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ズム!ズム!ズム! ~常時常速のニヒリズム~  作者: 田爪和成
OP:モンスターハンター
3/5

一ツ眼、『サイクロプス』とギリシア神話上における有名な一つ目の人喰い鬼の名前から取って付けられたあの個体は極めて高い身体能力をウリとする肉弾戦仕様でありこれといった特殊な力は持たない。


まあ精々が触手を用いたりして攻撃してくらいだ。という敵についての話を聞いていたがやはりあの触手だけでも十分に特殊だと思える気がする。


完全迷彩を起動させたポッキーは姿を消しそう思いながら化物の姿を追い続けてきた。化物が何処に向かったかは分かるが正確な位置は掴めない。


しかし問題ない、その為にこのヘルメットのHUDにはレーダーが表示されているのだから。


「了解、進路を変更」


早速反応あり、反応がある方角は自身正面からして僅かに左の方向。そこに化物がいるのだ。


そこで更に通信、相手はこのレーダー機能を一手に担うメンバーの目と耳といえる仲間――『オレオ』から。


戦闘班のメンバーではなく支援班に属するオレオは化物の動きを感知してこのレーダーに的確な情報を表示してくれている。


レーダーの反応と仲間からの通信に従い進路を変更すれば……。


「目標発見……!」


ビンゴ。


ポッキーは自身と同じようにビルとビルの建物間を跳び回る化物を発見した。


向こうはあちこちを捜しまくっていたようだがこちらはスムーズに、ピンポイントで捜し出せる。


「ポッキー、攻撃開始!」


捜し当ててくれた仲間に心底感謝しつつ通信で化物への攻撃を開始する事を皆に告げながら自らが持つ銃を構えて再び銃口を跳び回る化物に狙いを定めた。


このような激しい機動をしながら銃を撃とうとするのであれば、加えて同じように激しい動きをする化物相手に上手く狙いがつきそうに思える。


だが問題ない、それをサポートする機能がこのヘルメットに備わっているのだから。そのサポートとはヘルメットのバイザーの内側にて“表示されている”。


このヘルメットは視界の確保のためだけにこのような特異な形状をしているわけではない、バイザーに『ヘッドマウントディスプレイ(HMD)』機能が備わっているのだ。


それは透明度のあるスクリーンを使うことで外界への視界を確保しつつもディスプレイとしての機能を与え情報を表示する装置の事。


つまりバイザーからは当然のように周りの外の景色が窺えつつ、ディスプレイとしての機能を持ち様々な情報(ウィンド)をそこに表示できる。


現在表示しているのは彼が持つ銃の装弾数、周囲の地形と味方や敵の現在地を表示するマップ及びレーダー、そして『レティクルマーカー』だ。


いわゆる『照準』の事であり、バイザーにはホログラフィにより投影された白色の十字線クロスヘアと合わさったサークル状のマーカーが表示されている。


それは彼が銃を右に動かすとそれに合わせて右に動き、下に下げるとそれもまた下に動く。


連動しているのだ。手に持つ銃の、正確には銃口の向きに合わせてマーカーが動く仕組みでなのである。まるでシューティングゲームのように。


つまりバイザーのマーカーと化物を合わせるように動かせば……。


(当てる……!)


マーカーが化物の体を重なった途端に白色だったそれが赤色に変化する。これは銃口が目標に対し的確な方向を向き、かつ銃の有効射程内にそれを収めた証。


後はトリガーを引く、ただし先とは異なり一回引くごとに発射される銃弾は三発のみの三点バースト射撃だ。


両者ともに激しい機動を行う中で、フルオート射撃より連射性は劣るが代わりに反動がマイルドになり安定性が増すバースト射撃により放たれた銃弾の幾つかは外したが幾つかは的確に化物へと当たり、全身黒染めの肉体を抉った。


銃弾を受けた衝撃で空中で体勢を崩し無様に落下していくがこれで死にはしないだろう。そうでなければ先の銃撃で既に息絶えていたはずなのだから。


案の定、落下した化物は残った片腕も使い二足ならぬ三足となって地面に着地すると進路方向を切り替えた。


「ちぃ……っ!」


あの速度でありながらほぼ直角に曲がりポッキーを振り切ろうとしている。向こうはあちらの姿が見えていないだろうからとにかくデタラメに動いてやりすごそうとする算段か。


化物と違い未だに空中にいたポッキーは舌打ちしながらはやる心を抑えつつ冷静にビルに着地、あれだけの高さから着地しても踏みしめたコンクリートからの音は極めて小さくほぼ無音といえるレベルだ。完全迷彩と名を持つだけの事はある。


