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   神にこいした少女 ⑥

「神様」

「うん? なんだい。巫女よ」


 この人が本当に土蜘蛛を倒したと知り、皆はこの人に頭を下げて奉る事になりました。ちゃんと皆で祠も作って、皆で管理をしようと決めて。

 そして、なぜか私は巫女になりました。多分最初にこの人に、神様に会ったからだと思うんですが。


「その、いつまで村に居てくださるのですか?」


 不思議でした。あれから何年か経つのに神様は村で人に何かを教えたり助けてくれたりしてくれているのです。


「うん? うん。迷惑なのかな? そうならここを去るのだが」


 気軽な口調で言われて焦ってしまいます。そんなつもりはないのに。


「い、いいえ! 迷惑じゃないです! ずっとこの村を守って欲しいぐらいです」

「うん。ならそうしよう。ずっと、この村を守るよ」


 ほっと息を吐く。でも違います神様。私が聞きたかったのはそういう事ではありません。


「何でこの村に居てくれるんですか?」


 こんな何もない村に。最初は酷い事を言ってしまった人の居る村なのに。


「うん? うん。何故か。……特に理由はないのだろうね。他に行きたい場所もないから此処に居るのかもしれない。いやすでに理由は二つあるのだったか」

「二つ、ですか?」


 何でしょう。祠があるからなのでしょうか。それとも土蜘蛛がまた来るかもしれないからなのでしょうか。


「うん。今約束しただろう? この村を守ると。後は君だね。初めての巫女を置いてまで行きたいと思える場所はない」


 頬が赤くなる。嬉しい。この人は私を対等の存在ではなく人としてしか見ていないのですけれど、それでも、嬉しい。

 神様の袖へ触れ、握る。神様は私の頭を撫でてくれる。


「ありがとう、ございます」

「うん? うん。気にする事はない。私は私の好きでここに居るのだから」






「この村は随分と昔からあるのですね」


 史書を開き新しく書かれたであろう文献を漁りながら難解な字を読み進める。これを読むのは普通の人には難しいんじゃないだろうか。


「うん? うん。そうだね、土蜘蛛が闊歩している時代以前からだから少しばかり古いのではないかな。大きな戦には巻き込まれずに済み土地柄から発展する事もできないからね」


 古びた机に向かい僅かに降り注ぐ陽の光を照明として古くなった書物を新しい紙に書き写す様子は僕から見ても絵になる。この瞬間を写真で撮り永遠に残しておきたいぐらいだ。

 このぐらいの貫禄が欲しいと商売をやっている人間としては切に願う。ただ僕には未来永劫つきそうにもないだろう。


「だから昔ながらの村が残っている、と。故に貴方も存在していられるのですか?」

「難しいねそれは。自惚れでなく私が居なければ村は無くなったのだろうけれど私のために村を残したわけではないんだ。ただ滅びないために手を尽くしているだけに過ぎなくてね」

「約束、でしたか」


 先ほどの秋菜さんとの会話を思い出す。約束があるから守っている、と。


「うん、そうだ。前に交わした約束でこの村を守ると決めたのだよ。私は何も、とは言わないまでも大した事を為して居ないからね。他の彼らのように動きたくなったのさ。満足はしているが、彼らのような大事を為せて居ないのは変わらないね」


 笑いながら言う事なのだろうか。


「……僕のような人間から見れば村を永きに渡り守り続けているというのは随分と素晴らしい事だと思いますがね」


 だが神から見ればやはり瑣末なのだろう。

 ここの人間が幾ら感謝をしようともそれはこの神にとって小事に過ぎない、のだろうか。


「それは否定しないけれどやはり彼らが為した事に比べてしまうとね。あまり面倒だと思わなければ良かったのだが遠き過去は思い返せど再び戻る事はない。神にも弱き子らにも時の流れは訪れる。神は時の恩恵を捨てた者だから流れようと意味がないのだが、君は今どうなのだろう。奪われ奪いし人の子よ、時をその身に刻めているのかい?」


