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一話 こいの空回り ①

どうも初めまして。はじめましてでない方がいましたらありがとうございます。楽しんで頂ければ幸いです。

 さむかった。さむくてこわくてふるえていた。

 まわりはぜんぶ知らないものだらけだった。

 嫌だとおもう。こんなところにいたくないとかんがえて。

 なんでこうなっているのかをかんがえて。

 むかついた。

 僕がこんな事になっているのに。

 僕じゃないのはしあわせにいきている。

 それがただむかついた。






九十九屋日誌 二月十三日  山野


 明日はバレンタインらしくてクラスの奴らが五月蝿ぇ。

 貰えたら朱莉にやるよ。


狭間より 仁君、ここは日記帳ではないよ。




 ちりんと風鈴が鳴る。季節外れなのだから仕舞おうとは思うのだけれど、中々仕舞う気になれないのは商売柄仕方のない事。

 何せ古道具屋だ。大事に物を扱うならば一年中出しているのはよくない、と思われるだろう。しかし、あの風鈴は寿命がもう短い。今年一年もつかもたないかならば音を鳴らすという本分を全うさせて上げたい、と思うのは感傷になるのだろう。

 さて、だが言い訳ではないが、風鈴があるおかげで僕はちょっとした何かに気づけてもいるのだ。 

 音のした方向に目を向けると背の小さい、人形のような少女が箒を持って立っている。


「おい狭間よ、お主は商売をする気があるのか。店の中から陰気な雰囲気しか漂っていないのじゃが? 掃除をした甲斐が全くないのぅ」


 おかっぱの黒い髪は外の空気に揺れている。僕を見つめる瞳は紅い炎が揺らめいているようにも見える。背は小学校高学年程度なのだが、見た目の年月よりも数十倍は長く存在しているだろう。

 僕が小学生ならば口説いていたとしても可笑しくはない美少女だ。


「いやいや、朱莉君。商売を行う気ならあるけれどお客さんが来ないんだから商売なんかしようもないだろう?」

「……ねむ。……大将ー。学校の授業であったけどよ、商売って客を呼び込む努力とかも入って商売って言うらしいぜ。まぁ、大将の事だから何かすげぇ考えがあんだろうけど」


 裏から入ってきたのは緑色という摩訶不思議な髪をした少年。学校の指定である赤色のじゃーじを着ている。筋肉は鍛えているおかげかそれなりに付いている。師匠である僕のおかげだろう。修行方法はほとんどが口答なのだが。


