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   神にこいした少女 ④

「すみません、村の人が……」

「うん? うん。気にする事はないよ。神を殺した。そして神からの祟りを怯えるのは弱き子らにとって自然な流れだろう。誰しも脅威は怖いものだ。君も少しの怯えがあるのだからね」


 男の人は変わらない口調で、姿でそこに居ます。

 神が殺されてから数ヶ月が経ちましたが、それでも神様は私たちに復讐をしてきません。

 きっと、この人が言った事は本当だったのでしょう。


「でも本当にその」

「うん。ほとんどを隠したよ。数匹は見逃してここに近寄らない事を誓約として行ったからね。時間さえ経てば村の人も安らぎを心に育む事が出来るだろう。これが良い事なのかどうかを今更になって悩むんだ。もしかすれば数年経ち他の誰かが同じ事を行うか村の人が奮い立ち同じ事を行っていたのではないかと。僕の行った事には何か意味があるのかとね」


 この人はよくわからない事を悩む。私に学がないからなのか私がこの人と同じ視界ではないからなのか。それともやっぱり私が女だからなのかもしれない。

 でもこれだけはわかる。


「私の妹を助けてくれたのは、貴方です。貴方が居なければきっと、私の妹は助かりませんでした」


 男の人は驚いたような顔になって、私を見て。見て、頷いた。


「うん。うん。そうだね。それじゃあきっと、私はようやく一つ為せたのだろう。あの人たちのように多くはないがそれでも、私にしかできない事だったのだろう。……命を救うというのは存外に、うん。気持ちが良い」


 そう言って、初めてその人は、笑った。だから私はきっと、心奪われた。





「そりゃ恋だよ恋! アイツは色ボケしてんかんなぁ」

「アンナいい男誰だって惚れるわ。あたしもアンタ何かと結婚した事後悔してるよぅ」

「オイラはあんま知らんのよぅ。畑耕すだけじゃしのぅ」

「あの人は村の大切な人だからねぇ。あの人の事を第一に考える奴が多いよぅ」

「飯はまだかのぅ。……ボケとるんじゃなくてな? 昼飯まだかのぅ」

「爺さんや、朝飯食ってまだ二時間じゃろが。さっさと働きなさいな」


 ……どうにも情報収集というのは難しいものだね。ご老人方と話していたりご飯に誘われて朝から始めたのにもう昼過ぎになってしまっている。僕が流されやすいというのは大きいのかもしれない。


「いや、良い人が多いんだろう」


 僕だってもしこれが時間をかけるためだけの罠だとかそういう小さな悪意があるのなら遠慮をしただろう。

 けれど彼らの言葉はある程度の楽しさはあるがおそらく真実だ。そして僕を昼飯に誘うというのも彼らなりの心遣いだろう。幾つか話をせびられたのだが。


「うむ。善良じゃな。心根からして人を疑う事も知らぬような方々じゃ。ここに住めばお主の心も清らかになるのじゃなかろうか」

「ははは。その言い方だと僕が心根の汚い人間みたいに聞こえてしまうよ。それに僕のような仕事は疑わないとやっていけないのさ」


 昼過ぎ。一旦休憩を取るために宿に入ると仁君の頭を膝に乗せている朱莉君がお茶を飲んでいた。微笑ましい事だ。つられて、いやどうせなので僕もまたその隣でお茶を飲んでいる。


「しかし情報は中々集まらないね」

「そうでもなかろう。あの男を第一に考える者が多いというのがわかっただけでも儲けものではないか。第一に考えるのに退治か封印を依頼してきた。これが理由に繋がるのではないかの」


 ……ふむ。頭脳労働ではやはり朱莉君に一歩譲るか。この子は案外に頭の回転が速い。

 この子を相手取った時にその力にも苦労したが何より苦労したのは、その明晰な頭脳だ。僕と仁君が勝てたのは正直に言うと奇跡とさえ呼べるのかもしれない。


「成程ね。その彼を封印する理由。そして、この遊びを行う理由か。……確認のために言葉にしたけれど漠然としているものだね」


 彼を封印する理由で考えられる事はない。おそらく彼は、神だ。村人は隠しているという風に言葉を変えているが守り神である事は確かだろう。

 そして、ならば尚更に守り神を封印する理由も退治する理由もないのだ。ここの神は村人に特別与える事もしなければ奪う事もしていないように見える。その証拠がこの遊びでもある。

