正夢ランプで見た夢は、婚約破棄で投獄でギロチンです
「ああ、僕は君を婚約破棄せねばならない」
わたくしの婚約者イアン王太子殿下より発せられた言葉です。
でも特に動揺することはありません。
むしろこれだったかと、安堵する気持ちが大きいですね。
何故かって?
今は王立貴族学校の、学芸会の即興劇の最中ですから。
これだったかとは、どういう意味かですか?
それは……。
◇
遡ること二〇日前のことです。
『正夢ランプ?』
『はい』
骨董に目がないわたくしプリシラは、ジーアストン侯爵家邸を訪れた骨董商の持ってきた品に目を奪われていました。
とっても素敵な西方様式のアンティークランプだったからです。
緻密に細工された幾何学文様がわたくし好みの逸品です、が……。
『このランプの光を浴びてから寝ると、三つの正夢を見るのだそうで』
『本当なのです?』
『そういう言い伝えなのですが、誰も試していないのでわからないのです』
『……試していない理由はわかりますわ』
『プリシラ様のお察しの通り、このランプは魔道具でして』
正体のわからない魔道具は怖いのです。
とんでもない効果のものもありますからね。
仮に正夢を見せるというのが本当だったとしても、実は呪いのランプだったということもあり得ます。
悪夢を見せられた上でそれが現実化する、なんてものだったら目も当てられないですものね。
世の中の捻くれた魔道具師は、何故か物騒なものを作りたがりますから。
でも……。
『盗品ではないのですが、出どころを言うのが憚られる品なのです。正直プリシラ様のところに持ってくるのもどうかと思ったのですが……』
言えない品ですか。
骨董好きとしてこれ以上聞くのは野暮というものですね。
曰くつきの品は大好物です。
『いかがでしょう。勉強させていただきますので、引き取ってもらえないでしょうか?』
『デザインが洒落てますものね。買わせていただきますわ』
『ありがとうございます!』
貴族は魔法や呪術について無縁ではいられません。
貴族学校でも関連する講義をもちろん受けます。
特にわたくしは危険な品を掴まされないよう、かなり突っ込んで学んでいます。
このランプは魔道具ではありますが、邪悪なものではないです。
そこまではわかります。
『お取り扱いには十分御注意を』
『わかっておりますわ』
計り知れない力を感じるのも事実なのです。
もしかしたら本当に正夢を見せてくれるランプなのかもと、手に入れた時は心が躍りました。
……しかしやらかしてしまいました。
どうしても使ってみるという誘惑に耐えられなかったのです。
ランプの光を浴びてから見た夢は次の三つでした。
イアン王太子殿下から婚約破棄を突きつけられる。
投獄される。
ギロチンで首を落とされる。
かなりひどいです。
すぐに忘れてしまうのかと思えば全然そんなことはなく、記憶に刻まれたように鮮明に思い出せます。
正夢か逆夢かわからないけれど、特殊な夢であることは間違いないですね。
ただやはり邪悪な波動は感じられないので、わざわざ悪夢を見せられたということは考えられないです。
正夢を見るというのが本当なら、一種の予知夢だったのかもしれません。
避けられる悪い未来をあらかじめ知ることができたものと、いい解釈をしておくべきでしょうが……。
◇
――――――――――学芸会、即興劇後のひと時。
「もう少し動揺するかと思ったんだ」
「もう、イアン様は意地悪なんですから」
「アハハ、ごめんよプリシラ」
イアン様の屈託のない笑顔が眩しいです。
イアン様は腹芸がお得意ではないので、この表情からするとわたくしに含むところなんてありません。
油断は禁物ですけれども。
「どうしたんだい、プリシラ。まだ怒ってるのかい?」
「怒っていますよ」
「どうすれば許してくれる?」
「フルーツ店『サウザンド』にサクランボの新品種が入ったんですって。次のお茶会で食べたいですわ」
「サクランボの新品種か。僕も食べたいな」
イアン様はサクランボが大好きですからね。
「わかった、必ず用意するよ」
「お願いいたしますわ」
これでいいでしょう。
イアン様との良好な関係は続けていけます。
