6月
今回は彼氏、彼女以外に少しだけ彼氏の家族が出演しております。
ピンポーン……
いつもなら来客の対応をするのは母さんだけど、今ちょうど手を離せないらしい。仕方なく代わりに出るため腰をあげると、早くしろとでも言うかのように再びチャイムがなった。
はいはい、今出ますよー
棒読みで小さく呟いて、ドアを開けると目の前には、ずぶ濡れの僕の彼女がいた。
「やっほー」
何考えてんだ、馬鹿やろう!
笑顔で両手に抱えた紫陽花を差し出す彼女にワンテンポ遅れて僕の怒鳴り声が、おそらく……近所中に響いたことだろう。
「こら、何?近所迷惑よ」
驚いて、台所からパタパタとスリッパの音を立ててやってきた様子の母さんだったが、彼女の姿を見て、固まった。
「ちょっと……」
「こんにちは。紫陽花が綺麗だったので、持ってきました」
そんな僕らの様子を気にするふうもなく、彼女は笑顔で両手の紫陽花を母さんへ差し出す。呆気にとられた母さんは彼女の流れにのまれて紫陽花を受け取った。花びらから雫が落ちて母さんの腕を濡らす。
「き、綺麗ね。」
母さん、いいから。とりあえず入れ。風呂入ってけよ。
僕の低い不機嫌な声に我に返った母さんは慌てて彼女を風呂へと連れて行った。
「はっはっはっ……くくっ……さすがだね、あの子」
僕の怒鳴り声にも目を覚まさなかった姉ちゃんは、彼女が風呂に入っている最中に起きてきた。そして、紫陽花を活けるのに悪戦苦闘している母さんと、ソファーに不機嫌に座っている僕を見て、彼女が来ていることを悟ったらしい。
「おはよう。あの可愛い彼女が来ているのね。今日は何をしてくれたの?」
開口一番がこれだ。しかも楽しそうに。
順を追って話すと、涙を浮かべて笑い出した。そして今に至る。
「はは……いい子だね」
まだ笑いの止まらない姉ちゃんは、腹を抱えながら言った。
言っている意味がわからない。
何がどうしたらずぶ濡れになってまで両手に紫陽花を抱えて、彼氏の家にやってくる彼女がいい子になるんだ?しかも大笑いしながらいい子と言われても……
「よく考えてみな。紫陽花があまりに綺麗で、あの子はあんたに見せたくなったんでしょ」
どうやら僕の表情から声に出さなかったはずの僕の心を読んで答える姉ちゃん。でもさ、それと現実とはどう関係があるんだよ?
「あれもこれもと思ってたら両手で抱えなくちゃ持てない位の花束になった、と。愛だよ、愛」
僕が納得してない表情でいたことがわかったらしく、さらに追い討ちをかけるかのように姉ちゃんは言葉を紡いだ。そして、迂闊にも『愛』という言葉に真っ赤になった僕を確認すると笑顔で立ち上がり、僕の頭をくしゃくしゃと撫でて、台所へと入っていった。
姉ちゃんの姿が見えなくなるとタイミングよくリビングのドアが開いて、シャンプーの香りを纏った彼女が現れた。
「お風呂ありがとうございました」
今更だけど、梅雨という言葉がぴったりな今日、少し憂鬱になっていた僕は、彼女の笑顔のおかげで浮上できたことに気付いた。だけどそんな僕を気付かれたくなくて窓側を向いたら、彼女の紫陽花の蒼が目に入ってきた。
「少年よ、頑張れ」
かすかに台所から姉ちゃんの楽しそうな声が聞こえたのは気のせいだろうか?
ずいぶん間があいてしまいました。
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