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   神にこいした少女 ②

「座ってばかりいると疲れるものだね。すっかり日も暮れてしまった」


 バスに揺られて一時間四十分。およそ二時間というところだった。依頼主の時間感覚は常人とは一線を画しているようだね。

 とはいえ僕は寝ていたのだが、元気になる仁君に付き合っていた朱莉君には流石に疲れが見えるようだ。


「しっかし山はいいな。今日は月明かりも綺麗だしよ!」


「もう十九時じゃしの……。村に泊まれる所はあるのじゃろうか……」


 バス停から村までは徒歩十分という所だろうか。……しかし、よく村の中にまで敷地を伸ばそうと考えたものだ。山には多くの妖怪が居る。中にはそれこそ神ですら。

 ……最悪の場合は村人全員が妖怪という可能性もありえるのだろうか。


「豪勢ついでに高野君も誘えば良かっただろうか」

「来るはずなかろう。あの巫女も忙しいのじゃろうし、危ない依頼に付いて来るほど愚かではあるまい。……ありえるかもしれぬが」


 本心で言ってるわけではないが。……しかし朱莉君の言う通り冷静に考えると少し怖い依頼なのかもしれない。

 何はともあれ村に行ってから考えよう。復讐されるに値する行いは幾つも行ってきたがそのためにこんな回りくどい事をするモノを生かした覚えは無い。

 変な心配をする必要は多分ないだろう。


「ん? どうしたんだい?」


 仁君が立ち止まり怪訝そうな顔で回りを見渡す。


「あ、あぁ。あー、なんつーか、いや気のせいか? 多分気のせいだろ。植物も俺の命令に従うしな」


 やはり怪訝そうな顔で首を捻ってはいるがどこがおかしいのだろうか。

 僕には妖気などは感じられないのだが。


「何か不可解な点があれば言うてみると良い」


 朱莉君が問いかける。顔には疲労が見えるが彼女も何かを感じたという事はないらしく警戒の色は見えないようだ。


「あー。なんつーか。ここ神が居るんじゃねぇかって感じなんだよ。けどそれなら山はその神の物だから俺の命令に従うってのもおかしいからよ。よくわからねぇ」


 説明だけ聞かされても僕らはわからない。とはいえ仁君が言うならば警戒しておくには値するだろう。何にせよまずは村へ向かって歩かなければならないな。


「なるほどね。答えてはいなかったけれど泊まる場所はあるらしいよ。手紙と一緒に紹介状も入っていたよ。旅館とまでは言わないがちょっとした民宿らしい」


 ただこの紹介状には日付指定などがないのだけれどね。本当に来ると思っていないのか、それともいつ来ても構わないという事なのだろうか。


「先に言っておいて欲しいのそれは。これでも身体の汚れは気になるのじゃぞ」


 一応朱莉君は女性だったか。失念していた。風呂に入れない覚悟を決めるのにも多少の時間をかけたのだろう。

 汗臭い、という事にはならないだろうけれどそこは女の子の恥じらいという部分なのだろうね。……いつしか僕の下着と朱莉君の下着を一緒に洗わなくなる日も来るのだろうか。


「何かアホな事を考えている顔をしておるぞ狭間。しかしここまで近づいて妖怪の気配も特有の激情も感じないとは、狂言か場所を間違えておるのではないか」


 村の明かりが見えてきているというのに、確かに妖怪の気配が何も無い。隠れているにしても異様とも言うべき気配があるはずなのだが。

 それが感じられないというのなら余程特殊な妖怪か格上の存在なのだろう。

 ……厄介な戦いになりそうだ。


「まっ、最悪は俺を開放しろよ大将。あの状態になりゃ大抵の敵には敵うしよ。それに俺の名前を呼んでくれりゃ周囲の妖怪を全部使ってやるぜ」


 それは正直最悪も最悪な手段だ。仁君がその状態になるという事は後々の僕は確実に疲弊し尽くしているだろう。

 いや、だとしても命と引き換えにできるなら安いものか。

 村と呼べる場所に足を踏み入れても何も感じない。いやむしろ心休まるぐらいだ。やはり自然の空気が良いのだろうか。

 暗くてよく見えないが畑もある。森に入れば肉もあるだろう。

 家も明かりが点いているのが見えている。中の様子までは見えないが微かに感じるのは若干の寂しさ。……村というからには老人が多いのだろう。


「物悲しくなってくる場所だなぁ、ここ」

「山野の住んでいた場所もこのような所なのかの」

「……ああ、仁君も同じような村の近くに住んでいたよ」


 寂れ、希望は少ない。どことがとは言えないが緩やかに死んでいくような気配がある。

 だがそれも別段異常ではない。


「うん。民宿へ行こう。この道を真っ直ぐいけば……」


 と指を向けた先、夜闇の中に動く影を見る。流石に小動物ではないだろう。それに気配は紛れも無く人のものだ。


「アンタら何者んだ。何の用でこんな所来た」


 雲で遮られていた月が顔を出しその明りによってその人物の輪郭、顔が見えるようになる。

 警戒の色をありありと出しながら緊張しているようだ。

 長閑な村に来た異質な来訪者に対面しているのだから当然の反応だろうか。


「申し訳ない。怖がらせてしまっただろうか」


 僕はその小麦色に焼けた肌をした少女に軽く礼をする。


「ちょっとした仕事で来たのだけれど、民宿の場所はどこだろうか。ここに紹介状もあるんだが」

「……怪しいけど、アタシの家が民宿だ。……案内はするけど何の仕事なんだよ」


 距離を取って少女は後ろを指差す。僕らが人間だという事で安心でもしたのだろうか。


「ああ。少しばかりね。……あぁ、この字に見覚えはないだろうか?」

「……ここの奴らは全員同じ人に字習ってるからわからない」


 機嫌が悪そうなのを差し引いても態度が悪い。いや排他的というものなのだろう。

 人の来ない村で、か。しかし全員同じというのはまた奇妙な言い回しだろう。事実そうならば字を教えた者は何百年生きているというのだろう。

 予測するのならばきっと字を教える一族というものなのだろう。それならば字が似通るのも仕方がないのだろう。だとしても微かな違いはあるのだが。少女にわからないのならば他の村人に聞けば良い。


