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   神にこいした少女 ⑤

「山野。あの神と訓練でもしてきたらどうじゃ?」


 村の子供たちと手まりで遊ぶ姿を見ながら問いかける。振り返りながら私を見る目は何を言っているのか理解できないという目じゃった。村の子供たちも首を傾げながら私を見ているのぅ。


「あー? 別に訓練ってなぁ。やってもいいんだけどよ、本物の神と相手したくねぇんだよ」


 不満そうに言うておるが同じ神というくくりにおるのじゃし問題ないと思うのは私が付喪神だからなのじゃろうか。

 神とは言うても所詮は道具なのじゃが。


「じゃがのぅ……」

「アンタがあの人に敵うわけないってわかってんじゃん。あの人はそれに暇じゃないんだからね」


 横から口を出されたので方向へと顔を向けると、最初に会った女子が腰に手を当てておるの。……ふむ。見える感情は敬慕という所じゃろうか。

 表層の感情しか見えぬのが私の欠点じゃなぁ。


「神が強いからかの、美幸殿。けれど神とて負けるのじゃぞ?」

「そんぐらい知ってる。建御名方だって負けたしな。でもあの人は負けない」


 子供ゆえの絶対的な信頼ではなく、ここに住む者特有の常識なのじゃろうな。あの神は負けるはずがないという前提があるのじゃろう。


「成程のぅ。……守り神は負けぬという信頼かの? 滅び行く村と言えども村さえあるのならば神は守るしの」


 神の生態についてはよく知らぬが。それでも守り神という以上は自身の全てと引き換えでも守るのじゃろう。そうでなければここまで村人に信頼される事もないはずじゃ。

 ……む? 滅び行く村の守り神? 何かヒントが掴めそうな気がするの。


「うん。あの人は絶対に負けないから」


 しかし信頼と呼ぶにも生易しい程の信頼じゃのぅ。どちらかと言えば信奉じゃろうか。


「ならば尚更じゃな。山野、やってきて見ると良い。鬼には完敗じゃったが神にはどうなのかを確かめておくのも重要じゃろうて」

「あー。……まぁいいけどよー。ガキどもー。神と試合してぇから呼んできてくれ」

「わかったー」「ぼこぼこにされるぜ!」「にーちゃん強そうに見えねぇしなー」


 子供が鞠を山野に渡すのを見ながら視線を追う。先ほど狭間が向かって行った方角なのじゃが、そっちに神も居るのじゃろうか。とはいえそう広くもない村じゃし適当に歩くだけでも会えるのやもしれぬの。


「……何で戦おうと思った」

「ふむ。私に聞いておるのかの?」


 隣に座った美幸殿へ向き直り茶をすする。いい茶葉と良い器で飲む茶は美味いの。


「そうじゃの。あまり戦えない相手じゃからかの。何事も経験は必要じゃろうしな。それに、お主が持ち上げる者がどれほど強いのか興味が湧いたのじゃ」


 好奇心は猫も人も殺すが妖怪は殺さぬしの。


「戦うのは俺だけどな。まぁいいけどよ。向こうさんも少しは手加減してくれるといいんだけど、どうだろなぁ」

「ふむ。先ほどから聞いておるに勝機が薄そうじゃな」


 げんなりした顔で山野へと問いかければ、元気のない顔から更に精気が薄くなった。ふむ。何故じゃろうか。


「薄いんじゃねぇ。無いんだよ。純正の神相手に俺が敵うわけねぇしなぁ」

「どういう意味じゃ?」

「俺が純正じゃねぇって事だ」


 理解を完全にする間に山野が立ち上がり、気配なしに神がやってきおった。……空気も読めぬのか神は。


「うん。修行か。それは良いね。とは言えあの子の子供だからね君は。それなりに厄介そうだ。神としての力は使えなさそうだから私も人の技を用いるとするけれど何か異論などはあるかな」

「いやねぇよ。しっかしよく受けたな。暇なのかよ」

「うん。これでも忙しいのだけれど君は僕の親戚のようなものだよ。遠いけれどね。なら少しぐらい遊ぶのも悪くないと思うのさ。僕が使うのは殺傷力もないしね。それじゃあ始めようか、子供たちは下がっていなさいね。美幸、合図をお願いしよう」


 神が隣に座る美幸殿へ言って、即座に合図の言葉が放たれる。


「始め」


 と思うたら。


「……あー。アンタ何習ってんだよ」


 瞬き一つの間、ではなかったの。一瞬、一秒の半分程度で山野は組み敷かれておる。なんじゃ今の動きは。


「捕縛術。君のは動きからすると合気の類だろう。あれは力を輪廻させるから私の動きとはやや相性が悪そうだね」


 見えた範囲じゃと、神が走った所までじゃな。山野が腕を突き出した所もどうにか視認できたしのぅ。……予想じゃと山野が避けようとした所で身体ごと突っ込み上に乗った、という所じゃろうなぁ。


