答えは存在するのか 3
「でもさ、西村君はもっと単純に物事を考えてるよね」
「そうだ。単純すぎて、すべてを二項対立、特に善悪二元論でとらえようとするから、時折あいつは過激になる。今日だってそうだ」
霧矢が困惑した表情に変わるのを見て、晴代は怪訝な顔をした。
「霧矢って難しい言葉を使うからわかんない。現代文が得意なのはいいけどさ、あたしにもわかるように、もっとわかりやすく言ってよ。とりあえず、西村君が単純なのはわかる」
もう少し現代文のセンスを深めたらどうなんだとため息をつきながらも、霧矢は続ける。
「あいつの場合、常に物事は正義と悪のどちらかだと考えているんだ。悪さえ潰せば、何とかなるとも考えてる。実際の物事はそう簡単じゃないのにな」
「でも、考えてばかりで動きの遅い霧矢と比べたら、あたしとしては好感が持てるけど」
「単純な人間同士、気が合うんだろうさ。ある意味うらやましい」
皮肉を言いながら、霧矢は弁当のふたを閉める。これ以上食べる気はしなかった。そのかわりとして、お茶をもう一杯湯飲みに注いでいく。
「西村に好感が持てるとは言うけど、この脅迫の紙の件を西村に言ったら、大事件になってたぞ。今日の朝も、あいつは三組に殴り込みに行きそうな剣幕だった」
「どういうこと?」
「先週のお前が、僕たちの邪魔をするように言われたことを話したのさ。案の定、あいつはキレた。僕はできるだけ中里との付き合いは目立たないようにするべきだと言ったけど、あいつはむしろ堂々とやるって言ったのさ」
それが晴代にとって不利益をもたらすということは西村も承知している。だが、西村はその埋め合わせは自分でするといった。晴代が苦しむことになるのならば、それをも救い上げると。しかし、時雨と違って晴代が被る不利益は西村龍太が補填できるものではない。
時雨は自分を支えてくれる人間を求めているが、晴代が求めているものはクラス内での今まで通りの平穏だからだ。それを彼は理解しているのだろうか。
「僕としてもこれはまずいと思ったんだが、西村の持論は、間違ってることに正しい人が譲歩する必要はない、だからな。説得しようにも……」
「……あたしが、この紙を西村君に見せたら……」
机上の紙にちらりと視線を走らせると、晴代は困り果てた声を上げる。
「完全に理性が吹っ飛ぶだろう。正義の味方が怒る。直接殴りこむか、余計中里との付き合いを堂々とするようになるか……いずれにしても、正しい行いだが、長めの視点で見たら問題行動になりかねないな」
直情的すぎる友人を持つと苦労することになるとつくづくと思う。晴代も西村の行動が過激だということを理解したらしく、完全に困り果てた顔になっていた。
「ねえ、霧矢。もしあたしが、霧矢や西村君を邪魔したらどう思う?」
しばらく沈黙が続いた末に、問いを投げかけた晴代の姿は真剣なものだった。霧矢は無言で晴代の顔を凝視し、彼女の瞳を覗き込んだ。
「僕は、別に何とも思わないさ。人間、誰だって自分が大事なのはわかりきってる。お前にとって、中里は別に大切な人間でも何でもない。そんな人間のために自己犠牲を強いるほど、僕は道徳を追求したりなんかしない」
所詮、人間とはそういうものだと霧矢は考えているし、他人がそうだからと言って非難することはとてもではないができる筋合いではない。
「でも、霧矢は何とも思わないにしても、かといって何もしないわけじゃないでしょ」
「僕は、事を荒立てないように物事を運びたいと思ってる。お前が邪魔をするなら、僕は邪魔されないように回り道をするだけだ。西村のように真っ向から邪魔を排除しようとは思わない。なるべく目立たないように立ち回って、気付いたら何かが変わってるという状態にするのが僕の理想とするやり方だ」
「……西村君は、どう思うかな。あたしが邪魔したら」
霧矢はその問いに黙り込んでしまう。晴代は無言で霧矢に対して答えを求めていた。
「西村は……」
彼は余程のことがない限り、女子に対して手を上げたりはしない。怒鳴りつけたりすることはあるかもしれないが、今の彼には晴代も被害者の一人という意識があると思われる。
「…お前を哀れに思うだろうな。実行者へ転向することを求められた傍観者を」
霧矢は椅子から立ち上がると、ストーブのスイッチを消した。時計はすでに昼休みの時間が終わりかけていることを示していた。
「…正しいことをするために、どんな犠牲でも払う覚悟があるのなら、西村に身を任せてしまえ。一番手っ取り早い。ただ、その覚悟がないなら……」
「…あたしにはそんな覚悟はない。弱いし、結局は自分が大事だもん」
「わかってる、そんなのは。何年の付き合いがあると思ってる。お前がどういう人間なのかは大体わかってる」
霧矢は外を眺めるとため息をつく。窓ガラスには晴代の憂いの表情が映っていた。
「晴代、できれば避けたいと思っていたが、クラス内で身の安全を図りたいなら、これが僕の勧める最後の手段だ。一つだけ方法がある」
「何なの?」
霧矢は振り返って、晴代の顔を直視する。
「生徒会を辞めて、僕らと絶交することだ」




