答えは存在するのか 9
「マリーさんですか、あたしは上川晴代って言います。属性は火で契約主です」
「晴代ちゃんか、ちなみに私も火なんだけど、ハーフ」
駅構内のベンチに座って二人は向かい合っていた。晴代としては街を歩いていてハーフに出会うなど予想もしていなかったので、新鮮でまた奇妙な感覚があった。
「あたしの契約魔族もハーフなんですよ。属性は違うけど」
「へえ……契約魔族とはどうやって知り合ったの?」
「…意外に思われるでしょうけど、あたしの先輩なんです。去年の十二月まで魔族だなんて夢にも思いませんでしたけど、その後、成り行きで契約することになりました」
マリーは興味深そうに聞いていたが、晴代はこれ以上話す気にはなれなかった。これ以上話すとリリアン・ポーンについてまで話さなくてならなくなるし、それは人に対して話してしまってもよい内容ではない。
「…まあ、その話は置いておくとして、あなた、何やら暗い顔をしていたけど、何か問題でもあったの? 私でよければ相談に乗るけど」
話してしまってよいのか迷ったが、親身になってくれる人がいるというのは幸運なことだと思う。面白い人と人との巡りあわせだと思ってみよう。
「愚痴でもいいから、話してごらんなさい。中に溜め込んで自滅するくらいなら、誰かに向かって爆発してしまった方がまだましよ」
「はい」
彼女は柔らかい物腰の女性で、優しい口調だった。
「……それで、あたしどうしたらいいのか、さっぱりわからなくて」
「なるほどねえ……その時雨ちゃんって女の子がらみでトラブルに巻き込まれてるのね」
同情する表情でマリーは晴代を気遣う。
「何か、このままいったら、あたしとあの子の立場がそのうち入れ替わっちゃうんじゃないかなって思うんです。そう考えるとなんか不安で……」
カバンから分厚いシステム手帳を取り出すと、晴代は写真を取り出す。
「これは、生徒会や友達と一緒に元旦に撮った写真だけど、次にみんなで撮る写真はあたしじゃなくて、あの子が写ってるんじゃないかなって……」
愚痴りながら晴代は写真をマリーに見せる。
「…これが、あたし、真ん中が生徒会長の雨野先輩、その隣が副会長であたしの契約魔族の有島先輩、その前列が雨野先輩の弟の護君とその契約魔族のユリア、で…その隣が……」
マリーの眉がピクリと動く。晴代は不審に思い質問した。
「…この二人とお知り合いなんですか?」
「……どこかで見たことがあるような気がするのよ。でも、きっと他人の空似ね」
「ですよね。そんなことはきっとありえませんって。ユリアの隣の金髪の女の子がセイスといって、その隣の男子、西村君の契約魔族なんです」
楽しそうな表情を浮かべている二人を紹介すると、晴代は写真をカバンにしまった。
「さっきも言った通り、あたし、生徒会を辞めたんです。生徒会、特にさっきの西村君が本気であの子を助けようとしてるみたいで、私にもとばっちりが来そうだったから……」
晴代の口調は非常に自嘲的だったが、マリーは彼女を気遣う姿勢を崩さなかった。
「その西村君って、正義感に燃える男の子なのね、きっと」
「はい。でも、行動が行き過ぎてるような感じもしてて……融通が利かないというか…」
頭を抱えてうつむいている晴代を眺めながら、マリーはゆっくりと口を開いた。
「あなたは一人になることを恐れているみたいだけど、人間が一人ぼっちになってしまうことなんて余程のことがなければ、ないのよ。誰かしらそばにいてくれる人がいるし、探してみれば意外と簡単に見つかったりするものよ」
晴代はマリーの言葉に顔を上げた。彼女は続ける。
「その時雨ちゃんだって、西村君っていうそばにいてくれる人を見つけたんだし、その西村君を通して、どんどん仲間は増えていくわ。あなたは自分の居場所を奪われることを恐れているみたいだけど、単にそれは思い込みよ。あなた次第でいくらでも上手く人と付き合える」
「そう…なんでしょうか…」
晴代は彼女の言葉を受けて、考えるようにゆっくりと首を回した。
自分は特に何か深く考えて人と付き合っているわけではない。改めて自分の人間関係を見つめ直してみると、霧矢や文香のような親しい相手とは深い交際関係があるが、それ以外の相手とは割と付き合いは消極的なのかもしれない。考えてみると、西村や雨野、有島と知り合ったのはすべて霧矢の紹介がきっかけで、自分からは特に何もしていない。
だが、その気になれば、自分も積極的に人と付き合うことはできる。霜華や風華との付き合いは自分が積極的にアプローチをかけていた。相手が単に魔族という新鮮な存在だったという理由もあるが、友達になりたいという思いから、渋る霧矢を説き伏せ、家に招いたりもした。
だから、自分がその気になれば、クラスで爪弾き者にされている彼女とも、積極的に関係を作っていくことも決してできなくはないはずだ。
だが、それにはとんでもない代償が付きまとう。そして、今の自分にそれを払うだけの覚悟はない。クラスの掟を破り、クラスの女王に対しての反逆を行うというのはそう簡単にできることではない。そんなことをしようものならば、自分も制裁対象となる。時雨が何の理由で迫害されているのかは知らないが、女王のルールは絶対だ。それを破るのは……
「本当にどうにもならないなら、あんまりおすすめはできないけど、暴力を使うってのも最後の手段としてはあるのかもしれないわね。あなたにはその力があるのだから」
「契約…異能……ですか。あたしの場合、一瞬で物体を数千度にまで加熱する能力」
ただ、そんな力を使ったところで、何をもたらすというのか。
「一度、その人の前で力を使ってしまえばいいのよ。私を怒らせたらどうなるかってね。あなたの場合、掌の上で金属を溶かしてしまえばいい。とても効果的な示威行為になるわよ」
「でも、あたしはそんなことは……他人に向かって力をひけらかすなんて……」
晴代はそんなことはとてもできないとばかりに首をぶんぶんと振った。再び彼女を見ると、それもまた仕方がないという風に微笑んでいた。
「まあ、でも、いざとなったら契約異能は身を守るのに役に立つわ。使いどころに注意すれば、問題の解決の糸口にもなるかもしれないわよ。きっと」
契約異能が身を守ることに役立つことは晴代も実感している。教団の戦闘員にナイフで切りつけられた時も、ナイフの刃を熱で溶かすことで攻撃を防ぐことができた。
「確かに、喧嘩になったら役に立つかもしれません。でも、強力すぎる。あたしがこの契約異能を使ったら、相手は大やけどで済めばマシなレベル……」
かといって、契約異能が役立つとはいえ、その気になれば、相手をショック死に追い込むことすら可能な能力はやはりそう簡単に使えない。
「ぜひとも使えなんて言うつもりはないけど、選択肢が一つ増えたでしょ。そういうふうに、つまずいたら、何かしら選択肢を徹底的に挙げていくのが、私の問題解決法だったりするわ」
晴代はマリーの言葉にはどこか憂いがあるようにも聞こえた。
「…マリーさんも、今何か困っていたりするんですか?」
「あら、わかるの?」
彼女は意外そうな表情を浮かべて、少し大げさに反応する。長い銀髪が揺れた。




