ミカヅチヌシの伝承
翌日、村で一番大きなお屋敷に皆が集められた。広い部屋は与一の家よりも広く、庭には池が掘ってあり、鯉が優雅に泳いでいる。
「これで、二軒目じゃあ……」
村長がガックリと項垂れる。と、一人の老婆が立ち上がって叫んだ。
「ミカヅチヌシじゃ!」
皆の視線が老婆に集まる。村でも一番の年寄りだ。老婆は続けた。
「ワシの婆さんから聞いた事がある。森より出し異形じゃ。その牙は三日月のように鋭く、爪は簡単に人を割く。狙われた村は奴が飽きるまで、震えながら隠れる事しかできんのじゃ!」
「そんじゃ、それまでどうする事も出来ねえってのか?」
「神に祈るのじゃ。諏訪の神に……」
老婆はそれっきりぶつぶつと手を合わせて祈り始め、誰が話しかけても聞く耳を持たなかった。
「……それじゃ話になんめえ。とにかく戸締りはきちんとして、なるべく一人にならねえ事だ」
「壁をぶち破る奴相手にか?」
村長の言葉に村人の一人が皮肉っぽく返した。
「うるせえ!他にできる事があんなら言ってみろ!」
「……村長」
「何だ、与一?」
「……野郎は、俺がぶっ殺す。絶対この手で始末してやる」
与一の気迫に誰もが押し黙った。目だけが、燃えるように光っていた。
◇◇◇
家に帰ると静が大きくなったお腹をさすっている。
「今帰ったぞ!」
「お帰り。それで、どうだった?」
与一は話し合いの顛末を伝えた。静の顔が不安げに曇る。
「……あんた、無茶なことはせんでよ?この子もおるんだから……」
お腹を気にする仕草を見せ、与一の方を見る。
「だけど、あいつは五兵衛の仇だ。俺は、あいつの無念を晴らしたい!」
「そんな化け物にどうやって勝てんの?あんたがやられたらこの子はどうすんの?」
「心配いらない。……俺は負けない」
与一は静を抱き寄せ、自分に言い聞かせるようそっと呟いた。