 いつの間にか神は振り返り底なし沼のような瞳で僕の心を見通すように見つめてくる。

 神。

 絶対ではないものの全能に近い力を持つ存在。彼がどのような神かはわからないが出会った事のある神は僕の全てを見透かして来た。

 底が浅いからか、それとも神の眼は全てを見通すのか。


「僕は人ですよ。……ただ刻めてはいない、のでしょうね」


 それでもこの身は朽ちていく。こればかりは覆す事のできない定理だ。


「私なら君を助ける事は出来るよ。何なら奪われたものを与えてもいい」


 心が僅かだけ揺れ動く誘いだ。だが神の誘いに乗るには僕はもう遅すぎる。


「いいえ。僕は全てを持っています。何一つとしてこの身から零れ落ちた事はありません」


 神の親切だろう。裏のない神としての言葉。思わずそれに縋りたくなる気持ちは確かにある。

 だが縋っては意味がない。僕が救われるとしたらそれはまだ先の話だろう。


「弱き子は意地を張るのが本当に好きなのだね。それもまた君の人生か。さて、君へと向いた事だから聞きたい事を教えるけれど私は教えられる事はあまりないよ」


 さて聞きたい事はある。答えを聞こうとは思わないがそのヒントになる事ならば言う事は出来るだろう。

 神に聞く事がるーる違反とは聞いていないからね。


「このまま貴方の封印が行われない場合、村はどうなりますか?」


 守ると神は言った。ならば守るのだろう。しかし村の人間は死ぬ。今この村に居る子供の数はそう多くはない上にこの村から出ていかないとも限らない。

 例え嫁を貰い子を作ったとしても緩やかにこの村は終わりへと近づいていくだろう。

 その場合、この神はどう動くのか。


「私は村を守る。けれど人の居なくなった場所は廃墟だ。だからこの村から去る事になるのだろうね。それでも最後の一人が居なくなるまでは、ここを故郷とする者が居る限り私はここを守り続けるだろう」


 当然のように語る姿に寂しさはない。やはり山野君とは大違いだ。


「村は無くなり貴方は約束を守り通す事になる、と。……では封印される意味などないのでは?」


 早いか遅いかの違いであり、眠りにつくか否か。その程度の問題なのではないだろうか。

 全くの無意味としか思えない。更に神は僕の疑問を肯定するために頷き口を開く。


「ないね。だから正直な所、私も首を傾げているのさ。最近に始まった遊びなのだけれど私にも理由がわからない。君がこれを解いてくれるというのならこちらとしても楽しいよ」


 この村には娯楽がないから、というよりは知らない事を知る事が出来るからなのだろう。

 好奇心だけは神も人も案外変わらないのかもしれない。


「成程。では神の期待に沿えるよう力の限りを尽くさせて頂きます」


 小さく頭を下げ一瞬だけ目を離す。

 耳元で、神の言葉が響く。


「君は何故、彼の母親を隠して彼を育てているのかな。僅かながら縁のある身としては少しだけそれが気にかかる。同情か、それとも哀れみなのかな。決して優しさではないだろうけれど……契約かな」