「そうかい。それじゃあ民宿まで案内して貰いたい。一応お客様なのだしね、紹介状もあるよ」

「ふーん。……紹介状あんなら見せて。一応聞くけど三人だよな?」


 僕の後ろに居る仁君の、その後ろに隠れている朱莉君を順番に指差しながら少女は問う。


「その通りだけれど何か問題でもあるのかい?」

「部屋が二つしかないってだけ。アンタと後ろの男は相部屋になるよ」

「構わないよ」


 それはある程度予測していたから問題ない。最悪三人相部屋というのもアリだっただろう。どうにしろ屋根があるだけで野宿をするより遥かに良い。


「あいよ。んじゃ付いてきなよ。あんま期待すんなよ」

「今の状態ならどんな場所だろうと極楽だよ」


 季節も季節だ。僕には野宿が辛い。人外の身体になれれば楽なんだろうが生憎と人間を捨てる感情は持っていない。

 もしもなれたとしてもやる意味も理由もないのだが。


「そういえば村に住む人は何人程なんだい?」

「さぁ? 覚えられる程だよ」

「はぁん。まっ、そんなもんだよな。村だし」


 仁君が何かを思い出すように笑う。彼も昔はこういう場所に住んでいたな。朱莉君は産まれも育ちも都会、なのだろう。

 僕もまた田舎で産まれ育ったから理解できる。


「そんなもんだ。……アタシが大人になる頃には……」


 もう、無くなってるという言葉が聞こえたような気がしたが特別聞くような事をする気はない。彼女の感傷だ。それに他人が入り込む余地はない。


「あそこにあるのがアタシの家で民宿だ。あんまり母様に迷惑かけるなよ」


 ギロリという音が聞こえてきそうな目で僕を睨まないで欲しいね。


「安心して欲しい。余り迷惑をかけるような生き方を志してはいないんだ」


 できるだけ目立たない人生を望んでいる方と自負はしている。行った事に派手な物があるのは結果論だ。


「ふん。アンタらが暴れてもうちらの村にはあの人がいる。変な事したら追い出される」


 追い出されるような真似をする気はないが、僕らを追い出せるような人間が果たしてどれ程いるのやら。

 妖怪ですら滅多に居ないというのに人間ならなおさらだろう。


「なるほど。どのような人なんだい?」

「……教えない。自分で会いにいけばいい」


 僕らはどうにも、嫌われているなぁ。別に嫌われるような行動を取る暇もなかったのに。

 何故だろう。いや、人間的に合う合わないはどうしても存在する。一目みた時からそれは始まるんだ。そう考えればこの反応も納得できるか。


「はぁん。武術家って奴かね。んじゃ明日あたりにでも会ってみるか」


 仁君が気楽そうに言うのを女の子は少し腹が立っているような態度で聞き流しているのを確認する。

 余り挑発的な言葉を言って欲しくはなかったな。


「ここが民宿だ。母様、今帰りました! お客さんも居ます!」


 余り大きくない、民宿というよりは母屋という言葉が似合いそうな家の扉が横に開かれて少女が声を出す。

 すると中からどたばたという音が聞こえてきて妙齢の、母親らしき女性が出てきて女の子を殴りつけた。


「美幸、こんな時間に外に出ちゃダメでしょ。転んで怪我をしたらどうするの……。あら?」


 どうやら少女の名前は美幸というらしい。そして、その奥からもう一人美幸と呼ばれた少女に似た姿をした、大人しそうな少女が現れた。


「お客様、ですよね? どうもいらっしゃいませ。お母様、叱るよりも先にお客様をお出迎えしなくちゃ」


 後ろから出てきた少女は丁寧に、旅館にいるような女将さんもかくやという具合にゆったりとした仕草で頭を下げる。

 ……ここの民宿はすぐさま世代交代を行っても平気なのじゃないだろうか。よく出来た娘さんだと賞賛するべきだ。


「あらまぁ。アンタお客さん連れてきたの? 何もない所ですがゆっくりなさってくださいね」


