おまけ⑤ 準備する人が多すぎる
ヴィオレッタの懐妊が公表されると、王都では少しばかり騒ぎになった。
――元女王が退位後に子供を授かったこと。
――父親が、二十年以上そばに仕えた元内廷長であること。
――生まれる子供には、最初から王位継承権がないこと。
この三点は、王室から同時に発表された。
司法卿と王室卿が確認した書面も公示され、セルリアの王位や、その後の継承順位には何の影響もないと明記された。
そのため、貴族たちが新しい王位候補を担ぎ出す余地はなかった。
代わりに増えたのは、祝いの手紙と贈り物である。
「まだ生まれてもいないのに、ずいぶん届きますね」
ヴィオレッタは、応接室に積まれた箱を見た。
「王宮で一度確認し、食べ物や肌へ触れるものは、こちらでも調べております」
ネヴィルは届いた品の一覧を閉じた。
「すべて受け取るの?」
「高価すぎるものと、政治的な意図のあるものはお返しいたします。残りも、必要な分だけお手元へ」
「そうしてください。子供部屋を贈り物で埋めるつもりはありませんよ」
「承知しております」
このときネヴィルは、まだ家族から届く品を一覧へ加えていなかった。
*
懐妊五か月を迎える頃には、ヴィオレッタの腹部も衣服の上から分かるようになった。
王室医は二週に一度、王都から診察へ来ている。町の医師とも記録を共有し、出産を任せる産婆は海辺の家から馬車で十分ほどのところへ移り住んだ。
体調のよい日には庭を歩く。
疲れたら座れるよう、庭の道には長椅子が四つ増えた。
「こんなに必要ですか?」
ヴィオレッタが尋ねると、ネヴィルは庭の見取り図を広げた。
「温室までに一つ。池の横に一つ。海の見える丘に一つ。戻る途中に一つです」
「以前は二つでしたね」
「カドミア殿下が、帰りにも休める場所が必要だと」
「母上が歩きすぎるからよ」
ちょうど訪ねてきていたカドミアが答えた。
「短い散歩なら、身体によいと医師も言っています」
「短い距離で休めるようにしただけです」
「長椅子を増やすと、かえって遠くまで行くのでは?」
エボニーが尋ねると、カドミアは見取り図を見直した。
「丘の上は外したほうがよいでしょうか」
「外しません」
ヴィオレッタが先に決めた。
「海を見るために置いたのですから、使います」
「では、付き添いを二人にします」
「一人で十分です」
長椅子は残り、付き添いも一人で決まった。
*
この頃には、寝室も一階へ移されていた。
二階の部屋を気に入っていたヴィオレッタは最初こそ渋ったが、階段の途中で休むようになり、王室医からも勧められた。
ネヴィルは一階の客室を寝室へ改め、その隣を自分の部屋にした。
さらに隣が、子供部屋である。
以前コーラルが選んだ客室だった。
「壁は明るい色がよいわ」
コーラルは、壁紙の見本を十二枚持ってきた。
「多すぎます」
「最初は三十枚あったのよ」
「ずいぶん減りましたね」
セルリアが感心した。
十三枚から長椅子の布を選んだ女王に褒められ、コーラルは見本を卓へ並べた。
「花模様は?」
エクリオが一枚を指した。
「子供部屋なら、これくらい明るくてもよいだろう」
「寝つかなくなるのでは?」
ビステルは薄い灰色を選んだ。
「赤ん坊の部屋が灰色では、寂しいではないか」
ヴェルディは空色と黄色の縞を推した。
「男の子でも女の子でも使える」
「その二色を合わせる必要がありますか」
カドミアは生成りを手に取った。
「飽きが来ず、家具にも合わせやすいでしょう」
「母上は、どれがよいの?」
コーラルが尋ねた。
ヴィオレッタは十二枚を一通り見て、淡い乳白色の一枚を選んだ。
「これにします」
「模様がないぞ」
ヴェルディが言った。
「絵や布は、あとから加えられます」
「では、壁に飾るものは私が」
「頼まれるまで待つのではなかったのですか」
ビステルに言われ、ヴェルディは見本から手を離した。
壁紙はヴィオレッタが選んだ。
子供用の寝台は、ネヴィルと町の家具職人が決めた。
衣服はコーラル。
寝具はヴェルディ。
医師と産婆の手配はカドミアとエボニー。
王宮と海辺を結ぶ連絡と警護は、セルリアの許可を受け、王室卿が整える。
――全員へ役目を一つずつ渡せば、勝手に準備を進める者も減るだろう。
ネヴィルは、そのように考えた。
間違いではなかった。
ただし、一つの役目から、用意する品が一つだけ生まれるとは限らない。
*
「なぜ、毛布が十二枚あるのです?」
届けられた箱を開け、ヴィオレッタが尋ねた。
「夏用が三枚、冬用が三枚、薄手のものが三枚、外出用が三枚です」
ヴェルディは一枚ずつ広げた。
「寝具を一つ、お願いしましたね」
「毛布という種類は一つだ」
「十二枚あります」
「赤ん坊は汚すと聞いた。洗い替えが必要だろう」
「十二枚も?」
「三人の娘を育てたときは、もっと使ったぞ」
経験に基づいているため、まったく役に立たないとも言い切れない。
毛布は半分を海辺の家に置き、残りを王宮の保管庫へ送ることになった。
*
コーラルが任された衣服は、さらに多かった。
「これは、生まれたばかりの頃のものです」
最初の箱を開ける。