「アンタやりなれてんだろ」

「一応、守り神なんて事をしているからね。ある程度の力量は必要なんだよ」


 その後に殺さないように、という言葉が聞こえたような気がするが、しかしやはり神というわけなのじゃろうか。いや、しかし山野も神なのじゃし。

 ……純正の神ではないというのがその理由なのじゃろうか。


「んじゃもう一度」

「ああ、構わないよ」


 埃を払いながら二人がまた同じ位置に付く。今度は見逃さぬようにしたいが出きるかの。


「それじゃあ、始め」


 先ほどと同じく美幸殿の声で始まり、神へと山野が走る。神は足を一歩踏み出し、一機にその身を沈める。……成程。相手への奇襲と不意がこの武術なのじゃな。

 視覚外、知覚外からの攻撃に多くの生物は弱い。故に相手を捕らえる事が出きるという事じゃな。道理じゃ。

 されど、山野に二度それは通じぬよ。


「今のを避けたのかい。君も中々やるようだね」


 沈めた身体は加速を得て山野の横に並び、片足を軸にして反動を用いて首を狙う。これは首を刈り取る事も出きるのぅ。されどそれを予測しておったのか首を狙った腕を狙い神を投げる。確かあれは狭間の『木の葉』という技じゃったかの。本来ならば取った腕を捻り折る技じゃったと思うが。

 今度は一度目で目が多少慣れたのか、大雑把な動きを追いきる事が出来たのじゃが。流石に細かい所は想像の域となるのぅ。


「んで、これ一本になるのか?」

「腕を折られるのは致命的だからね」


 そしてまた立ち上がり、おそらく最後であろう立ち位置に付く。……おそらくこれで決まるじゃろうが。


「美幸」

「あ、はい。それじゃあ、始め」


 信じた神が一本を取られた事が信じられない顔で美幸殿が頷き合図の声を言う。……一度もまけた事がなかったのじゃろうか。

 とはいえ、山野も神なのじゃ。神相手に早々遅れは取らぬよ。


「美幸殿。そういえばあの神はいつからここにおるのじゃ?」


 守り神ともなれば村が産まれた頃からでもおかしくはないが、あれは少し毛色が違うような気がしてくるのじゃ。


「……知らない。母様とか姉さまは知ってるだろうけど、私は勉強あんまりしてないから詳しくない」


 一応聞いた事には答えてくれるのじゃなぁ。ただ積極的ではなさそうじゃが。


「ふむ。勉強をしておるのか。村の歴史を知る事は重要じゃしな。お主は今何歳なのじゃ?」


 相手の腕を取ろうとし、それを抜けて裏に回ろうとする神同士の戦いを尻目に私はこの子へと聞く事を中心とする。情報収集程度はしておかなければならぬしな。


「十三。アンタもそんな歳頃でしょ」

「外見的には十七程度なのじゃがなぁ。今の子供は発育が良いしのぅ」

「人間じゃないみたいな言い方だ」


 まさしくその通りで正鵠を射ているのじゃが別に言う必要もあるまいか。


「すまぬの。余り言葉が得意ではなくてのぅ」


 人間じゃないと断言させない発言まで言葉を網羅はしておらぬ。私に比べれば狭間の方が余程得意じゃし。


「しかし十三か。ここの子供の中では年長の方かの?」

「一応。でも私より上も居る。あの山野って言う男はアンタの恋人なの?」


 恋人、のぅ。それは私とアヤツの関係からは程遠いじゃろうに。人間にはそう見えてしまうのじゃろうか。

 好きではあるのじゃが。恋とはまた違う。ただ狭間にからかわれる程度の仲であり、それ以上になりたいと思う気持ちはあるのじゃけど。


「微妙じゃな。けれどしっくり来るのは家族という言葉じゃと思う」

「ああ、なんかそれっぽい。母様と父様もアンタらみたいだった」


 ほう。夫婦と見るか。悪い気はせんから構わぬがの! 嬉しい事に変わりはない!


