迷惑と面倒事 2
「なあ、晴代。お前、クリスマスイブの時に、魔力干渉を受けたよな。どんな感じだった」
振り返って霧矢は問いを投げかける。晴代は面食らいながらも、鮮烈に覚えていると答えた。
「鈍いナイフで、体の内部から切り刻まれるような感じかな。痛みが断続的に続いて、それでいて、致命傷は負わないという、まさに弱らせるためだけというものだった」
「私は契約異能でダメージを軽減させていたけれど、体力が弱っていったのは事実よ」
「教団のメンバーをその状態で返り討ちにした会長がそれを言いますか?」
呆れ顔で霧矢はつぶやく。雨野は面倒くさそうに「こういう異能なんだから仕方がない」とでも言いたそうな表情を浮かべた。
「でも、何でそんなことを聞くんですか?」
「…中里が、魔族に関して知りたいって言ったんです。僕は最後まで黙り通しましたけど、日常がそれで壊れるなら是非とも知りたいと。何とも破綻した話ですけどね」
「それこそ破綻してる。あんたの台詞は答えになってないわよ。何でそんなことを聞いたのかきちんと答えなさい」
仮に魔族のことを知って、万が一、誰かと契約したとする。下手をしたら、この前のクリスマスイブのように、魔族がらみの事件に巻き込まれる可能性も否定できない。特に、今の霧矢は救世の理にマークされている。それは必然的に霧矢の親しい人にも及び、彼女も含まれることになるだろう。そうなれば、最悪の場合、彼女が教団に狙われることにもなりかねない。
「そんなことに誰かを巻き込むのは僕としては、避けたいからですよ。この前のクリスマスイブにしても、リリアンの一件にしても、魔族と関わってトラブルに巻き込まれることは少なくないですから。僕だけに関わらず、晴代にしても、西村にしても、護にしても」
「……万が一のことがあって、彼女が巻き込まれないという保証はない、ということですか?」
霧矢は口を開かず、目で答えた。少なくとも、相川探偵事務所や救世の理という裏社会との接点が魔族に多い以上、最初から何も知らない方が、安全に日常を送れるだろう。
「神田先輩や、雲沢先輩は、救世の理とかは知らないんですよね?」
「……知らない」
神田がぼそりと答える。彼ら二人は魔族については知っていても、裏社会についてはほとんど無知に近い。名前は知っていてもその実態について知っているわけではない。
「…知る必要はないから、知ろうとも思わない」
「…そうですか。じゃあここで、この救世の理がらみの話は終わりにします」
霧矢はゆっくりと生徒会室を歩きながら、時雨について考えていた。嫌われるにしても、嫌われるなりの何かがあるはずだろう。しかし、晴代もそれには心当たりがないという。
では、いったい何が原因なのだろう。そんな益体のない思考をただ霧矢は繰り返していた。
生徒会室の戸が開き、残念そうな顔をした男が戻ってきた。
「ちゃんと謝ったか?」
「それが、放送室にいなかった。もう帰っちまったみたいだ」
「…そうか」
西村とは目を合わせずに、霧矢は素っ気なく答えた。霧矢には、まだ彼と目を合わせる気にはなれなかった。外の雪景色を見ながら、霧矢は雲沢の死体を踏みつける。
「西村。一つだけ言っておくぞ。魔族のことを人に軽々しく話したりするなよ。特に、何も知らないし覚悟もないような人間にはなおのことだ」
「はあ?」
西村は信じられないとでも言いたそうな声を出した。霧矢は西村の方へ振り返る。
「魔族だなんて人前で触れ回ったら、それこそ、奇人変人扱いされるだろ。俺だって、魔族について一般人に正直に話したのは、親にセイスについて説明した時だけだぞ」
セイス・ヒューストン、西村の契約相手であり、土の魔族である。もともと、救世の理の関係者の契約魔族だったが、契約主の死亡によって契約が解消されたのを機に、西村と再契約し、現在は西村の家に居候している。
「それでも、西村君は、親にはきちんと話したんだ……」