「こちらは、少し大きくなってから。次が冬用。その次は春用です」
「一年分を用意したの?」
「赤ん坊はすぐ大きくなるでしょう」
「性別も分かっていませんよ」
「どちらでも着られるものにしました。飾り紐を替えればよいの」
衣服には、淡い黄色、緑、白、空色が使われていた。どれも柔らかく、縫い目も丁寧である。
「コーラルが全部選んだのですか?」
「仕立屋と乳母経験のある女官にも聞いたわ」
こちらも、数が多い以外はよく考えられていた。
「少なくとも二年は、服に困りませんね」
グラファイトが言った。
「一年分です」
「この量なら二年もちます」
「赤ん坊は着替えるのよ」
「一日に何度着替えても余ります」
二人は衣服を大きさごとに分け始めた。
*
セルリアとシモンは、子供部屋へ置く椅子を頼まれていた。
授乳や寝かしつけのとき、大人が座れる椅子である。
二人が選んだのは、背もたれが高く、肘掛けのついた丈夫な椅子だった。
「一脚ですね」
ヴィオレッタは念のため確かめた。
「はい」
「よかった」
「ただ、小卓も必要だと思います」
セルリアが続けた。
「茶や灯りを置けます」
「足台もあったほうが楽でしょう」
シモンが、椅子と同じ木で作った足台を出した。
「それから、替えのクッションです」
セルリアは青と若草色のものを一つずつ並べた。
一脚の椅子を頼んだところ、椅子、小卓、足台、クッション二つが届いた。
家具職人へ相談した結果である。
「使うものばかりです」
セルリアが言った。
「ええ。よく選んでくれました」
ヴィオレッタは、ここでは素直に礼を言った。
*
エクリオからは、林檎が定期的に届いた。
こちらはヴィオレッタが食べられるため、たいへん役に立っている。
ただし、ある日、林檎の籠と一緒に細長い包みが届いた。
開けると、花模様の布で作った小さな飾りが入っていた。天井から下げれば、鳥と花がゆっくり回る。
「兄の領地に、こういうものを作る職人がいたので」
エクリオは飾りを窓辺へ持っていった。風を受け、布の鳥が回り始める。
「赤ん坊が見るそうです」
「花模様を入れましたね」
「鳥もいます」
「諦めませんね」
「明るいほうがよいかと思って」
ヴィオレッタは、子供用の寝台の上へ飾らせた。
*
ビステルは、法的な手続きと財産管理を任された。
――出生届の文案。
――ネヴィルを父とすることの確認。
――王位継承権を持たないことの再確認。
――子供名義で管理する財産と、相続に関する書類。
一つずつ作り、司法卿と王室卿にも確認を求めた。
「まだ名前が決まっていないので、空欄があります」
ビステルは書類の束をネヴィルへ渡した。
「出生後に記入してください」
「ありがとうございます」
「それから、こちらは教育についての案だ」
「教育?」
「家庭教師を置く年齢、学ばせる科目、王族として必要になる知識をまとめた」
「まだ生まれておりません」
「分かっている。これは案だ。決定ではない」
本人へ確認してから進めることを覚えたビステルは、書類の表紙へ大きく「案」と書いていた。
たいへんな進歩ではあるが、用意する時期が早い。
*
こうして、子供部屋には寝台、椅子、小卓、足台、衣装箱が置かれた。
棚には毛布が入り、天井では花と鳥が回っている。
隣室には乳母用の寝台が用意され、廊下の端には湯を運ぶための台が据えられた。
準備は十分だった。
むしろ、少々多かった。
「この桶は何です?」
さらに三つ届いた大きな包みを前に、ヴィオレッタが尋ねた。
「赤ん坊を洗うためのものです」
エボニーが答えた。
「三つも?」
一つはエボニーが、医師から必要だと聞いて用意した。
一つはグラファイトが、海辺の家と王宮を行き来するときに使えるよう注文した。
最後の一つはシモンが、町の木工職人に作ってもらった。
三人とも妻には相談し、夫同士では相談しなかった。
「一つはこちらで使いましょう」
エボニーが言った。
「一つは王宮へ置けばよいですね」
グラファイトが続けた。
「残りは?」
シモンが三つ目を見た。
「温室で花の鉢を洗うのに使えます」
セルリアが答えた。
無駄にはならなかった。
*
夕方、家族が帰ると、子供部屋はようやく静かになった。
ヴィオレッタとネヴィルは並んで入口に立ち、中を見回した。
「私たちが選んだものは、どれでしょう」
ヴィオレッタが尋ねた。
「寝台と壁紙です」
「二つだけ?」
「部屋も選びました」
「コーラルから取り上げた部屋でしょう」
「日当たりは一番です」
ヴィオレッタは寝台の上で回る鳥を見た。
「皆、楽しみにしているのですね」
「はい」
「少し、楽しみにしすぎでは?」
「否定はできません」
ネヴィルは、ビステルから受け取った書類を棚へ置いた。
「まだ決めていないものがございます」
「何です?」
「名前です」
ヴィオレッタは寝台の横に置かれた椅子へ座った。
「それだけは、二人で決めましょう」
「誰にも相談せずに?」
「ええ。決まっても、生まれるまで教えません」
「承知いたしました」
両親が自分たちだけで決められるものは、もう名前くらいしか残っていなかった。