……わたくしが怪しげなランプを使ってしまった理由の一つに、王太子たるイアン様との未来がどのようなものになるのか、ヒントでも欲しかったということがあります
イアン様はとてもいい方です。
今のところ仲良くやれているという自信はあります。
でもそれは将来を保証するものではありませんから。
しかし結果はどうであれ、問題の三つの夢の一つは正夢となりました。
もしあの夢が本当になるのだったら、婚約破棄から牢に閉じ込められてさらに処刑という一連の流れかと思っていたのです。
ところが婚約破棄は劇の中の出来事でした。
どういうことか、今後の展開はどうなるのか、考えなければならないですね。
最早わたくしは、あの三つの夢は十中八九正夢なのだろうと考えています。
何故なら婚約破棄のセリフ、イアン様の表情、全てが夢で見たそのままだったからです。
すぐこれだったのか、と気付けた理由でもあります。
一つ目の夢が現実化したことで、わたくしは一層警戒しなければなりません。
運命に流されるままだと、二つ目三つ目の夢も現実化しそうですから。
冗談じゃないです。
どこかで運命を捻じ曲げなければならないのです。
婚約破棄とは関係なしに、わたくしが投獄・処刑されるのはどういうパターンでしょうか?
わたくしはもちろん犯罪に手を染めてなどいませんし、じゃあ連座で?
いえ、夢の中で汚れに塗れたわたくしは何と言っていたか……。
『……後悔しているわ。だから早くカギを開けて』
この発言からすると、わたくし自身何か投獄されても仕方のないことをしてしまった、と考えるべきです。
『後悔している』『カギを開けて』……。
わたくし自身は犯罪と考えていないから、『カギを開けて』などと言っているのではないでしょうか?
一方で『後悔している』……何らかの失言があって、それを不敬罪か侮辱罪かに受け取られたのでは?
いえ、失言とは限らないですね。
どちらにせよ、ちょっとした粗相が問題視されるのでしょう。
ならば発言に注意し、それでも不手際があった時には誠心誠意謝ることで回避できる可能性が高いと思います。
イアン様がのん気に仰います。
「ああ、サクランボは楽しみだよ」
「……こんなこと言っては何ですが、イアン様は可愛いですね」
◇
「湿っぽいところなのですね」
「ああ、僕もほとんど来たことがないんだけど」
今日は王宮見学日です。
貴族学校の授業の一つで、年に一日だけ設けられています。
将来王宮での夜会に参加する機会もあるでしょうし、また近衛兵や宮廷魔道士にでもなれば王宮が勤務場所になりますから。
ある程度王宮のことを知っておきなさい、ということですね。
そして王宮見学日は、普段立ち入れないようなところも見せてくれます。
地下牢もその一つです。
……王宮地下牢は貴族が投獄される場所です。
ではわたくしが見た夢で閉じ込められた場所も、王宮地下牢だったのでしょうか?
答え合わせというか、少し興味があったのは本当です。
イアン様もほとんど来たことのないくらいの場所ですか。
用もないのでしょうけれども、それ以上に不健康な感じがしますね。
好きになれそうにない場所です。
いえ、牢が好きな人なんていないでしょうけれども。
「この列の牢は現在使われておりませんので、見学を許可します。その他の列の牢に近寄ってはなりません」
「なるほど、受刑者と話したりはできないのか」
「当然ですね」
貴族学校の生徒の中に受刑者の関係者がいることだってあり得ます。
未だ見つかっていない重要な証拠物件の焼却や、隠し財産の移動を指示されることだってないとは言えないのですから。
あるいは脱獄に必要なアイテムを密かに手渡すとか。
「ん? プリシラどうした?」
「いえ、ちょっと……」
わたくしの関心は一番手前側に位置する牢に引き寄せられていました。
間違いない、ここです。
夢の中でわたくしが入れられた牢は。
思わず気が急いて小走りになりました。
「あっ?」
足元を確認していませんでした。
下が濡れていたことに気付かなかったのです。
足が滑って転び、牢の中に入ってしまいました。
立ち上がろうと鉄格子を掴んだつもりがそれは扉で、バタンと閉まってしまいました。
何というドジ!