 美幸と呼ばれた少女の頭をはたきながら愛想の良い顔で女将さん、と呼ぶべきだなのだろうか、が一礼をする。そしてその後ろに立つ姉らしき少女もまた優雅な動きで礼をした。

 そして最後に、美幸という少女もまた不服そうに礼をする。


「あ、でもすみませんねぇ。夕食の残りしかないんですよ」

「いえ。こちらは寝る所さえあればと思いまして」

「ではお部屋に案内しますね」


 姉の方が立ち上がり母親や美幸という少女が進む方向とは逆の方向に進む。とは言え廊下は長いわけではないから手前に見えるのが部屋だろう。


「悪ぃな、泊まる奴が居るって予想外だったんだろ?」


 からからと山の近くだからなのか元気よく言う仁君に美幸という少女の姉は振り向いて首を横に振った。うぅむ。どうにも、仕草一つ一つに気品というのが感じられる。

 着物だから、というのも大きいのかもしれないが。


「はい。でもお客さんが来るのはいつも唐突なんです。ここは田舎ですから。お客様はどのような用事でお見えに?」

「僕は骨董屋でね。全国を行脚して回っているんだ。この村にもその類の物がないかなとね」


 建前ではあるがこれもまた真実だ。どこかへ行く時には骨董品の収集や付喪神になりかけの物を供養する事もある。

 僕のような零細の拝み屋は基本としてそういう風にしていかないと食べていけないのだ。


「は? 俺それ初めて聞いたぜ?」

「黙れ山野」


 僕の一面の真実に驚いた顔をした仁君が朱莉君に蹴られる。この二人の事は置いておこう。


「仲が宜しいんですね」


 二人を見て純粋な微笑ましさを感じたのだろう。美幸という少女の姉は優しげな笑みを浮かべている。

 姉だからなのだろうか。昔に居た僕の相棒も僕に向けてこんな笑みを浮かべてきた。姉という存在は未熟な存在に対して微笑ましさを感じるものなのだろうか。


「では、お部屋は二つで良いですか? こちらがええと……」

「自己紹介がまだだったね。僕は狭間・興。こちらが仁君と朱莉君だ。君の名前は?」


 先にしておくべきだった。人に慣れていないね、全く。


「申し訳ありません。私は神口・菜実と申します。母の名は秋菜と申します。それでは夕食の準備が出来ましたらお呼びしますので」


 ぺこりと頭を下げて菜実さんは玄関の方へと歩いていく。

 襖を開けると、中は二人の人間が寝るに申し分ない広さがあった。隣の部屋も同じだろう。これなら十分、いや十分すぎる程と言っても過言じゃない。


「それじゃあ食事が出来るまで各自役目を決めて明日から活動を行おう。依頼人の事も含めてね」

「……ふむ。名前もなかったからのあの手紙には。そして、退治を行う相手も見つけぬばならぬし、の」


 言葉に頷く。情報収集は僕と朱莉君でいいだろう。しかし、戦いとなるまで仁君はどうしたものか。


「あ? 何不振そうな目で見てんだよ。俺だって情報収集くらいはできんぜ? すぐにここの奴らの情報聞きだしてやんよ」


 不安だ。けれど人手は多い方がいい。


「……なるべく、妙な事はしないようにするんだよ」

「私が付いていたい所じゃがそれでは本当に私が居る意味がないしのぅ……」


 何よりどうせ僕の居なくなった後はこれらを一人で、もしくは二人でやるんだ。今までは僕一人か、二人一組でやっていたのだから丁度いい。

 人間社会で生きる気ならここで少しぐらい慣れておいてもらおう。どうせ僕も後十年現役でいられるかなのだし。


「うん。余り目立たないように。何かあったら僕の所へ来るか、温室育ちだったとでも言えば大丈夫だろう」

「あのー。ご飯の準備が整いました」


 丁度いい。今日はもう仕事に関する話をやめてゆっくりと休む事にしよう。

 長くなるか短くなるかは、わからないが今は羽を伸ばしておいた方がいいだろう。


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