ライトな人体実験 6
体育館裏のピロティ―で霧矢と雨野は向かい合っていた。
「今日もお願いします」
霧矢はポケットからカードを取り出し、光ったカードは剣に変わる。雨野もポケットから長さ十五センチほどの金属棒を取り出すと、短剣を構えるように持ち、霧矢の前に立った。
「じゃあ、今日は、ナイフの敵との戦い方をするわよ。基本的に、難しくはないけど、相手の素早さをいかに封じるかが大切になってくるわ」
雨野は金属棒をくるくると回す。霧矢は剣を持って構える。
「その剣は模造剣だから、基本的にそれでいくら攻撃しても、敵は死なないと思うわ。だから、私に対して本気で防御しなさい。必要とあれば私を切りつけてもいいから。ただし、私も本気で行くわよ。覚悟しなさい」
雨野は霧矢から五メートルほど距離をとる。霧矢は雨野の動きを慎重にうかがう。
敵に向かって思い切り振り回すのであれば、剣よりもナイフの方がはるかに適している。一方で、霧矢の使うロングソードの利点は、ナイフに比べてリーチが長いことだ。これをうまく生かせるかどうかが、ポイントとなってくるだろう。
雨野が霧矢に向かって走り出す。霧矢は一歩下がると、剣を手前に引く。少し身をかがめて、相手の腹を突き、一撃で気絶させる作戦を取った。
「とうりゃぁぁぁ!」
雨野が剣のリーチ圏内に入り、霧矢は引いた腕を思い切り前方へ突き出す。しかし、霧矢の剣の切っ先は、雨野の腹には命中せず、空気を切り裂いただけだった。
そして、気が付いたら雨野の姿は視界にはなかった。次の瞬間、霧矢のすねが、金属パイプで殴りつけられた。
「ぐっ!」
弁慶の泣き所を攻撃され、目が潤んでくるのが自分でもわかった。殴られたところをさすりながら、霧矢は再び視界に入ってきた雨野の顔を見上げた。
「動きがわかりやす過ぎる。そんなんじゃ、こんなふうに相手にすぐ動きを読まれるわよ」
霧矢の突き攻撃をかわした雨野は、スライディングで霧矢の足元へ滑り込み、霧矢のすねに金属棒での一撃を食らわせていた。
「本来だったら、そのまま、股間に直接攻撃を叩き込むところだけど、それはさすがに訓練ではかわいそうだから、やめておいたわ」
霧矢は恐ろしいことを聞いて、青ざめた表情になりながらも、再び立ち上がる。雨野にそんなことをされてしまったら、おそらく三条家は途絶えてしまうだろう。
「そんな恐ろしいことを……男性として、それをされたら…」
「戦いじゃ、相手の急所を的確に攻撃することが大事になるのよ。まあ、あんたが東京でやったみたいに、紳士同士の決闘ならそれはルール違反になるのかもしれないけど」
「…紳士ねえ。あいつが紳士だなんて、僕としてはとてもそうだと思えませんけど」
霧矢は剣を構えると、再び雨野に向かい合う。雨野は再び霧矢と間合いを取ると、もう一度霧矢に向かって動き出す。
「行くわよ。今度は、ちょっと攻撃のタイプを変える。でも、見切れるかしら?」
「やってやりますよ。さあ、かかってきてください!」
雨野は目を閉じると、動きを止めた。霧矢は思い切り突っ込んでくると思っていたのに、雨野が何もしないので、不審な表情に変わる。
(……どうして、何もしてこない…?)
霧矢が気を緩めた瞬間、いきなり雨野が動く。霧矢もあわてて身構えようとしたが、追いつけなかった。そのまま、雨野は棒を霧矢に向かって目にも止まらぬ速さで投げつけ、棒はそのまま霧矢の胸に命中する。命中した箇所は、まさに心臓がある位置だった。
金属棒自体はそれほど重みがあるものではなく、先端もとがっていないので、霧矢の胸を貫通することなく、服で弾かれて落下したが、雨野が投げていたのが本物のナイフならば、間違いなく霧矢の胸板を貫通し、心臓に刃が到達していただろう。
霧矢の頬を冷や汗が伝う。雨野は残念そうな顔になり、霧矢の方へ歩いてくる。
「…攻撃のタイプを変えるって言ったのに、どうしてわからないの? ナイフの使い方を理解していない証拠。きっと、あんたは、ナイフは切るものという考えしか持っていなかったのでしょうけど、ナイフの軽さを生かして、こんなふうに投げて使うこともできるのよ」
霧矢はうなずく。少なくとも、霧矢が目指している戦闘スタイルは、防御重視のものであり、攻撃を見切ることは、その中核になるものでもある。これが出来なければ、訓練自体の意味もなくなってしまう。
「少なくとも、相手が何をしようとしているのか、感じ取れるようになっておきなさい。最低でも、近距離攻撃か遠距離攻撃、どちらなのか。相手の行動から読めるようになること」
霧矢は返事をすると、改めて雨野を見る。本気になれば、霧矢を殺すくらい朝飯前の生徒会長の姿は、霧矢に恐ろしさと頼もしさという二つの思いを与えていた。
「じゃあ、次はきちんと避けるか防ぎなさい。いいわね」
霧矢はつばを飲み込むと再び剣を構える。雨野は間合いを取ると、金属棒を持って、霧矢に視線を走らせる。
慎重に雨野の出方をうかがう。今のところ、まだ攻撃に移ろうとする気配はない。霧矢は、投擲に備えて、ゆっくりと現在の立ち位置から横へ動いていく。雨野も、霧矢の動きを目で追いながら、攻撃するチャンスをうかがっているようだった。
三秒ほど待って、雨野が動く。霧矢は一気に身構えると、先に左側へ避ける。霧矢が予想した通り、雨野は棒を構えると、霧矢に向かって投げつけてきた。しかも、雨野も霧矢が裂けることを見越して、霧矢が避けた場所に向けて投げつけてくる。しかし、霧矢も慌てなかった。
「読めた!」
霧矢は剣をふるうと、飛んできた棒をはじく。キンという金属音とともに、そのまま上方へ舞い上がった棒は放物線を描いて霧矢の頭上に回転しながら落下してきた。
(…そして…!)
霧矢は落下してくる棒をキャッチすると、雨野に向かってサイドスローで投げ返す。雨野は、意表を突かれたようだったが、難なく顔面めがけて飛んでくる棒を指で挟んでキャッチした。
「惜しいわ。私の攻撃を防御するところまではよかったけれど、私に向かって攻撃を仕掛けるのは、まだまだ早いというものよ。残念でした、三条君」
雨野は霧矢に向かって薄ら笑いを向けている。霧矢としては逆鱗に触れてしまったのではないかと、背筋が寒くなった。雨野は棒を指先で回しながら、再び霧矢を見た。
「まあ、今の反応は素直に褒めてもいいわ。私に反撃しようとするその精神は認めてもいい」
霧矢は、雨野が逆上していないことに安堵するが、雨野は再び声を固くする。
「次行くわよ。まだまだいろいろな攻撃パターンがあるから、覚悟しなさい」
霧矢がうなずくと、雨野は訓練を再開した。