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26.1.8 「夜の記憶」

官庁の廊下には、煌々と灯りがついていた。

窓の外はどっぷり暗く、向かいの官庁の明かりだけが孤島のように灯っている。


年始明け、22時半。

慶太はコツコツと革靴を鳴らして廊下を歩いていた。

目の下にはすっかり我が居場所とばかりに居座るクマがある。


3月にサークルを解消してから10ヶ月。

日夜仕事に明け暮れる俺にとって、この10ヶ月は、過去の己の創作活動がいかに生き甲斐になっていたのかを突きつけられる日々だった。


同じ同人サークルで活動していたユーキからは、相変わらず連絡がくる。

もっぱら、文頭からは俺に対する心配、末尾には卒研の進捗報告だ。


『カカオくん倒れちゃうんじゃないか、心配』

『卒研は進んでるよ。ゼミの先輩から思わぬ手助けを貰ったの。今週は進捗ばっちり』

『返信より睡眠優先だよ!また来週送るね』


ユーキからのメールを見てクスリと笑う。

これが週に一度の楽しみだ。

……これもいつか、来なくなってしまうんだろうか。ユーキとの縁は、多忙の中で切れてしまうんだろうか。


親の願望で大学に行き、親の願望で官僚になり……

俺はいつまで、親という呪縛に―――



「……! 真!」

「っは……」

「大丈夫?」


ユーキ?いや、違う。紬の声。

天井に間接照明の柔らかい明かりが反射している。


「ごめん、部屋入っちゃって。廊下通ったら魘されてるの聞こえて……」

「いや……ありがとう。……前の、官僚時代の夢を見てたんだ」


思い返す。あれは夢だ。"前世"の、慶太として生きていた頃の夢。

「夢で見て思い出した。ユーキの週一のメール、かなり心の支えになってたんだよ」

「そう?それならよかった」

紬がベッドの隅に浅く腰掛けて、くす、と笑う。あの頃の、ユーキの笑顔で。


「慶太くんから明け方に返信来てさ、


『進捗良さそうでなによりです。俺は例の如く多忙です。健康に気をつけて。来週のメール待ってます』


って、返信が来たことには安心したけど、本当にこの人いつ寝てるんだろー?って心配したんだよね」

「あの頃はちまちま仮眠取ることで睡眠時間を確保してたからな。変な時間に起きて、変な時間に寝てたんだよ」

「だからあの時間かぁ」


紬の柔らかい笑顔に、自然と自分の肩から力が抜けていくのがわかった。

リラックスしたからなのか、ふ、と瞼が重くなる。

紬はそんな俺の眠気に気づいたようで、そっとベッドから立ち上がった。


「じゃあ、私もそろそろ寝るよ。おやすみ、真」

「うん、ありがとう。おやすみ、紬」


前世ユーキだった彼女は、今世、俺の双子の姉である紬として、俺の傍にいる。

前も、今も、傍にいると肩の力を抜くことができる存在だ。

瞼の重みに身を任せて、俺はゆっくりと目を閉じた。

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