「私はないと思うのじゃがなぁ。それにそこまで思考できるならば毎月毎月のやりくりが厳しくならないじゃろう」


 言葉にならないとはこの事だ。


「けれど、そこまで金銭に貪欲でなくとも良いだろう。僕は見ての通り小食だしね。君らもそこまで食料を必要としないんだ。余り使う事はないだろう?」


 食費は僕一人分。税金は一年分支払っている。表に出る仕事での儲けはほとんどないので税金も安い。生きるためならば十分だろう。

 贅沢は仕事の後に僅かあれば十分なのだ。


「さすが大将だな。その深謀遠慮は恐れ入るぜ。つー事だ、朱莉。この店は今のままで最高って事らしいぜ」

「山野よ、正直な心を打ち明けるがお主は信者か何かみたいで少し気持ち悪い」


 そこは否定できないな。僕としてもこう持ち上げられると何か裏の一つでもありそうで警戒してしまいたくなる。この子に限ってそれはないのだが。

 よくも悪くも嘘を吐かない子なのだ。


「あー? んな事ねぇよ」


 仁君が本を読んでいた僕の隣に座り、いつの間にか運ばれたお茶を飲み始める。

それを視界にいれた朱莉君も箒を立てかけ早足で山野君の隣に座りお茶を飲みつつ羊羹を食べ始めた。

 冬にはやはり暖かいお茶があるに限る。最近は大分陽気も暖かくなったとは言え気を抜いてよい季節ではないからね。


「茶太郎君」


 名を呼んだ後にはすでに僕の茶碗の中に暖かいお茶が汲まれていた。いつも通りの早業で何よりだ。


「あー。こういう日はいいよなー。何もねぇ日ってのは毎日でも続いて欲しいぜ」

「同意じゃ。変わらぬ日常というのは退屈じゃが、退屈とは平和という事じゃしな。されど平和のままでおっては発展が見込めぬのが珠に瑕かの」

「あ? そのままが一番じゃねぇか」

「発展をいらぬと言えるのはお主のような輩ぐらいじゃろう」


 今日は二人とも機嫌がいい。普段なら殴り合いとは言わないまでもここから大喧嘩に発展し、朱莉君が少し落ち込む事になる。成程、ならば今はやはり平和な一日なのだろう。

 やはり中で暴れられるとそれはそれで片付けるのが面倒くさいのだ。

 喉かな昼下がり。穏やかな一日。どうせ明日も今日と同じように日は流れるのだろう。

 客も来ないのだし。


「む」

「お?」


 言い争いになりそうな会話を切り上げてお茶を飲んでいた二人が揃って店の前へと視線を向けた。つられ、いや。

 風鈴の響く音が耳に入り僕もそちらを見る。


「九十九堂骨董店というのはこちらで宜しいでしょうか?」


 鮮烈な赤と艶やかな黒が混じる腰まで伸びている髪。花、もしくは水を思わせるような柔らかで涼やかな笑顔。微かに硬さが混じっているのは緊張からだろう。

 着ている制服はおそらく隣町の学園のものだ。それなりに資産のある家でなくては入れないような者たちが通う学園。……ふむ、そんな人間が何故こんな辺鄙な店に来たのだろうね。

 予想は付く、とは言え一応体面だけは取り繕うとしよう。


「ええ、その通りです。骨董と言いましても価値が高い物は少ないですが、手入れはよくしていますよ。何が入用でしょうか?」


 出来るだけの笑顔を心がけているつもりだ。

ただ朱莉君には商売をする気がないと評され、仁君ですら仏頂面という評価を下すような笑顔なのが痛い。そもそもが客商売に向いていないのだろう。


「いえ。そちらに興味がないとは言いませんが、今回はもう一つの方面のお仕事をしていると、神社の方からお聞きしまして」


 成程。余り宣伝をしていない僕の店へ来るとすれば誰かの紹介だ。

 中でも神社から来たというのなら、気の抜けない仕事になるだろう。内心で溜息を吐いて手を叩く。彼女が依頼をするというのならばその段取りが必要。だが話を聞くにも準備が必要となる。


「茶太郎君、しばらく彼女の相手をしてくれないか」


 言葉が空間に響いたと同時に番台にあった急須が消えて後ろにこげ茶色の髪を持った青年、茶太郎君が現れる。


「了解っす狭間さん。んじゃお嬢様、向かって右側からお入りくだせぃ。あ、山野さんと朱莉さんはじゃれあい程ほどになー」


 一礼し番台の裏にある居間へと通す。襖が閉じられたのを見て、音を消すための符を貼り付けてから座っている二人へと向き直る。


「……別にこんぐらいのじゃれ合いはいつも通りだけどな」

「うむ。何を言うておるのかあの馬鹿太郎は」


 不機嫌そうな顔で朱莉君が仁君の前に移動し、仁君は慣れたように少し余裕をもって胡坐をかき、その上へ朱莉君が座った。……そういう事を程ほどにしておけと言ったのだと思うのだが。