着地してすかさず手に持つ銃を化物へと向けるがバイザーに表示されるマーカーの色は赤ではなく緑……射程圏外を示す色だ。


サブマシンガンの有効射程は銃や銃弾にもよるがだいたい約200メートル程と言われる。サブマシンガンとしてはかなり命中精度を持っているようではある彼の銃でもこれ以上距離を取られてしまえ有効打にはなりえない。


その結果に彼は再び舌打ちしつつも思考を切り替え追跡を続ける。化物が向かったのは少し広いが先の細道と似た場所、しかし道を囲う建物の屋上を跳んでいる様子はない。


となると……。


(高度を取らずかく乱のために地上移動を中心にした?)


そういう事だろう。化物は無暗やたらと都市の上を跳び回る事をやめて地上移動をメインに切り替えたのだ。


ここ辺りのビル群は先の場所と比べて小さいがそれ故に数多くあるため十字路などが非常に多いのでかく乱目的で移動するにはピッタリといえるだろう。


複数にある見慣れた日常の一幕に過ぎないビル群がその中に人類を襲う驚異的な化物一匹が潜んでいるのが分かるとまるで恐ろしい異界に踏み込んでしまったかのように思えてくる。


ただ化物からしたらここに来たのはポッキーの追跡を振り切るためである。向こうはこちらを確認できないのだから。


獲物は化物であり、狩人はこちらだ。そして獲物の居場所を捉える手段は持っている。


(……! 2時の方向に反応……っ!)


既に視界の範囲内から逃れようとも隠れようとも“動いているのであれば”途端に無意味と化す。


こちらのレーダーもとい仲間の索敵能力からは如何に高速にがむしゃらに動き回ろうとも振り切れるものではない。


(向かってくる? 無茶苦茶だな……っ)


2時の方角、ポッキーは正面から化物が此方の方向へと向かってくる姿を確認。本当にがむしゃらに動きまくって追跡を撒こうと考えているらしい。


行った道を急に引き返すのもその考えに則っての事か、いずれにせよ向こうはこちらの姿を捉えていないだろうがこのままでは通り過ぎてしまう。


追いかけるこちらの身にもなって欲しいものだ。と少しばかり思いつつ彼は跳躍したその先にあるビルの側面に取り付けられていた広告看板に自身の左手を両足をかけて体を無理矢理看板に張り付く。


その際にガツン、と看板から音を立ててしまったが壊れないだけ重畳というものだ。後は左手と両足で体を固定するとすかさず残った右手のみで銃を動かし通り過ぎようとする化物に銃口を向けマーカーを合わせてマーカーホワイトをマーカーレッドに変えて……。


発砲。


片手のみでのサブマシンガンの操作は銃本体の重さに加えて反動が強く負担となって非常に堪えるものがあるがそれを無理矢理自身の腕力……だけでは到底無理である。


だが現在彼が着込んでいる装備がそれを可能としてくれる。看板に張り付いた状態という特殊な状況下にあっても問題なく彼は銃を振り回し化物へ攻撃を仕掛ける。


(当り、けど……)


とはいえそれでもフルオートは言わずもがな、二点バーストも反動の制御が難しいと判断して一回トリガー引く事に一発というシンプルな単発、セミオート射撃で攻撃を行う。


その判断は正しく銃を撃つにはまるで適さない体勢下にありながら何発かの銃弾が化物に当たるも……所詮は単発。衝撃でよろめいたようではあるが今度は落下すらもせず結局通り過ぎてしまった。


(僕の装備で仕留める事はできそうにないなこれは……)


張り付いた看板から手と足を離しビルの壁を蹴って追跡を続行。嘆いても仕方ない事だとは分かるがそれでも自身の装備と化物とでは相性が悪いというのは都合が悪い。


あの化物相手に銃、点での攻撃は効果的ではない。だが彼が満足に扱えるような装備はこの銃だけ、他の装備がないわけじゃないがそれを使ってあのような化物相手に満足に戦えるほどの力量はない。