「嬉しい事を言ってくれるものじゃな。そういえばお主らの父上を見た事がないのじゃが」


 言って、美幸殿の感情がほんの僅かだけ青の色が混じるのが見える。地雷でも踏んでしまったかの。


「……父様は前に死んだ」

「それはすまぬ。知らずとは言え不謹慎な事を聞いてしもうた」

「別に昔の話だから」


 されど悲しみの青が浮かび上がるという事は過去としてはおらぬという事なのじゃろう。

 過去になった記憶の感情は錆色であり、理由はおそらく、思い出だからなのじゃろう。思い出は常に綺麗じゃがその本質は綺麗な物にしようという意思。その意思がどんな色の思いでも鈍く輝く錆色にするのじゃ。

 人間の感情など、実際にはわからぬのじゃがの。


「三度目の勝負も佳境じゃな」


 じりじりと読み合いを続けている二柱の動きを眺めておるのじゃが、先ほどから一歩動こうとしては互いに動かぬという状況じゃ。


「じっと睨みあってるだけじゃない」

「頭の中では数度の勝負を行っているのじゃろう。武術家同士の戦いはそうなると聞く」


 端から見るに攻めあぐねるというよりかは互いに遊んでいるという印象が強いのじゃがな。それでもそういう事が出きる程度には互いの実力はあるという事じゃろう。

 人間の技をどれだけ修めているかという程度に過ぎぬのじゃろうがな。


「ふーん。でも、やっぱりあの人の方が強いね」


 ……これを見てもまだそう言えるというのはある種の才能なのではなかろうか。現状把握が出来ていないだけともいえるのじゃが。


「神の力を言っておるのなら、山野もそうじゃよ。……例え本人が半柱だというてもその力は神のものじゃし」


 そこまで言うて失敗じゃっただろうかと考え、顔を見て、考えを改める。凛とした表情は自信に満ちており、信頼などという生易しい感情ですらなく。

 信仰。いや違うの。

 これは狂信じゃ。


「あの人は荒ぶる神よりも強い」


 神は動き、山野は動かない。一歩の踏み出しで身体を極限にまで傾け山野の視界から消えるようにする。山野はそれを予測しておったのか、上に跳ぶ。

 流石に二度も見た動きを捉えられぬ程度の弱さを山野は持ち合わせては……。


「なに?」


 まるで舞でもするように神はするりと動く。傾けた身体を風に舞う紙の如く移動させ上に跳んだ、それこそ人間一人分の高さに居る山野の足を掴み。

 地面に叩きつける。


「……捕縛術の一種。獣の動きを観察してね、捕縛というよりかは捕食の類になってしまうのかもしれないが」


 身体の中心に足を乗せて神は言葉を下賜する。……正直、信じられぬな今の動き。

 神の力でも使ったのではないか? いやだとすれば人間の技術で敵わぬことを認めたという事になるがそのような真似をするじゃろうか。神が、約束を違えるなど。


「マジかよ。今の体捌きどうやったんだよ……。虫でもなけりゃ今の無理だろうが」


 呆然とした顔で山野が言うとなるとやはり、人の動きなのじゃろうか。


「力の抜き方を上手くやれば君もやれるだろう。ただ君はこういう武術を習っているわけではないからね。君のそれを伸ばした方がいいだろう」


 いつの間にか足をどかし普通に立つ神に気付く。……意識の空白でも突いておるのじゃろうか。

 だとすると厄介な腕前としか言い様がないのぅ。

 元より敵対するつもりもないのじゃがこれでその線は完全に潰れたと言っても良い。

 人間の技術だけでこれならば神の力を使われると対処し切れぬ。


「あー。すげぇな。ていうか俺負け過ぎなんだよなぁ。アンタから見て俺どうだ?」

「本気の時は神としての力も扱えるのだから、そうだね。国津神とは戦えるんじゃないかと見るよ。力が強くない相手なら。あの陰陽師君も君の母親を隠したのだろう?」

「……おい、アンタ」


 興味深い話じゃ。山野と狭間については私も詳しく知っているわけではない。

 じゃからその話はとても興味がある。


「どういう意味なのじゃ?」

「うーん。彼は言われたくないだろうからね。後は本人たちにお聞きなさい」

「神様次俺らと遊ぼうぜ!」「私と私と!」「でも勉強しねぇの?」


 子供らが神にまとわりつき始めるのを見てこれ以上の声かけを中断する事となってしもうた。うーむ。


「……山野?」

「別に大した話じゃねぇから落ち着いた時に話してやるよ」


 苦い顔をしながら山野が私の頭を軽く叩きどこかへ歩いていくのを見る。流石に一人になりたい時もあるのじゃろうが、うぅむ。

 こういう時に近くにおった方が良いのじゃろうとは思うが、されど仕事もあるのじゃ。

 そちらもきちんとこなさねばならぬのが生きる事の厳しさじゃなぁ。


「追いかけないのか?」

「うむ。この程度で折れるような奴ではないしの。それで、じゃ。村の歴史を知る事ができる場所はどこにあるかの?」


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