 ふむ。恋仲に見える光景ではある。ただ仁君は人間の感情に疎い。現状では空回りしている段階ではあるが、今回に関してはすきんしっぷというものだろう。


「それで、二人は彼女をどう見たかな?」


 風鈴が鳴った、という事はその時点で確定事項だ。ならばその先、正体がわかるのならば更にいい。


「んー、自然から発生した奴だろうなってのはわかんだがなぁ。ただ雑魚じゃねぇ。お前はどう見るよ」

「……同族ではないの。髪の色からわかるじゃろうが日本系ではないと思うのじゃ。外国は私よりも狭間、主の方が詳しかろう?」


 僕とて基本は日本なのだが、とは言えそれなりに西洋も相手にした事がある。その経験から言えば。


「妖怪、ではないね。魔物の類かもしれない。何せ、人間社会に溶け込むような化生さ」


 表の顔は骨董屋。裏の顔は拝み屋。長年の経験から、そして魔よけの風鈴が鳴らした警鐘で確信を持つ。

 正体の判別はこれから考えればいいだろう。


「だがお客さんはお客さんだ。相手が人間だろうとなかろうとね。話を聞いた上で受けられるような依頼なら受けるからそのつもりで居てくれ」


 面倒くさそうな顔で頷く二人を置いて、張ってあった符を剥がして居間へと向かう。

 彼女から香るアネモネの匂いと、憎悪を煮詰めたような妖怪の臭いを追うようにして。





「妙な依頼じゃなけりゃいいけどな。お前、あんま同属相手にすんの好きじゃねぇだろ」

「真の意味での同属など滅多におらん。それに敵対するのならばやるのに忌避感はないがの」


 へぇ。まぁそりゃそうか。別に友人を相手にするわけじゃねぇしな。種族も違うだろうし別にそんなもんかね。

 ……しっかし、暇だよな。大将の話が終わるまでにある程度は予測しておけって事なんだろうがよ。他の奴が出てきてもいいんじゃねぇの。


「それではごゆっくりどぞー」


 居間から出てきた茶太郎が俺らを一瞥してからまた急須の姿に戻りやがった。会話に参加してくれりゃ意見も色々出ていいんじゃねぇかと思うんだが。

 全員は流石にこの家にゃ収まらねぇけどよ。つっても朱莉との話が尽きる事はねぇし無言でも苦にはなんねぇから構わねぇが。


「んで、何だろうなアイツ。日本妖怪じゃねぇとするなら海外のだろうが」

「私としては生まれた時からそういう妖怪や悪魔などの存在なのじゃろうと思う。じゃが育った経緯が不明じゃな。案外、お主のような存在なのやもしれぬぞ?」


 俺のような、ねぇ。そんなん今のところは見た事もねぇよ。……見たっていやこうして俺を見上げてる朱莉は首痛くならねぇのか。つーかそもそも俺も慣れたから気にしてねぇけど何で俺の膝の上に乗ってんだろうなこいつ。

 冬だからいいんだが、夏だと暑いんだよなぁ。文句言ったら喧嘩売られるし。付喪神の心ってわかんねー。……んや、女の心かね。クラスの女子らも何言ってんのかわからねぇ事あるしよ。女心って複雑怪奇にも程があんだろ。


「ただ、吸血鬼のように悪質な気配はなかったと思うがの。心の色も綺麗なもんじゃ。やや黒の混じるのが気になりはするが、心ある生き物ならばある程度はある色じゃしな」


 はぁん。そこは俺もわからねぇもんだから何も言えねぇな。


「吸血鬼とかあんなもんに二度も会いたくねぇよ。つーか鬼って分類の奴らにゃ滅多に会いたくねぇな、面倒くせぇし。……まっ、一応俺みてぇとかで大体予測はついたぜ」


 人間として育った奴って解釈でいいんなら大将が前に話してたのを聞いたな。

 海外なら自然から発生した奴はごまんと居るみてぇだが。


「ほぅ。言うてみるがよい。私が知るのは吸血鬼と、ダンなんたらとか言う混じり物だけじゃぞ」

「入れ替え子の怪。海外じゃチェンジリングって言われてる現象だ」


 人外の意識なく人として育つっていうのは笑い話にもならねぇが、俺の見立てだとそれしか考えられねぇ。ただ大将と巫女が日本じゃ少ねぇけど海外じゃそこそこあるとかって言ってたんだよ。経緯なんぞ忘れたが。


「ああ、大江氏の作品にそのような本があったのぅ」


 顔を輝かせるお前にゃ悪いがそれじゃねぇ。こいつのこういう顔は嫌いじゃねぇから曇らせるのはしたくねぇんだが。考えを正さなかったら怒るしな。


「それとは違ぇよ。……まぁ、俺もそこまで詳しく知らねぇんだが」

「ふむ。何も知らぬ私よりかは知っておるじゃろ。教えてくれぬか?」


 小首を傾げて問われた。んー、なんだったか。

 あぁ、そうだ。思い出した。


「あー、海外の妖精が自分とこのガキと人間のガキを入れ替えんだ。んで人間が気づいて殺すか、妖精がやっぱ自分のガキがいいってもう一度入れ替えにくるって話だな。俺としちゃ入れ替えられた妖精があの女なんじゃねぇかと思うぜ」


 詳細なんぞこれ以上は思い出せねぇ。ただあの女が海外の奴だって言うならこの可能性は高いんじゃねぇかね。


「……人間の常識ならば、奇形や障害を持つ子を自身の子だと受け入れずに殺すのかの。もしくは、幼い内に死したという事実を受け入れられずにそのような幻想を抱いた、あたりかのぅ」


 俺の言った程度の情報でよくここまで考え付くもんだ。学校に行くのは俺じゃなくて朱莉の方がいいんじゃねぇの。

 過ごした年月の差じゃなくて単純に頭の良さだろうな。もう少し背がでかけりゃ一緒に行けただろうし貫禄もあるんだろうな。

 まっ、ある程度は身体を変化させられるとは聞いちゃいるが。こいつがいつもこの姿なら今の状態が一番楽なんだろう。それを曲げてまで学校に行く理由はないんだろうな。


「現実はそれでいいんじゃねぇかと思うが。問題は、現実に取り替えられたガキが居たんだろうかって所かね。あの女が入れ替え子なのか、まぁわかんねぇけどな」

「なぁに、予想を事実と断定せぬのならば予測も予想も立てておいて損はないじゃろ。顔の造詣は綺麗じゃったしアレが妖精だと言うなら納得もいくがの」


 顔ねぇ。俺にゃ、よくわからねぇ話だな。美醜なんか気にしたねぇし。

 まっ、そこらの判断は大将と朱莉に任せるとすっか。俺はどうせ肉体労働担当だしな。


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