結論から言ってこの化物に有効な攻撃を与える事が出来るのは線での攻撃が可能なタケノコとポッキー、もしくは点は点でも突き抜けた点攻撃を行えるキノコ。


つまり戦闘班のメンバーの中ではポッキー以外全員がこの化物を仕留めうる事が可能であろうとの計算。自身の役目が現地指揮と斥候偵察にあり攻撃力の面でいえば地味であるから致し方ないとはいえ……。


「ん……? オレオ、レーダーから目標の反応がロスト、どうしました?」


と、追跡を再開しところで突然レーダーから化物の反応が消えた。


突然の故障、というわけではなさそうなので通信で支援班のオレオに訊ねてみる。するとオレオは化物を正確に捉えきれなくなったと告げた。


最後に反応があった場所付近にいる事には違いないらしい、そして正確な位置が特定できなくなったという事は……。


(……動きを止めた。と? もしかしてヤツの狙いは餌から僕に)


化物の“動き”を察知するオレオの探査に引っ掛からなくなった。という事は化物は動きを止めたと考えるべきだ。つまりこれは化物は餌にしようとした女性を諦め、もしくは一旦放置する事に決めたといえる。


そしてこの入り組んだ場所に身を潜めて散々狩りの邪魔をしてくれた連中、ポッキーを先に仕留める方針を取ったのでは、と彼は予想する。


あまり自分自身にとっては良くない事だが、先の女性を無事確保する事も重要な案件なのでその意味ではありがたい事ではある。


「タケノコ? どうしました……! そうですか、はい、御苦労さまです。では申し訳ないのですがこちらに至急援護に来て下さい。ええ、そろそろ時間が不味い事になってきましたから」


が、それはたった今終了した。タケノコから無事女性を安全な場所にまで運び確保したとの通信が入ったのだ。


これで気にかけるべきは化物のみとなる。若い女という如何にもファンタジー世界における化物が好みそうな餌を取り逃した事でさぞ悔しかろう。


ざまあみろとポッキーは内心で化物を嘲いつつも同時に不味い事になりつつあるのを自覚していた。


タケノコからの通信が入ったとほぼ同時、HMDに弾数やマップとレーダー、レティクルマーカーとは異なる新たなウィンドが表示される。『迷彩稼働残時間:0120秒』という文字が。


それはポッキーに危険を知らせるかのように真っ赤な色合いでかつ目につくようにチカチカと点滅を繰り返している。そしてその度に数字が徐々に小さいものとなっていく。


文字の意味、そして数字の減少から考えるまでもなくそれは完全迷彩が間もなく切れようとしているのだ。つまりこれは警告ダイアログなのだろう。


ここまでの状況は女性の無事を確保した時点で優勢なのは自分達、後は化物を仕留めるだけだが攻撃力不足でそれを単独で達成する事が事が難しいポッキー。


それでも化物を翻弄する事は出来た。しかしそれは完全迷彩あってこその事。


(やはり完全迷彩だと消耗が激しい……彼らに負担を掛け過ぎる。仕方ない、プランBでいこう)


最後に反応があった場所の地面に到着すると当時に彼は完全に数字がゼロになる前に迷彩を解除した。


特殊スーツと特殊ヘルメット、そして銃を持った姿をここに現しプランBを実行する。無論、そのプランBとはステレオタイプの意味合いで言っているのではなくキチンとバックアップとして用意しておいた二つ目のプランである。


決してそんなモノが無いわけではない、あるものはあるのである。ただ突貫プランである事には違いないのだが。


「こちらポッキー、レーダーに目標が反応しなくなったのは皆知っての通りですがこちらも限界時間が間近となったので迷彩を解除。そこでプランBとして……僕が囮となって向こうを誘いだします」


完全迷彩を解除した事を仲間たちに告げ、同時に自身がこれから行おうとする事もまた告げると……突如としてスピーカーからキィン、と耳を、鼓膜を、三半規管をかき乱すような大声がポッキーの聴覚に直撃した。


野太く魂の髄にまで響きそうな男気溢れる……もしくは男臭い訛り混じりの地声。一度耳にしたものならば絶対に忘れる事がない、忘れようがないこの声は紛れもなく……彼のものだ。


「……っ、か、カキピー、その大声は止めて下さい、現場リーダーの僕の耳が潰れたらどうするんですか、それから心配は無用です。僕はあなたやタケノコほどの白兵戦スキルはありませんが……心強い味方がいますので」


