26.1.16 「仮に今日、世界が終わるとしたら」後編
『じゃあさ、家族全員に聞いたら、さっちゃんの答えも聞かせてね』
ねぇねからの言葉に頷いて、私はねぇねの部屋を出た。
部屋の廊下の電気は、物心ついた時から変えていないLED電球。ココ最近ついにヘタッてきたのか、少し薄暗い。
今度はパパに聞いてみることにして、足早に廊下を歩いた。
***
「仮に今日、世界が滅亡するとしたら、か」
「うん」
幸のいつものやつだ。
俺はそう思って、それから、その仮定について考えてみた。
「……仕事だろうな」
警察という治安に携わる仕事をしている以上、まぁ呼び出されるだろうな、と思った。
「あ、そっかぁ」
しょぼ、と落ち込んだ幸の頭を撫でる。
たぶん、幸が欲しい答えはそういうものではないんだろうな。
「きっと俺は仕事になると思う。けど、さよならする前に、幸にも、紬にも、真にも、もちろん詩音にも……一人一人に何か渡したいとは思うよ」
「なにか?」
「それは、その時にならないとわからないけど、な」
せめて、心の支えになるものを。
こいつらだけじゃなくて、そばにいられない俺にとっても、安心できるものを。
***
靴を履いて、玄関の扉を押し開ける。
ドアの隙間から夕暮れが差し込んで、眩しいその先、住宅街の向こうに、いつもと変わらない海が見える。
海って、少し寂しい。
世界が終わればきっと、私も、大好きな人たちも、みんながあの海に還るんだろう。
また巡り会える日は、来るのかな?
***
「仮に今日、世界が滅亡するとしたら?」
幸と一緒に行ったスーパーからの帰り道、突然幸に言われた言葉に、私はうぅん、と悩んだ。
哲人さんはたぶん、招集されるから仕事に行く、と言うだろう。子どもたちが小さい頃だったら、招集に背いて近くにいるかもしれないけれど。
真は、いつも通り過ごすのかな。マイペースな子だから、手癖で勉強を始める可能性すらある。いや、華乃ちゃんの所に行くかもしれない。
紬は……友達とパーティーをするかもしれない。それに、ママのご飯食べたい!と言い出す可能性は大いにある。
……ううん。もし、私個人とするのなら。
「家族写真を撮って、それから、身の回りの片付けをするかな。最後は家で、家族写真を眺めながら終わりたい」
「それは、どうして?」
「気になる憂いをなくして、最後は何も気にせず、1番大好きな人達のことを考えていたいから……答えになってるかしら」
「ふふ。うん」
「ここまで皆に同じ質問をしてきたの?」
「そうだよ」
満足気に横を歩く幸に、私は問いかけた。
「じゃあ幸は、今日世界が滅亡するなら、なにをするの?」
「私は……」
幸が足を止めた。
私も立ち止まって、幸の顔を見る。
閑静な住宅街の中に、海風が吹き抜けていく。
「いつも通り起きて、朝ごはん食べて、いつも通り過ごして……最後はお手紙、書くかなぁ」
「お手紙?誰に?」
「生き残るかもしれない誰かとか、いつか見つけるかもしれない別の生命体とかに。
私はこんな人間で、私たちはこういう生き物で、何をしてきて、何をしたかったけどできなくて……どんな心境で最後を迎えるのか」
私は息を飲んだ。本人はちゃんとお手紙のつもりなんだろうけど、それはお手紙というより……
「遺書?」
「うーん、そうかも?」
幸が首を傾げる。
言葉に慎重な幸のことだから、遺書という言葉がしっくりと来ないんだろう。
「私ね、パパやママ、ねぇね、にぃに……皆のことを残したい。
名前が残らなくても、こういう、自分の大切なことを最後の日まで大事にし続けた人達がいて、私はこの人達が大好きだったんだよってことを残したい」
「幸らしいね」
「でしょ」
***
行ってきます、と言って、玄関を開ける。
今日も変わらぬ朝。
あの日の夜、家に帰ってから同じ話をパパたちにもした。
パパは、幸らしいな、と笑った。
にぃには、どこなら残りやすいか、桐箱に入れるといいんじゃないか、と提案してくれた。是非とも参考にしたい。
ねぇねにはなぜか泣かれた。あと、ママのご飯の美味しさについても書いといてと言われた。まかせてほしい。
「いい天気」
いつか来るかもしれないその日は、まだ遠い。
今日も、いつも通りの一日がはじまる。
私は足取り軽く、通学路を歩き出した。