「……開きませんね」
「何を遊んでいるんだ」
「遊んでいたわけではないのですが」
あっ、夢で見た投獄される状況はこれですか。
正確には自分で転がり込んでしまったのだけれど。
思わず嘆息したのは、安堵の意味だったかもしれないです。
「何を笑っているんだ、プリシラ」
「おかしくて」
「ひどい有様だぞ。濡れて、汚れて」
「そうですね。この牢、一度扉が閉まると開かなくなってしまう構造のようです」
案内役の看守長が説明してくれる。
「いみじくもプリシラ嬢が仰った通りです。脱獄防止のために、これ見よがしな大きな錠前の他、扉自体も簡易ロック機能がついております」
ふうん、面白い仕組みですね。
バカみたいな目に遭ったことは面白くないですけれども。
「プリシラ嬢、実際に閉じ込められた感想はいかがですか?」
「滑りやすい靴を履いてきたことは後悔しているわ。だから早くカギを開けて」
◇
カゼを引いてしまいました。
何と牢の扉の錆びが食い込んで開かず、解放されるのに時間がかかったのです。
すっかり身体が冷えてしまいました。
いえ、二つ目の夢の投獄があの程度ですんだと考えれば笑い話なのですけれど。
「ふう……」
二つ目の夢も現実化したということには注意を払わなければなりません。
何故なら三つ目の夢、ギロチンで首を落とされるのも正夢になると考えざるを得ませんから。
婚約破棄と投獄は冗談みたいな状況でしたが、ギロチンはそうはいかないです。
何かの間違いであったとしても、胴と首が離れて無事でいられるわけはないではないですか。
重い頭を働かせます。
寝て身体を休めた方がいいとわかってはいますが、ゆっくり考えることのできる時間を滅多に取れないのもまた事実なのです。
婚約破棄と投獄とギロチン。
夢で見た時は繋がりを持った事象だと思いました。
でも婚約破棄と投獄は全く関係がなかったです。
強いて言えばともに貴族学校の関係行事だったこと。
ではギロチンも貴族学校に関係する?
いや、さすがにそれはあり得ないです。
学校は処刑場じゃないですから。
そうだ、夢で見た場所はどこでしたっけ?
確か……あれは王宮前広場でした。
王宮前広場で処刑されるなら見せしめか晒し者か。
秘密裏に処断されるわけではないですね。
どういう状況でしょう?
……三年前に王制廃止を訴えてテロ事件を起こし、王宮前広場にてギロチンで処刑された騎士がいました。
名は何と言ったか、ちょっと思い出せません。
あの時の状況に似ている気がします。
わたくしがテロなりクーデターなりを起こして逮捕される?
あり得ないです。
ではそう誤認されるのでしょうか?
いや、クーデターなり革命なりが成功して、王太子の婚約者であるわたくしが捕らえられてしまう。
これが最もありそうですね。
今の我が国で革命が起きるなんて考えられないし、クーデターの成功も首を捻らざるを得ませんが……。
しかしいつの世も狂人はいるものです。
わたくしの三つ目の夢が本当になるならば、クーデターは起きると見ていい。
そして成功する必要はないのです。
決起してわたくしが捕らえられればギロチンの舞台は成立するのですから。
「困ったことになったものだわ」
これ以上は今考えても仕方がありません。
大人しく身体を休めることにしましょう。
――――――――――
「これより王太子イアンの婚約者プリシラ・ジーアストンの処刑を執り行う!」
歌うような得意さでそう宣言した若い騎士を、両手と頭を固定されたまま睨みます。
くっ、クーデターが起こるだろうことは予想できていましたのに。
まさか三年前に死刑となったはずのあの騎士が生きているとは!