その時、HMDに新たなウィンドが映し出された。軽めのビープ音と共に。


形状は黄色の矢印といったところ、『動体反応感知』という単語と共に点滅を繰り返している。これもまた警告ダイアログだ。


警告を示すその矢印が向く方向に顔を動かすと……どうやらこの突貫プランは想像以上のスピードで効果を発揮したらしい。


いたのだ。あの化物が。


「それにもう見つかってしまった……いや、見つけてしまいましたから、今更後には引けませんよ」


化物は背後に佇むある建物の壁、先に見せたように首から伸びる触手を上手く使ってかの蜘蛛の力を身に宿した有名なアメリカンコミックヒーローの如く“張り付いていた”。


そして化物はこちらを目どころか頭部すら無いが……しっかりとポッキーの存在を感知し、見下ろしている事を肌で感じ取った。


「それに何時までもこんなヤツの相手をしたくありませんよ。でしょう?」


それは通信に繋がる仲間たちだけではなく、自身を見下ろす化物にも告げているようであった。


化物は彼の問いに対し何も答えない、頭部が無い以上答える術がない、そもそも人語を解せるのかどうかすら不明だがともかく終始無言……。


だが化物は言葉の代わりに行動で示した。中ほどで折れ触手群が蠢いている腕を彼に向ける事で。


(来るっ!)


直後、四方八方に飛び散るように腕からの触手が勢い良く伸びる。これまで見た事がない数だ。


先のカキピーの時とは比べ更に多くの触手を一気に、しかも分散させて放つ事で敵の圧倒し迎撃されても問題のないように……。


ポッキーを含めた彼らの存在はよほどこの化物の怒りを買ったらしい。


(質量保存の法則を無視しまくりだなこの触手は……! 本当に非常識だっ!)


化物の体は確かに巨大だがそれでもこの触手の数と長さは異常だ。一体どうやってこれだけ伸びる触手を体内に持っているというのか。


とはいえ化物相手に法則云々、常識云々を説くのは無意味な事なのかもしれない。


化物とは“非常識の世界”にいる存在である。その世界において普通だの通常だのといった言葉は無価値だ。


そういった存在と対する普通と通常の世界、“常識の世界”の住人である彼は目の前にある非常識に対して。


空を、彼を覆うように伸びて向かってくる大量の触手を前に彼は手にした銃で応戦する。


銃口を、マーカーを巧みに動かす事で数本の触手を撃ち落としたものの、やがてHMDに表示されている装弾数の数値がゼロを示す。


弾切れ、だが触手は未だに残っている。そして再装填する暇などもはや無く“常識の中では最強に位置する兵器を用いても非常識の力の前では無力”だった。


「だったらこっちも“非常識”に頼るまで……!」


万事休す……と思われたその矢先。彼は弾を撃ち尽くした銃のグリップから手を離しその手を覆うグローブの、手の甲を前に掲げ、叫ぶ。


瞬間、HUDに一気にこれまでにない大量なウィンドが爆発的な速さで次々と表示されていく。表示されたウィンドがその次の瞬間に表示されたウィンドと重なったりして確認する暇が全く無い。


