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Absolute Zero 4th  作者: DoubleS
第一章
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ライトな人体実験 7

 生徒会室のドアを開けると、有島、雲沢、神田の三人が座っていた。晴代と西村は仕事を頼まれているらしく、この場にはいなかった。

「失礼します。例の件で来た。魔力の充填をお願いしたい」

 濁った灰色の液体の入ったビーカーを持った白衣の女子生徒を見て、雲沢は怪訝な表情になる。一方で、神田はまったく気にしないという感じで本を読んでいた。

「このビーカーの液体に、魔力を直接注ぎ込めばいいんですね?」

 有島の言葉に文香は黙ってうなずく。有島はビーカーを手元に引き寄せると、手をかざす。文香と雲沢が興味深く見守る中、有島の手が光を放つ。

 そのまま、光はビーカーの液体に向かって吸い込まれていき、ビーカーの中の液体は濁った灰色から、無色透明に変わった。

「すげえ……いったい、何をしたんだ?」

 雲沢の驚きの声が、生徒会室に響く。文香も興味深そうに液体を見ると、本を取り出し、特徴を確かめる。

「……完成した液体は、無色透明の液体になる。これを経口投与することによって、効果を得ることができる。一ミリリットル当たり、効果時間は一時間である」

 書かれている特徴と、現にある液体の特徴は一致していた。文香は満足そうに笑うと、椅子に座る。誰か適当な人に試してみたいが、誰にすべきかと、生徒会室を見回した。

「ところで、木村さん。私聞いていなかったんですが、その魔法薬、どんな効果があるんですか。危険なものではないと言っていましたが、一応教えてもらえますか」

 文香は、有島に耳打ちする。

「……それは、また……何とも、微妙な……」

 雲沢は知りたいという表情をしていたが、文香は何も言わなかった。とりあえず、今文香が考えるべきことは、この薬を誰に試すかということだった。少なくとも、文香としては朝、霧矢に言った以上、誰かにこっそり試すというつもりはなかった。協力者をまともな方法で探す必要がある。

「とりあえず、もう少ししたら、上川さんと西村君も戻ってくるはずです。そうしたら、みなさんでお茶にしましょう。今日は西村君がお茶菓子を持ってきてくれていますから」

「三条と会長はどこへ?」

 文香の問いに対して、神田が無言で窓の外にある、体育館脇のピロティ―を指さす。

「雨野と格闘の練習だそうだ。まったく、よくもまあ、そんな自殺行為ができるもんだ」

「…少なくとも、三条君にはそれをするだけの覚悟があるということですよ。覚悟が」

 有島の言葉に雲沢は首を回す。雨野に日常的に殴られている雲沢にとって、暴力の塊である雨野と戦いの訓練をするなど、酔狂なこととしか思えなかったのだろう。

「覚悟……何を覚悟するんだろうな。俺にはわからん」

「北原姉妹、そして、自分自身」

 一言だけ文香は答える。雲沢は怪訝な表情で文香を見た。しかし、文香はそれ以上語るつもりがなかった。それ以上は答えず、文香は雲沢から視線を逸らした。

黙り込んでしまう文香を見て、雲沢は完全にキョトンとした表情になった。雲沢は霜華のことを霧矢の家に住み込みで働いている魔族くらいの認識しかない。また、霧矢にしても完全な一般人だとしか思っていない。彼女や霧矢が救世の理というカルト教団に狙われているということも知らないし、相川探偵事務所についても知らない。

 そこが、雲沢と神田という人間と、文香、有島、雨野という人間との差なのかもしれない。単に魔族の存在を知っているだけの人間と、魔族に関係する裏社会についての情報を知っている者という差だろう。

(……まあ、霜華さんがアブソリュート・ゼロだとは、木村さんも知らないでしょうけど)

 文香の一言を聞いて、有島は心の中で密かにつぶやいた。

 霧矢が殺しを封印している理由は、彼女への配慮にある。下手に誰かを殺して、後々になって妙な罪悪感に駆られたくないというのもあるそうだが、もう殺しは嫌だという彼女の思いに共鳴しているのは明らかだった。

 ただ、霜華が、アブソリュート・ゼロであることを知っているものは少ない。知っている者といえば、裏社会の人間を除けば、霜華本人と、妹の風華、そして、霧矢と有島の四人に限られている。他の人間は、ただの魔族のハーフということしか知らない。


「それよりも、この薬を誰に試すべきか、ご意見をうかがいたい。やはり、三条だろうか」

 文香が有島に問いを投げかける。有島は急に話を振られ、苦笑いを浮かべた。少なくとも、有島は誰かに試すというのは考えておらず、この問いは完全に想定外のものだった。

「三条でいいだろ。あと、上川、西村。雨野でもいいんじゃないのか?」

「……そんなこと言って、また、光里ちゃんに怒られますよ。雲沢君」

「いいんだよ。どんな薬だか知らないが、死ぬようなものじゃないんだろ。日頃の恨みだ。雨野に飲ませて、一泡吹かせてやりたいんだよ。散々いつも俺のことを殴りやがって……」

 雲沢が殴られるのは、必要もない雨野への悪口をたびたび口にしているせいであって、その責任は雲沢自身にあるというのが、雲沢を除く生徒会メンバーの公式見解だった。しかし、雲沢はそうは思っておらず、雨野のことを逆恨みしていた。

「いいぜ、木村。この俺、雲沢誠也が、お前の実験に全面協力してやる。まずは、飲み物にその薬を仕込むぞ。上川と西村はまだ戻ってきていないし、仕込むなら今がチャンスだ」

「いや、さすがに、誰かに隠して飲ませるのはよくない。私も三条に隠して飲ませることはしないと約束してある」

「大丈夫だ! いざとなったら、この俺がすべての責任を引き受ける。任せな!」

 文香は渋っていたが、雲沢は強引にビーカーを奪い取り、湯沸かしポットからお湯を急須に注ぐと、お茶を入れていく。有島と神田はお互いに顔を見合わせて、ため息をついた。

 もしこのことが、雨野に露見したら、文香はともかく、雲沢は病院送りにされるだろう。そのことを、雲沢自身が理解しているのかどうかはわからないが、有島も神田も、もはや知らんぷりを決め込んだ方が良いと自分を無理やり納得させ、雲沢の行動を黙って眺めていた。

 雲沢は霧矢、晴代、西村、雨野の席に薬入りのお茶を、お茶菓子とともに置く。後は、彼らが戻ってくるのを待つだけだった。時間的にもそろそろ戻ってくる頃合いだった。

「いいか。このことは秘密だぞ。もし誰かに言ったら、お前らも雨野から少なくない制裁を受けることになるからな。俺たちは一蓮托生だ」

 文香も有島も神田も、もうどうにでもなれといった表情をしていた。

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