事になってしまうんだが。
「あら。お早いんですねぇ」
秋菜さんが頬に手を当てて困ったように微笑む。何と比べて早いのかはわからないが、一ヶ月の猶予をそれ程使う事なくここまで辿り着いたからだろうか。
「うん。構わないよ、私もどうなるのかを知りたい」
神が部屋の隅に立ちながら言う。僕はそれを、意識から除外する。
今回の件で神の立ち入る隙はない。僕がかの神に苦手意識を持っているからなのだが。
「ではまず現状の確認から行くとしよう。情報が不足していた場合は朱莉君が補足してくれ」
「うむ了解じゃ」
しかし山野君はどこを歩いているのだろう。犬猫でないのだから心配はしていないが。
「この村が消えるのは、人間の視点から見てもそう遠くはない。二十年、五十年は持たないだろう」
経済的な点としてみても、人口的な点を見てもそれは明白だ。たった数十人の村。それも若者は少ない。数十年後には一気に人が減るだろう。
「村が消えたとしても神はこの村から居なくなる事はない。……朱莉君には話していなかったか。そこの神は守り神として産まれたわけではないようだからね、村の有無は神の生死に関係がないそうだ」
「うん。間違っていないよ。私はこの土地で発生したわけではないからね」
国津か、天津。どちらなのだろう。別にそれは重要な事ではないのでどちらでも構わないが。
「ふむ。……成程の。じゃが消えるまではこの村に居続けるのじゃろう?」
「そうだ、だから今回の依頼が出来たんだね」
居て欲しい。だけど、村に縛られて欲しくはない。だがこれは契約ではなく神が自主的に行っている事だろう。縛る鎖などはない。
だから村人は、悩む。自ら居てくれるのなら、自分たちの悩みはただのお節介なのではないだろうかと。
下手な事で神の心へ触れ、もしも悲しむような事があったら申し訳がないと。
「相手を真実想うからこそ発生する矛盾とでも言うのかな」
離れたくはない。開放したい。此処に居て欲しい。聞く事すら気軽にできないと思ったのは村人たちの想いが重すぎたからか。
「恋のような焦がれと、愛のような献身から産まれたのが今回の依頼だ」
「成程。この村人たちの、優しさという事か。……弱き子らは心情を投影するのが得意だからね」
神にしては珍しい、呆れのような表情の中には確かに慈愛がある。それを僕は、好ましく思えない。
悪い事ではないだろう。神は人よりも上位なのだから。単純に僕が好ましく思えないだけだ。
「今の理由は村の総意であり、だが触れる事がなかった事なんだろうね。これだけでは依頼主の特定はできない」
村人はそう思い、または神に純粋な感謝をしていたかだろう。
これを最初に考え付いたのは誰か、という事になる。では誰か。
この思考は残念ながら男の僕では出せない。神はそこまで読むのを知っていたから朱莉君にヒントとも言うべき彼女という言葉でそれを知らせたのだろう。
神が理由に思い至れないのは当然ながら、神だからだ。
人の心を考える事は出来ても共感はし難い。
「依頼人は女性。そして、神から最も離れがたくも神を想う人物」
まるで恋をしているようだ、と思い、まさしく恋をしているのだろうと思いなおす。
ならばそれは誰か。
「菜実さん。貴方が依頼主ですね?」
自信を持って言葉にする。彼女は驚いた顔で僕を見て。
だがしかし彼女はすぐに首を横へと振り、困ったような笑顔で返した。
「いいえ。残念ながら、私ではありません」