 急いで退治を行うなら悠長にこんな遊びを行う必要性がないのだ。


「謎ではあるの。じゃがの、私は思うよ狭間」


 不意に言葉が途切れ、僕は朱莉君を見る。するとどこか優しそうな顔で彼女は仁君の頭を撫でながら言葉の続きを紡ぐ。


「だからこそがあるとの。私が復讐に駆られていた時もお主らは理解できなかったじゃろう? それと同じように、何かがあるのじゃろうて」


 何かを理解してはいないのだろう。それでも朱莉君は絶対の信頼を僕に寄せてくれている。これでは手を抜くのは厳しいものがあるね。勿論その信頼は父に対するものであるのだろうが。


「なら出来うる限りは行うとするさ。君の名を落とさぬためにも、ね」


 かつて関東に属するありとあらゆる妖怪退治の専門家を手玉にとったその名を落とさぬように頑張るとしよう。


「あー。よく寝た。朱莉ー、お茶ねぇか?」

「私が飲んでいたので良いならあるぞ」


 端から見れば恋人同士のような二人を置いておいて立ち上がる。


「ん? どっか行くのか大将」

「夕飯までには帰ってくるのじゃぞ」


 顔を向けてきた二人に手を振りもう少しだけ頑張ってみるために外へと歩き出す。とはいえどれだけ情報が集まる事になるだろうかね。





「守り神について聞きたいのですが」


 村を歩きつつ布団やらを干している菜実さんやらの母親である秋菜さんを見つける。そういえば彼女とはあまり話していなかったな。


「え? あぁ、もうばれてしまったのね。あの人が神様だって。そこにたどり着くまでに一日は早いわねぇ」


 秋菜さんは頬に手を当てて軽く微笑みを浮かべた。会う時はそんなに明るくなかったのでわからなかったのだがこの人は、若い。少なくとも外見的にはそう見える。

 東京に出たとしても美人といわれるだろう。多少の皺も見えはするのだがそれすらも美点として見られるだろう。少なくとも二人の子を産んでるには見えない。


「いえ。私だけの手柄ではありませんので。貴方はこの遊びをどう見ていますか?」


 仕草は菜実さん程ではないがやはり親子という事で似ているのかどこか優雅なものだ。


「うぅん。私に聞かれてもね。でも、うん。楽しい事は楽しいわよ。あの方も楽しんでいられるでしょうしね」


 彼女が視線を向けた先には中性的な存在が子供たちと遊んでいる。……どうやらここの守り神はフランクな存在のようだ。現代日本にこんな村があるという事が空恐ろしくもある。


「……これでも守り神と呼ばれる存在が居る村に何度か足を運んだ事があるのですが、易々と身を現してはいなかったのですがね。この光景を見ると常識を塗り替えられそうです」

「あらそうなの? 余り他の神様の居る村には行った事なくてねぇ。あらやだ。言葉遣いは正した方が良いかしら?」


 少し話してから思い出したように、いやこの様子を見るにようやく僕が一応は客なのだと思い出したのだろう、おっとりとした風に気を遣う彼女に対し苦笑する。可愛い所もある人なのだろう。


「いえ。別に楽な方で構いませんよ。砕けていた方がこちらとしても話しやすいですし」


 相手に一番楽な姿勢で話させるのはある程度の基本、だという話を聞いた気がする。

 僕の店なら茶太郎君が安堵を与えてくれるのだけれど、あの子は本当に僕の店に必要だとしみじみと思う。


「ありがたいわねぇ。えぇと、それで何を聞きたいのかしら」


 頬に手を当てて何故か、きっとそれは無駄に余裕そうな笑みで僕を柔らかく見つめてくる。何故これほど挑戦的で自信がある目なのだろう。


「そうですね。ですが余り込み入った事でもなんですし、ちょっとした興味なのですが貴方の夫を見た事がないなと思いまして」


 ある程度の予想は付くのだけれどね。


「もう六道を巡っているの。つい最近、という程ではないのだけれど。死生観はあの方に教えられててねぇ。会えないのは悲しいけどそれ程のショックは受けなかったのがまだ救いなのかしら」


 ……死生観を神に教わるというのは多分、余り良くない事なのではないだろうか。

 神は常に生きるも死ぬも生かすも殺すもその場の気分で行う部分がある。人間のそれと死生観を同じくしてはダメではないのだろうか。


「一応、その死生観を教えて頂いても良いですか」

「そうねぇ。全ての動植物は穢れを落とすために六つの道を幾度も巡り、神は黄泉へと旅立って魑魅魍魎は闇に還るだったかしら?」

「……神の死生観だから死ぬも生きるも享楽的なものだと教えているのだとばかり思っていたよ」


 成程、六道を教えているのか。てっきり死は易い物だと教えていると思ったのだが……六道?