何か致命的なバグでも発生したというのか? だがそれを間近で見ているポッキーに焦る様子は一切ない。


それはそのはず。爆発的な発生をしたウィンドは一、二秒といった極めて小さな時間の中だけで突然踊り狂うように現れて……その時間を過ぎるとこれまた突然消えたのだ。


最後に、たったひとつのウィンドを残して――。





――『S.R.P.exe.boot』





刹那――彼の手から、グローブから強烈な光現象が発生した。


グローブにはこのような発光現象を起こしうる装置はない。だが現にグローブは光を帯びて輝いている。


と、そこで更なる変化が発生。


発光するグローブの手の甲、その部分から何かのマークらしきものが浮かび上がる。


文字、だと思われる造形をしたそれを囲うように二重三重もの円環。その形状はまるで魔法陣()のように……。


「“来い”ッ!」


大量の触手が彼を穿たんと迫る中。


発光してマークが浮かび上がったグローブに向けて彼はひとつ、そう叫ぶ。


するとその声に応じるかのように……グローブから“球体状の発光体が跳び出した”。


跳び出てきた球体は彼の頭上にまで上昇しそこで停滞し爆発する。





その途端、この場の空気、いや大気が――“凍った”。





比喩でもなんでもなく本当に、“物理的に大気の温度が急激に下がった”のだ。


しかもただ下がったわけではなく、どういうわけか氷河期の到来かと思わせるばかりに激しい“氷嵐”が吹き荒れた。


ここは日本、しかも温暖な九州地方だ。季節の事もありこのような気象現象が起こりうるわけがなく仮に異常気象だとしてもこんな突拍子に発生するはずがない。


だが現実に氷嵐は発生し、無人無音の空間が瞬く間に凍てつかせた。道路も、街灯も、建物も……そして触手も。


ポッキーの直ぐ真上まで迫ってきた触手群はその発生した氷嵐によって凍結。その途端触手群の動きが止まり、鋭い先端から沿うように触手全体が凍っていく。


化物はこのままでは不味いと悟ったか、唯一残った片腕を使って無理矢理腕からの触手を引き千切った。


そしてビルの壁に固定していた首の触手もまた同様に凍てつき始めたのでそれもまた引き千切ると地面にへと着地する……が、転んだ。


滑ったのだ。見ると化物が着地した道路には厚い氷が張られているのが分かる。これでは歩く事さえおろか立ち上がる事さえ満足にいかない。


「やーいやーい、転びやがった。ざまあみろ~」


予定調和のように滑って転んだ化物を見ながら今時の子供でも言わないような煽り文句を棒読みで告げつつ弾切れとなった銃に再び新たな弾倉を押し込む。グローブからの発光は収まっていた。


化物を挑発(効いているのかどうかはさて置き)しながら淡々とやるべき事を行うポッキー。おそらくこの現象を起こした元凶であろう彼。だが実際に起こしたのは彼自身ではない。






その元凶は彼の頭上に……人、に近しい姿をした何かであった。





淡く澄み通り、心が落ち着くような優しい水色をした髪と瞳。肌のくずみなど何ひとつ無く女性たちですら見惚れてしまうほどの艶やかな白肌。


全身をゆったりとした髪と瞳、そして肌に合わせるように青と白を基調とした女物の着物――に近しい服装を纏うこの世のものとは思えぬ、一流の造形師が魂を込めて必死の思いでカタチにしたかのような美しさを持つ人の姿をした人でなきものが。


人でなき証拠は三つある。順に追って説明しよう。


ひとつ、それは耳だ。ソレは横に長く先が尖った形状をしていた。世界中のあらゆる人種をみてもこのような耳の形状をした人種は存在しない。


ふたつ、耳が横に長い人の姿をしたソレは宙に浮いていた。あくまで跳ぶ事しか出来きず重力に従って落ちるタケノコやらポッキーとは異なりふわふわと、物理法則など知った事ではないとばかりに浮いている。





みっつ、耳が横に長く浮いている人の姿をしたソレは、ソレこそが……“この氷嵐の発生源”であった。





横に長く尖った耳を持ち、宙に浮いているソレは自身の周りに強大な氷嵐の渦を巻かせて佇んでいた。


まるで古来から伝わる伝承にある『雪女』のように。


その渦の勢いたるや安易に渦中に手を伸ばそうものならばその勢いに呑まれて何処か遠くにブッ飛んでいきそうな程、ついでに凍結してしまって着地と同時に全身がバラバラに砕けてしまうかもしれない。


そしてそのような人間離れの美しさを持つ人間では到底ありえないソレは……彼を守るかのように彼の前に浮いていた。


何より彼はソレが発生させる氷渦の“内側”にいた。彼は全然凍えている様子がない。至って平常な様子で。


「ありがとう。助かったよ」


氷嵐の発生源であり自身を守るように前に浮く彼女に向けて顔を上げて礼を告げる。


するとソレは顔だけを彼に向けてとても嬉しそうに微笑んでこくりこくりと首を何度も振って頷く。見た目とは裏腹に子供っぽい仕草だ。


そしてソレは唇を動かす……が、何も聞こえない。あの唇の動きからして何かを喋っているはずなのだが……。


「こら、余所見とお喋りは後々、今は戦闘に集中集中。スーツのキャパを全部君の現化のために回しているんだからしっかりしてくれ」


姿こそ愛くるしいものだが化物以上に化物めいた力を持つソレに対し怖気もせず叱咤をするとソレの嬉しそうな顔は一転してしょんぼり、と萎えるように俯いた。


親から叱られた子供のように縮こまる。見た目に反して精神年齢はかなり幼いのか……それにしても彼はソレの言葉が聞こえたのだろうか。


ともあれ彼の言葉にソレはその後、改まってひとつ頷くと表情を戻し再び化物と対峙する。自身の周りで渦巻く氷嵐の勢いが強まるのを感じながら彼もまた銃を構えた。


(カキピーとタケノコはもう間もなく到着する。キノコは……まあいいか、彼女がいなくてもこれで勝ちは見えた。後はこの化物の足止めを……っと)