遠めには秀麗な殿方でしょうに、歪んだ口元と狂信的に血走った目が印象を台なしにしていますよ。
「さあ、王家に媚びたことを悔いよ! 恥じよ! このギデオン・ゾークが自らギロチンを落としてくれよう!」
そうだ、ギデオン・ゾーク。
近衛騎士でありながら王家を裏切った不忠者。
唾棄すべき背信者。
こんなやつに捕らえられるとは……。
「ハハハハハ! 悔しがることはないぞ、プリシラ・ジーアストン! すぐにお前に親しい者どもも地獄に送ってやる!」
「何をほざくのですかっ! 恥ずかしくはないのですかっ!」
「せいぜい鳴くがいいわ! 死ね!」
ギデオン・ゾークが綱を切り、大きな刃が迫り来ます……。
――――――――――
「はあっ! はっはっ…………夢?」
「む? 起きたかな。かなりうなされていたけど、大丈夫?」
「えっ? イアン様?」
何故イアン様がわたくしの寝室に?
「見舞いに来たんだ。牢に長い時間閉じ込められて、体調を崩したんじゃないかと思って」
イアン様はわたくしのことをよくわかってくれています。
嬉しいです。
「ほら、お土産。『サウザンド』で買ってきたモモだよ」
「寝室に入ってくるのは、婚約者とはいえ不躾ではないですか?」
「ごめんね。君のことが心配だったんだ」
やっぱりイアン様は可愛いです。
まあ侍女もいます。
二人きりというわけでもありませんから、いいでしょう。
三つ目の夢は……夢だったということですか?
何これ?
夢で夢を見るなんてあり?
これも正夢って言うのでしょうか?
「悪夢でも見たのかい?」
「悪夢……そうですね。結果的にいい夢だったような気もしますが」
「あれ、混乱してる? やっぱり体調が悪いからかなあ?」
「もう大丈夫ですよ」
汗をかいたからか、頭も軽くなりました。
熱も下がったんじゃないかと思います。
婚約破棄、投獄、ギロチン。
正夢ランプで見た三つの夢は全て現実化(?)しました。
一見深刻な未来だったけど、私の運命には何の影響もなかったのです。
「イアン様」
「ん? どうしたんだい?」
「ぎゅっとしてください」
「プリシラが甘えてくるのは珍しいね。侯爵に怒られてしまうよ。まあいいか」
イアン様が抱きしめてくださいます。
ああ、安心できますねえ……。
「わたくしを妃にしてくださるんですよね?」
「当たり前じゃないか。僕が寝室で抱きしめている女性を妃にしないような、不実な男に見えるのかい?」
あれ? 今の状況って、言葉にすると思ったより色っぽいですね。
「僕を信じないなんてひどいじゃないか」
「サクランボを約束していましたのに、モモだったものですから」
「ごめん。プリシラはモモの方が好きだったなと思ったからつい」
「イアン様は優しいですね」
……結局私が正夢ランプなんかを使ったのは、多分自信がなかったからなのでしょう。
イアン様との未来に。
だからいい夢を見たかったのです。
「……イアン様は未来を知りたいと思ったことはありませんか?」
「あるよ」
「そんな時はどう解決しました?」
「安易な解決手段に頼っちゃいけないね。未来を作るのは僕だ。僕は王になるのだから」
目から鱗が落ちたような気がしました。
その通りではないですか。
安易に未来を知ろうなんて考えた、私が愚かでした。
おかしな夢を見せられて、想定外の結果になって。
だからこそ変わらず揺るがぬイアン様が、心から信頼できると再確認しました。
そのイアン様はこんなにもわたくしのことを思ってくださる。
絆が深まった気がするのです。
侍女がモモを剥いてくれました。
「食べられる? あーんして」
恥ずかしいですけれどもあーん。
口の中に広がる瑞々しい甘み。
「お返しですよ。イアン様もあーんしてくださいな」
大きく開けられた口にモモを一切れ。
「美味い。でもシーズンが終わる前にサクランボも食べなくては」
「うふふ、そうですね」
イアン様と見つめ合います。
政略上の婚約だとわかってはいます。
それでも信じられる愛、そう、わたくしは幸せなんです。
「それにしてもプリシラが正夢ランプを持っているとはな」
「えっ? イアン様御存じなんですか?」
「元々王宮にあったものだよ。小遣いに不自由した時に売ったんだ。僕には必要ないものだったから」
王子が売っぱらったものでは出どころ言えないわな、と思った方。
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