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Absolute Zero 4th  作者: DoubleS
第一章
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ライトな人体実験 3

 一月十七日 木曜日 雪


「それじゃあ、まあ、今日も店よろしくな」

「うん。いってらっしゃい」

 霜華に見送られ、霧矢は家を出る。相変わらず、外は完全に雪で覆われており、霧矢はうんざりした表情で、雪道を歩き出す。

 道路は消雪パイプで水浸しになっており、霧矢が一歩一歩を踏み出すたびに、水がパシャパシャと撥ねていく。ゴム長靴を通して冷たさが足に伝わってきた。

「おはよう、霧矢…ってちょっと!」

 後ろから急に霧矢は、殺気を感じ、ポケットからカードを抜き取り、一瞬で剣に変える。そのまま、後ろの人影に切っ先を突きつけた。

「……お前、僕に何かいたずらしようとしただろ」

「どうしてわかるの?」

 霧矢はため息をつく。朝っぱらから、背後からいたずらを仕掛けようとする幼馴染をにらみつけると、剣に念じる。剣はカードに戻った。

「お前の、殺気というか、よくない雰囲気を感じ取った。それに反応しただけだ」

「さすがは雨野先輩の弟子。あたしの気配くらいお見通しになっちゃったわけ?」

 晴代は霧矢の背中に突っ込もうとしていた雪玉を脇に放り捨てた。

「訓練以前に、お前の気配なんて丸わかりだ。そもそも、お前と何年の付き合いだと思ってる」

「まあ、そうよね。でも、それだったら剣を突きつける必要もないじゃない!」

 口を尖らせながら、晴代は霧矢に文句を言う。

「そうだな。模造剣じゃなくて力砲を使うべきだったな」

「もっと危険じゃない。あれってとんでもない威力でしょ!」

 霧矢は晴代の文句を聞き流すと、歩くスピードを速めた。朝から晴代の話に付き合うのは非常に疲れることで、霧矢の願い下げランキングの上位だったからだ。

 いつも通りの雪道を霧矢たちは早歩きで進んでいく。特に面白いものがあるわけでもなく、雪の降り積もった田園地帯が、銀色に輝いているだけの一本道。それでも、霧矢はこの景色が好きだった。

 自分の平穏を証明してくれるような日常風景。それがここにはあった。

「それにしても、霧矢が東京で会った人、京浜製薬のお嬢様、今どうなってるの?」

 霧矢は急に嫌な話題に触れられ、不機嫌になった。自分でも朝のすがすがしい気分が一気に不愉快なドロドロした気分に変わっていくのを感じる。

「……新聞を読め。僕の口からは話したくない」

 この正月、霧矢は塩沢の紹介と、父親の都合で、京浜製薬の社長令嬢、片平美香の護衛をしていた。護衛自体は無事何とかできたのだが、問題が一つ発生し、現在も続いていた。

「……新聞じゃ、麻薬取引に社員が関与していて、社長の監督責任がどうとかとしか書いてないけど、もっと詳しいことを霧矢は知ってるんでしょ」

 霧矢の護衛と同時並行で塩沢が麻薬取引の調査を行っていたのだが、それに霧矢が介入したせいで、麻薬取引が表沙汰になってしまった。

 その結果、京浜製薬は大パニックとなり、株価も下がってしまった。そして、現社長の責任が問われ、現在、片平社長の近辺は責任問題等でかなり慌ただしくなっていると新聞では報じられている。

「……まあ、半分は、僕がやらかしてしまったようなものだけど」

「下手したら、お嬢様が落ちぶれちゃうかもよ。そうしたら、霧矢、どう責任を取るわけ?」

 責任云々と言われるのは心外だった。少なくとも、これは美香の判断によるものだし、霧矢はそれに従っただけに過ぎない。他の選択肢は塩沢が密売人を皆殺しにするのを認めるか、あるいは密売人を見逃すかの二つしかなかった。当然、どちらも認めるわけにはいかず、結局、全員を生け捕りにして警察に引き渡してしまった。

 当然、その結果、京浜製薬の社員が麻薬取引に関与していたことが、表沙汰になってしまい、今の大騒動に至っている。ここ数日のニュースはそのトピックスが大半を占めているといっても過言ではない。

「でも、美香のことだ。僕に責任取れと迫ってくる可能性も、ゼロとは言いがたいかも」

「霧矢、お嬢様に手を出しちゃったの? 霜華ちゃんより先に?」

 霧矢は反射的に晴代の頭部を殴りつけていた。晴代は殴られた場所を涙目でさする。

「問答無用で殴るなんて、何考えてるの! 暴力反対!」

「だ・ま・れ! どうしてそういう発想になるんだ。しかも、お前が暴力反対だなんてどの口がほざく! このポンコツ女!」

 晴代も雨野ほどではないが、暴力的な一面が多い。霧矢は肩を怒らせてさらに早く歩き出す。

「あ、ちょっと、待ってよ、霧矢!」

 霧矢の足はたとえ雪道であってもとても速い。霧矢がスピードを上げると、晴代との距離はどんどん広がっていく。

 ものすごい勢いで歩いていく霧矢に追いつくため、晴代は雪道にもかかわらず走り出すが、足を取られて雪の上に大の字になって転んでしまう。

「何やってんだ、お前は」

 ドサッという音が後ろから聞こえ、霧矢は振り返る。五十メートルほど後ろで女子高生が朝っぱらから雪道でうつぶせに倒れている姿が目に入ってきた。正直、見たくもない。

「アホらしい。さっさと起きろ。置いて行くぞ」

 晴代は顔面だけ起こすと、霧矢をにらみつける。しかし、その視線は霧矢に届くことはなく、霧矢の歩き去る背中に当たっているだけだった。

「You are son of a bitch!」

 大声で霧矢に向かって晴代は叫ぶ。霧矢は振り返ると、ポケットから力砲を取り出す。

「そういう言葉は人に向けて使うものじゃないぞ!」

 霧矢は力砲を構えると、晴代の頭上の木の枝を撃ち抜く。その弾みで枝に積もっていた大量の雪が落下し、晴代は顔以外すべて埋まってしまう。

「霧矢、何すんのよ! 霧矢こそ、そういうマジックアイテムは人に向けて使うものじゃないでしょ!」

「人を狙ってはいない。木を狙っただけだ」

 霧矢は呆れ顔で晴代の方へ歩いてくる。晴代は自分を埋めている雪を契約異能で熱して溶かしていく。やっと身動きが取れるようになると、晴代は雪を払って立ち上がる。

「お前、あんなに英語の成績悪いのに、どうしてそういう罵り言葉だけは一人前に覚えているんだ? 勉強のベクトルを間違えてる」

「余計なお世話よ。あたしにはあたしなりの勉強法があるんです!」

 晴代は憤慨して霧矢にそっぽを向く。しかし、霧矢の視線は晴代ではなく、違う方向、彼女の後ろにあった。

「そういうことは、もっと良い成績を取ってから言うべきであろう」

 背後からの声に、晴代は振り返った。

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