マップとレーダーで味方の現在地を確認しつつ足場が凍結され上手く脚力が活かせないでいる化物めがけて容赦なく銃弾を浴びせ、そしてそんな化物から彼を守るように佇むそれは氷嵐を化物にぶつけ続ける。


途端に化物の体が凍て付き始めたが完全に凍ったわけではない。だが確実に氷結の枷は化物の動きを大きく阻害する。


時折向こうが抵抗するかのように触手を伸ばしてくるがそれは渦巻く氷渦の勢いをより強くする事で弾いて凍てつかせるのでまるで無意味。


化物の力は、非常識の力は阻まれた。その化物と同じ、いやそれ以上の非常識の力によって。


だからここぞとばかりにポッキーは撃ち込む、化物相手に容赦はしない。いい化物は死んだ化物だけなのだ。





「ここから先は反撃などひとつも許さない一方的なフルボッコタイムだよミスター化物。僕とこの子だけでは殺しきれないけど……二人が来たらお前は終わりだ。だから死ね、何もできず何ひとつとして思う事なくただ死ね、口が無かろうともブタのように喚いてひたすら死ね」





過激な処刑宣言、冷徹な惨殺宣告――。


弄ぶように、殺しきる事ができないとしてもお構いなく氷嵐で動きを封じられた化物に銃弾を浴びせ続ける。


化物は叫ばない、叫ぶ口を持たない。だがこれだけの蹂躙を受けてもなお……しかしそれももう終わりだ。


「ポッキー、待たせた……っ!」


その時、化物の後方にて何処からともなく小さな影が上空より着地。


瞬間、小さな影は前に向かって目にも止まらぬ……いや、映らぬ速さで動けぬ化物の背後を獲る。


「ぬぅぅん……!」


更に同時、化物の真上から暑苦しい声をあげて落ちてくる大きな影が。


その手には刃なき機械で出来た奇怪な大剣を持ち化物の頭上を獲った。





去死くたばれ……っ!」

「チェェエエエストォォォオオオ!」





小さな影は風を裂くような音をたてて自らの手を刃に見立てた手刀を化物の胴体に向けて横一閃


大きな影は炎を纏った大剣を轟っ、と空気を焼きながら愚直に無骨に化物の脳天から地面にかけて縦一閃


十字に裂かれた化物の体は裂かれ、焦がれる。


ずるり、と滑るようにその巨体は四つのパーツに分かれてぼたぼたと地面に、燃えながら崩れていく。


化物は……もう動かない。


「……こちらポッキー、目標駆逐しました」


崩れて燃える化物を見てポッキーは通信を開く。自分たちを統括する司令たる人物に。


「損害は無し、救助した女性の方はどうですが? はい、分かりました。では現時刻をもって状況……ん? すいません、キノコから通信が入りましたので少し……っ!?」


そこでキノコから通信が入って来たのでそちらに繋ぐとキィン、と耳を、鼓膜を、三半規管を引き裂くような甲高い声が響く。


先のものとは異なる女性のものに違いない。どうやらキノコのものらしい。


「……煩いですよキノコ、終わった後だというのに一体何を……出番を取るな? ……あ~、それはすいませんでしたねいやマジで、んじゃそういう事で、以じょ……っ」


まだ何か言っているが無理矢理キノコからの通信を切ろうとした……その時だ。


緊急事態を知らせるビープ音と共にレーダーに新たな反応が。


「オレオ!?」


キノコと繋がったままの状態でオレオとの回線を開いて急ぎその情報を確認する。


先までレーダーが捉えていた化物は既に倒され既に反応してはいない、だがレーダーは確かに何かに反応しポイントを示している。


「……キノコ、“嬉しくない事に”あなたの出番が増えてしまいました。……ええ、ですからちゃっちゃと来やがってください。遅れたらとりあえずご自慢のお尻を蹴飛ばしますのでそのつもりで」