 神はこれだから面倒だ。

 心の奥深くを容易く読み取り暴き晒す。人間程度の心など読み取るのに苦労はないのだろう。


「その通りです。ですがそれ以上言葉にするのは止めて頂きたいのですが。僕としても暴かれたくない過去はある」


 不機嫌を前面に押し出し神を見る事もなく本棚へと本を納めここを立ち去るために扉の前まで辿り着く。


「すまないね。……大事にしてくれ。彼は面白い子だ」

「言われずとも大事にしていますよ」


 図書室から少しだけ乱暴に出て息を吐く。……失敗した。

 何というべきか、大人気ないというべきだな。

 自分の内面に触れられると人は多かれ少なかれ怒りを露にしてしまう、と自己弁護をするのは格好悪い。

 素直に自分の非を認めよう。神に対して謝る気は更々ないが。


「……廊下の匂いは案外悪くないものなのだね」


 学校という場所に何度か足を踏み入れた事はあれど落ち着いて居た事はなかったと思う。

 山野君の保護者としては高等学校に幾度か足を踏み入れてはいるんだが初等学校には余り来た事がない。

 子供の頃に通う事がなければ一生縁がないだろう。子供でも作れば話は変わるのだろうが僕に子供というのもまた縁の薄い話だ。

 ……もしも子供を作るとするならば、やはり彼女だろうか。未練といえば未練だが。

 だがまぁ、彼女はすでに結婚をしている身だし何より子供だっている。何よりもうこの世には居ない。

 あぁ、この世に居ないのだから土台無理な話だったか。


「無意味な事を考えてしまうのは動揺なのだろうね」


 心の内を暴かれた事から来るものだろう。内心を隠す事と勘違いさせる事には長けているからかいざ読まれると激しく心が掻き乱される。

 これだから、神は。


「それはそれとして、か。行う理由がないのに行う。やはり最初の疑問に戻ってきてしまうね」


 もっと別の方向から攻めないといけないのだろうかこれは。

 別の、方向から、か。やはり文字ではなくて心の機微だろう。ならば朱莉君が付いてきて本当に良かったと思う。

 心に関して彼女が居れば問題は全くと言っていいほどにない。

 ふむ。簡単だとは流石に言えないが難易度は少し低いのかもしれないね。僕の予見があたった試しなど数少ないが少しは期待してみるのもいいかもしれない。


「呆けておるかと思えば独り言をして大丈夫かの狭間。しかし最初の疑問に戻れる程度には情報が集まったのじゃな。重畳かな。ならば次の疑問であるゲームの始まった時期については知れたのかの?」


 僕が心ここにあらずの内に朱莉君が背後に近寄っていたらしい。

 気を許しているからというのもあるのだろうが気を抜きすぎているのかもしれないね。

 この村が穏やかだからというのもあるのだろう。


「最近からだと神は言っていたよ。」


 だから少なくとも百年以上前という事はないはずだ。

 せいぜい二十年かそれ以下だろう。幾ら神とは言え人間に死生観を教え学業を教えているのだ、時間の感覚はぼやけていないはずだ。

 世俗に馴染んだ神については山野君という例があるのが助かるね。


「成程、のぅ。……何故時期をきちんと聞かぬかの」

「言い訳になるけれど神がそこまで覚えていると思うかい?」


 神の時間間隔が人間と近いとしても、山野君のように定期的に日誌でも付ける事をしなければ細かい日付や年までは覚えていないだろう。あの神ならばという気はしないでもないから聞いておくのは実際ありではあるだろうか。


「ふむ。言われてみればその通りじゃの。神が覚えておらずとも他の者に聞けばわかる事じゃしな。ならばそこは私に任せておくがよい」


 あの神に近づくのは個人的に言えばやめておきたい。朱莉君も出来るならば近寄らせたくはない。

 山野君は厳密には違いがあるが同じ神だから問題ないだろうが、それでも心配にはなる。

 純正の神は恐ろしい。神殺しを為した者が何をと言う人間も居るのだろうが殺したからこそわかる。

 神は恐ろしい。それも人間には理解できない程に。


「では他の人へ聞くのは任せるよ。僕はもう少し村の歴史を漁ってみようと思う」


 ここ以外であるのはどこだろう。やはり宿場にでも顔を出してみようか。あそこは宿などやっているから少しは情報通などではないかと思うのだが。


「うむ。任せるがよい。聞く事さえはっきり決まっておるならばそれほどの苦はないじゃろう」


 そうだといいんだが。いや、そうでなければ困るね。何せ、これは遊びなのだから。


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