「すみません、六道、ですか?」

「え? そうですけれど」


 そんなこの男は何を言っているのかという目で見られても僕が困る。神なのだからそこは神道にしておくべきだろう。全く。

 いやはや、心の底から驚いた。前に会った神もまた自身の死については何も思ってはおらず、隠れてるのも良し、生きているのならば更に良しという程度だったのだが。

 それも死んだ先があるから、という前提があったのだろうか。


「いえいえ。あの方は人間について詳しいですよ? 資金的な援助もしてくれていますしね」


 まるで恋する少女のような顔で言う彼女の言葉を聞き流そうとして、それはさすがに聞き流す事が出来なかった。


「資金援助ですか?」

「はい。私たちはいいって言っているんですけれど、仕事をしているようなんです。それでこの村がこのままでいられるようにって」


 仕事をする神様というとそれは良い事なのだが、人間の仕事をする神様というのは寡聞にしてというべきなのか聞いた事がない。

 貨幣を作り出す妖怪などなら見た事はあっても仕事をして金銭を貰う神というのは世界広しと言えどもおそらくこの村の神だけではないだろうか。


「正直なところ、話を聞いているだけで驚かされ過ぎてどういう反応をしたものかと迷うよ。商売の神様でもないだろうに、よく出来たものだね」

「私も詳しい事は知らないけどうちの神様は凄いのねぇ」


 僕の驚きようが楽しいのか彼女は小さく声を上げて笑う。まるでこれでは僕の方が常識外れのような気分になってくるね。それもまた仕方のない事なのだろうが。


「そういえば、美幸ちゃんでしたか。あの子には嫌われているようですね」


 食事時ですら僕らの方を見ようとしないのは少しばかり心が挫ける。特に嫌われるような行動を取った覚えはないのだがね。


「あぁ、あの子人見知りが激しいのよ。それに神様を取りに来た人だよって言ってたからそれが原因じゃないかしら。もしくはあの子、中々に面食いだから貴方に一目ぼれでもしてしまったのかもしれないわよ」

「それは全くもってなさそうですね」


 自慢ではないが僕はこれまでの人生で人に異性としての好意を持たれた事が数少ない。少なくとも片手の指三本で足りる程だろう。そして初対面で好意を持たれた事はない。

 少なくとも数年の付き合いの結果好意を得られたという程度だ。


「そうかしらねぇ。今度自分で聞いてみたらどうかしら。聞けば質問には答えるでしょうしね」


 母親がそう言うのならばおそらくそうなのだろう。けれど僕が聞くというのも少し物怖じしてしまうから朱莉君に話を聞いて貰うとしよう。まだ同性の方が少しは話しやすいだろう。


「しかしこの遊びを考え付いたのは誰なんですかね。少しばかり、理由が見えてこない」

「あら。そんなにわからない?」

「ええ。神に居なくなって欲しいならば神道系の者に来て貰い、奏上を行い交渉の結果としてどこかへ行って貰うのはままあります。ただこれは別の神が来るのですがね。しかしこの村では神に居なくなって欲しい人は居ないように見える。その上で居なくなるための遊びをしながら、引き止めたいような気持ちを感じる事が出来てしまう。何をしたいのかがよくわからないんです」


 矛盾している。何度も言うが、矛盾の原因がわからない。


「そうねぇ。……そこを考えるのが貴方のお役目でしょう? 頑張ってくださいね?」


 上手くはぐらかされたような気がするね。ただ言っている事に間違いはない。

 ただ考えるにしても情報が何もないのが厳しいところだ。


「そういえば何故あの神はここに居るのかを聞いても?」


 何でも聞かなければ情報は集まらない。どれがどんな事に繋がるかわからないのだ。


「そうですねぇ。約束、らしいですよ。私も詳しくは聞いていないんですけれど。何でも昔に助けた人が神様にここを守ってと頼んだらしいとは聞いています」


 ふむ。約束か。契約や誓約でもないのに神もよく守っているものだ。……いや、それとも約束と言われているだけで実際は呪いの類なのだろうか。

 実際に神に聞けばよいのだろうが、いや教えてくれるのだろうか。


「成程。少しは参考になると思います」


 どのような約束なのかを調べてみよう。もしかしたらそれが解決の糸口になるかもしれないしね。


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