オレオからの情報確認による結果は誤認ではない、という事実。僅かにそれを期待していたのだが無駄だと悟る。


この情報は正確であると、確かに通信でオレオはそう告げた。


正確だとしてどうするかと現場リーダーとして考えたいところではあるが……そのような暇は無さそうだ。


「……っ!?」

「おいおいおい! めっちゃやばくねーやこれっ!?」


タケノコとカキピー、その二人のその反応がポッキーに暇がない事を示す。二人はある方向に視線を向けてタケノコは息をのんで目を見開き、カキピーは大仰に大声を出して叫び散らす。


とりあえずカキピーは黙って欲しい、と思いながら二人に続くようにポッキーは二人が視線を向けている方向に合わせて顔を上げる。するとレーダーだけにあらず通常のHUD上においても反応。


「こちらポッキー、サイクロプス……“三体”を目視で確認。仲魔を殺られてご立腹なのか向こうはこちらを仕留める気で満々のご様子です」


前方、距離にして約50メートル先にあるビルの屋上にて。


そこから見えるは三つの赤くて小さな光。ぎょろり、と蠢いて地上にいる三人を見下ろす異形の一ツ眼。


あの化物と同じ姿をしたものが……そこになんと三体も。


「お二人とも気張って行きましょう。期待していますよ?」


ポッキーが銃を構えつつ淡々と感情も味気も何もあったものじゃない言葉だけの意味合いしか持たないような期待を二人に告げる。


「……おめーってヤツは全く、まあきっちぃけどどげんかせんといかんっ! ……ってなわけやし気張って行くわ、タケノコ!」

「好了(任せろ)、先に行くぞ……っ!」


三人のうち一番の機動力を持つタケノコが先行する。地を駆り一陣の風の如く、いやそれはまさに風そのものともいえる疾さで。


その風に続くは大剣を持つ大男。烈火の如く雄叫びをあげながら剣にもまた業火を纏わせ男の火と剣の火は互いに交ざり合いひとつの炎になって前へと進む。


「……さて、と」


風と炎の二人が前に向かったところでポッキーは氷嵐の発生を止めた目の前に浮かぶそれを見上げる。


それもまた彼を見下ろしていた。彼の言葉を待つかのようにそこに佇んでいる。


「悪い、もう一仕事頼むよ相棒。今の僕の力はほぼ君に掛っているからね」


相棒、それに対して彼はそう呼ぶとそれは嬉しそうに表情を大きくほこぼらせて頷いた。


彼もまたその頷きに応じるようにひとつ頷くと「行くぞっ!」という掛け声と共に二人を追って駆け出す。


駆け出した彼に続くようにそれもまた付随し彼の頭上を維持して飛行する。


(動いたな……!)


その時、いよいよもって化物三体が動きだした。


向かって来る三人と一体に立ち向かうためにビルの屋上から一斉に跳び上がる。


くずんだ色合いの夜空を背後に、非常識から現れた侵略者は同胞の仇のため、もしくは常識の者達を屠るべく戦いを挑む。


「こちらポッキー」


三体……一体だけでも驚異だった化物、銃弾という銃弾を撃ち込んでも撃ち込んでも決して死ぬ事がなかった化物が三体も。


恐れがないわけではない、恐れない人間などいるものか。


現場リーダーとして必要不可欠な冷静さを保っているとはいえ彼とて人の子、恐ろしいものは恐ろしいし怖いものは怖い。


それにリーダーとしてもこの状況に対して危機感を覚えているのも事実、というより危機感を抱かないような楽観者はリーダー失格である。


手に持つ銃、そしてその引きトリガーが若干だけ重みが増したかのような錯覚を覚える。


「及びタケノコ、カキピー、ついでにキノコ……」


緊張――。


軽く喉が渇き、銃を握るグローブは手より流れた汗によってベタついて不快感極まりない。


平行してドクドクと心拍数、脈拍も高まる。HMDにも自身の生体情報バイタルサインが表示され心拍数が増加していると彼に示す。


その結果がこの銃に偽りの重みを与えているのだと彼は自認。ひとつそこで彼は小さく、そしてしっかりとひとつひとつの過程を踏みしめるようにして呼吸する。


呼吸は緊張を和らげてくれる。できれば深呼吸が良いのだが走っている最中にそんな事ができるわけがないので我慢。


息を吸い、吐き出し、そしてもう一回息を吸って……。





「……目標三体、交戦開始エンゲージッ!」





叫ぶように、開戦の狼煙をその口で告げた――。

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