4月
桜が咲き乱れ、暖かな日差しに心まで温かくなる。でも本当はそれが原因じゃないことを知っていた。
「来ちゃいました」
そう言ってうちの玄関先で笑う彼女にわざとらしくため息をつき、招き入れる。そして、ドアを閉めてから彼女を抱きしめる。これがいつものパターン。初めの頃は抱きしめる度に慌てていた彼女も最近はおとなしく抱きしめられている。きっと抱きしめることで俺が充電していることを知っている。
桜の下でも歩いたか?
「え?あら……。そうだったのね」
彼女の緩いパーマのかかった髪に紛れていた桜の花びらをとって見せると一人納得している。
俺にはわからねぇぞ。
「途中で小学生低学年くらいの男の子達に笑われたんです。きっとこれだったんですね」
にこやかに怒ることもなく笑う彼女。彼女が怒った顔を見たのはいつだったかな。部屋へ入っていく彼女の後姿を見ながら思った。
「もう!何ですか!この散らかりようは!」
いけね。彼女が来るのを忘れて仕事をしていたんだ。
あわてて彼女を追いかけて部屋へ入ると、早速見ることになった彼女の怒った顔。よく考えてみればうちに来る度、彼女は家の中の散らかりように怒っているかもしれない。
怒った顔もかわいいと思うのはおかしいだろうか。
見とれていたら彼女は早速掃除を始めた。
いいよ。
「嫌です。私今日、ここに泊まるんですからね」
こう言われては言い返す言葉が見当たらない。おとなしく部屋の掃除を任せた方がいいことは経験済みなので、灰皿とタバコを持ってベランダへ出る。温かい日差しに少し冷たい風。何をするでもなく、掃除機のうなり声をバックミュージックに煙の行方を眺めていた。
しばらくすると、気が済むまで掃除をした彼女がベランダの窓を開け、後ろから抱きついてきた。
終わった?
そのまま体を反転させ、彼女と向き合うと顎を掴んでキスをする。何度しても真っ赤になる彼女を笑うと、そっぽを向いて一生懸命手のひらと手の甲を交互に頬に当て冷まそうとしている。その姿が可愛らしくて、少し乱暴に頭を撫でる。
「ああ!」
怖くないんだって。
心の中で呟きながら、必死に髪を整えながら睨みつけてくる彼女に笑顔を返す。そして、彼女の手を引っ張り部屋へ戻る。
コーヒー?紅茶?
「紅茶がいいです」
ソファにちょこんと座って、落ち着きのない彼女を尻目に二人分の紅茶を入れる。
ほら。
「ありがとうございます」
両手でカップを掴むように持つ彼女の隣に腰を下ろす。
「仕事忙しいんですか?」
カップの液面を見つめながら、呟くように言う彼女。寂しかったのか?
まあな。
「ごめんなさい。急に来て」
彼女を抱きしめる。そんなことないんだって。彼女の来るタイミングが結構よいのは言わない。
寂しかった?
「そ、そんな……」
急に真っ赤になる彼女。意地っ張りの彼女は弱音を吐かない。それで喧嘩をしたこともあったが、今はもう諦めたというか、それを受け入れた。彼女は自覚症状が出るまで溜め込む。限界のラインを超えて初めて本人が気付く……、つまり限界のラインを超えるまで本人は全く気付かないのだから仕方ない。
何も言わず彼女を抱きしめ、背中を擦っていると、しばらくして微かに肩を奮わせ始めた。泣き止むまでずっと抱きしめる。何があったかは知らない。言いたくなければ言わなければいい。言いたい時は聞いてやる。今日は何か言い出すだろうか?
「ありがとうございます」
泣き止んでしばらくすると、肩を押され、二人の体が離れた。彼女のぬくもりが徐々に消えてゆく。目の前の彼女は泣き顔を見られまいと、まだ下を向いているから、ただ頭を撫でてやる。こうすることでしか立ち直れない不器用な彼女。
さらに少し経つと落ち着いたのか俺の左側で、俯き加減で少し冷めた紅茶を飲む彼女。俺も紅茶同様少し冷めたコーヒーをすする。二人くっついた部分が温かい。
カップを置いた彼女が体を伸ばして俺の方を向く。顔を寄せてきたかと思ったら、耳元で囁かれた。
「大好き」
……っ。
言うだけ言って耳元から離れた彼女をいきなり抱き締めた。火照る顔を見られたくなくて抱き締めた腕の力を強くする。それは反則だろう。
苦しいという彼女の慌てる言葉に耳を貸さず、彼女のぬくもりをただ感じる。きっと彼女の頬も赤く染まっているだろう。
ふとベランダに目を向ければ、どこから来たのか桜が舞って俺達を包み込んでいるようだ。
二人で桜でも見に行こうか?
しばらくぶりの更新となりました。
いかがだったでしょうか?
感想等ございましたら是非お聞かせ下さい。
次の更新もまた間が開いてしまうと思います。