「まあ…な。二人とも度肝を抜いて心臓マヒを起こしかけたけどな。でも、あいつはあいつで結構役に立ってるんだぞ。土の魔族だからな、地面を掘り起こしたり、植物の成長を早めたりして、うちは農家だから、かなり助かってる」
「でも、あいつのことだ。どうせ増産したところで、食い尽くされてるだろう」
霧矢の指摘に、西村は苦笑いを浮かべる。
セイス・ヒューストンは見た目こそ小柄な金髪の少女だが、実際は桁外れの大食いだった。その勢いたるや、大食いタレントと勝負ができるくらいではないかと思われる。
西村家の農作物が彼女によって増産されたところで、増えた分は普通に食べ尽くされる。結局のところ、良くてプラスマイナスゼロといったところだろう。
「…まあ、お前が誰かに魔族について話す気がないというのなら、それで十分だ」
「じゃあ、逆にお前は誰かに言うつもりだったのか? 大真面目な顔して、魔族がどうたらこうたら、なんて触れ回るなんて、自分は電波全開のオカルト狂ですと宣言するようなものだぞ」
「うるせえよ。そんなことは僕だって十分わかってる。ただ……」
言葉を詰まらせた霧矢に西村はキョトンとした表情を浮かべる。
「さっき、うっかり『魔族』という単語を口走ったせいで、中里が妙に食いついてきた。お前を気絶させる時にマジックカードをうっかり使っちまったのもあるが、相当僕を怪しんでいる。そして、晴代との会話も聞かれて『契約主』『魔法薬』という言葉も知っている。僕のことをただの電波野郎だと思ってくれればそれでいいんだが、どうもそうは思っていないらしい」
霧矢が、魔族だなんて言葉を一般人に口走ってしまったことを知ると、西村は呆れたような表情を浮かべ、霧矢に対して馬鹿にしたような口調になった。
「お前、口走るとか、どんだけ意識が弱いんだ? しかも、会話を聞かれるとか、脇が甘すぎるにもほどがあるだろ」
霧矢は苦々しい表情を浮かべると、合わせたくなかったが、西村の目を見て食ってかかる。
「ああ。僕は脇が甘かったさ! だがな、そっち系の人間に自分の貞操を狙われて、平常心を保てるやつなんていると思うか!? ああ、認めてやるさ! 僕はそんな状況になったらたとえ人前であっても、マジックカードを使うし、僕が契約主なら契約異能だって使う!」
「すんませんでした! 俺がお前だったら、間違いなくそうします!」
西村は霧矢に向かって頭を下げる。「さ・ら・に…」と霧矢は続ける。
「…僕がマジックカードに入っている模造剣を使おうとした理由は、お前が彼女に手を上げようと、いや、契約異能を直接使おうとしたから、止めに入るためだ。僕が止めに入っていなかったら、きっと今頃、彼女は病院送りだったぞ」
「…俺は…最悪だ」
自己嫌悪の表情を浮かべて、西村はうなだれる。霧矢は恨みを浮かべて雲沢の死体を踏み潰した。開発しただけで能動的に仕込もうとしなかった文香は、今日のところは百歩、いや千歩譲って寛大に許してやることにしよう。止めに入らなかったが、有島や神田もまだ許せる。しかし、悪戯として仕込んだ雲沢に対して、霧矢は憤りを禁じ得なかった。
「なあ、西村、晴代。もう、この人のこと、雲沢と呼び捨てにしようぜ。正直、愛想が尽きた」
霧矢が、雲沢を足蹴にしながら、二人に同意を求める。二人とも霧矢に対してうなずいた。雨野に対して意見をうかがうと、
「どうぞご自由に。むしろ、私としては何で早くそうしなかったのかと聞きたい」
とまで答えた。
「俺は副会長、雲沢誠也は死んだということにしておく」
「本当に死んでしまえばよかったのに」
「それは、風華との約束に反するから困る。殺すわけにはいかないんだよ。殺したくても」
洒落にならない冗談をつぶやきながら霧矢は雲沢の頭部を蹴りつける。
結局のところ、自分は先輩に恵まれているのかいないのか、霧矢にはわからなかった。




