元幼馴染に嘘告白されました(上)
暦では冬が徐々に近づきつつもまだ秋風が心地よい朝の学校の昇降口で、自分の目線とちょうどぴったりの位置にある金属製ロッカーの下足箱の扉を開けた俺こと青地瑛史は、上履きの上に置かれた封筒を見つけて時が止まった。もちろん俺の時間が止まっただけであり、視界の端で陰キャでぼっち気味な俺が一向に動かないのを迷惑そうにクラスメイトの某君など数人が通り過ぎていく。
いじめで何かが入れられているとかでなく、上履きは一年使った程度の汚れでもちろんそれ以上の汚れがついているわけでもない。
さらに言えばその封筒はどことなくきらきらした雰囲気で、輝いてさえ見える。光を乱反射する物質が漂いキラキラときらめきを発しているとさえ見える。
だって、これってあれじゃん。きっとそれじゃん。絶対それじゃん。
「ラブレター」
小声で叫ぶという器用な真似をした俺は、指先が緊張でガタガタと震えるのを抑えつつその神々しい封筒を手に取った。見覚えのない女の子が書いたと思わせる可愛らしい文字で、青地君へと書かれておりハートマークまでついている。
「ラブレターじゃん」
小声で叫びながらテンションを上げるという器用な真似を続けながら俺は周りの空気なんて気にせずその封筒の裏も確認してから開けて、どきどきしながら中身を見てちょっとがっかりした。
『今日の放課後、十六時に○○教室の前で待ってます』
短い呼び出しの文字。なぜ俺がこれにがっかりしたかと言えば、どこの誰かもわからないからだ。こんな陰キャでぼっち気味な男子学生を呼び出すなんて、名前が無いならちょっとだけ疑いが持つ。いや、それ以上に期待もするけどさぁ!
さらに言えば二年生の教室の近くにある指定されたその空き教室は昇降口へ向かう最短ルートの階段と生徒会室がそばにあり、指定された時間は放課後になって比較的すぐであり人通りが多くそんな時間と場所を指定する理由って何だよ! という感じである。公開告白レベルだ。
いじめか? 疑心が出る。だが、クラスでいじめを直接的に受けたこともないのでされる言われもない。
うがーと思いつつ俺は封筒をナイロンのリュックの中にあるクリアファイルへ疑いながらも期待大のせいで自分が思ったよりも懇切丁寧に片付けて、出遅れ気味に二年二組の教室へ向かった。
教室に入る際に笑顔で明るい声で挨拶をする。それだけが唯一陰キャぼっちである俺に許された朝の教室に入る際の行為である。中学の頃に良い奴に厳しく指導されたのだ。陰キャぼっち気味な俺が朝の挨拶もまともにしないと更にクラスメイトとの関係が気まずくなっているからしとけと。最低限、あ、こいつ朝挨拶してくる青地だと覚えられておけばOKと指導された。実際中学三年間と高校の一年間はそれのお陰で、二人一組やグループを作る際になんとなしに、青地組むか? と性根の優しい連中に組んでもらえた。良い奴の指導は偉大である。
名前だけ覚えられている俺に名前だけ覚えている相手へ軽く返される挨拶に応答して自分の席に座る。窓際の一番後ろ、いわゆる主人公席だ。
隣のクラスメイトの女子、ボブカットの黒髪できれいな顔立ちをしており、ちらりと見える耳にピヤスをしている真中さんにも挨拶をしたが、イヤホンをつけているせいで気づかれなかった俺はそんな事を気にせず手紙をもう一度見返した。
「あ、おはー」
「おはよう」
遅れて真中さんがイヤホンを当然のごとく外さずに俺へと挨拶してくれたので、俺は聞こえてないだろうなと思いつつ挨拶されたので挨拶し返す。ここでさっき挨拶したから返答しないとか、失礼すぎるので笑顔だ。てか、やっぱり真中さんの声めっちゃ良い。
真中さんとは挨拶をする程度で、いつもは雑談もしないが、たまにあちらが教科書を忘れてさらに隣の人がいない時にのみ教科書を見せてくれと言われる程度の関係性だ。連絡先も別に個別に交換していない。つまりただのクラスメイト。ただし――
手紙に意識を戻した。見た覚えがない封筒に便箋に文字。だが、何度見ても時間帯と場所が告白にそぐわない気がする。
そんな俺が手紙に集中していると、じっと頬に視線を感じた。気の所為と思っている俺の視界にほっそりとした長い女子の指が遠慮なしに入ってきた。そう、ただのクラスメイトの関係だが、ただし彼女は気になることがある場合には馴れ馴れしいのだ。
「青地君、どしたん、これ」
「あーっと、朝、靴ロッカーの中に入ってた」
「ほほーん」
ニヤニヤしながら彼女は、椅子をガタガタと近づけて手紙を覗き込む。いい匂いがする……。隠そうと思ったが、なんか隠す隠さないで変に揉めると面倒かもとか先読みして無抵抗を貫いた。つまり失礼ながらどこの誰ともしない女子からのラブレターを真中さんに見せてしまう形になる。まあ、名前も無いからセーフ、多分。
「ラブレターじゃん!」
「そう、だよなー」
「良かったねぇ! 誰だと思う?」
俺は真中さんが良かったねぇ~と気楽に言ってそんな質問に、腕を組んであからさまに考えてますというポーズを見せる。
「そんな女子と仲良く話してもないし、こんな俺に告白なんてする人なんて思いつかないかな」
「あー、まあ~ねぇ。青地君クラスメイトと話してるイメージ無いし、他クラスの女子の目に止まるとかなさそうだもんね」
「だよね」
彼女は俺をまじまじと観察しそんな事を平然と言う。はい、言い返すことはありません。ちょっと傷つくけど実際肯定も出来る。教室の反対方向にいる明るいクラスメイトのグループへ俺は目を向けた。俺の視線につられて彼女も自然とそちらを見る。
あのグループにいるイケメンの男子数人と比較すれば、まさに良く言えば凡庸な見た目を維持している俺が彼女の言う通り学校内の他の女子の目に止まって気になって! とかありえない。成績で上位に名前を連ねるわけでもなく、帰宅部のため部活動をしているわけでもなく、例えば体育祭や文化祭、球技大会で目に止まったなーんて経験も無い。
「文字にも見覚えないかなー。多分クラス内の女子じゃないね」
「え、わかるの」
「え~~~~当然じゃん。半年も同じクラスなんだし、大体わかるよー」
いや、それはすごいのでは? 俺は当然同じクラスの男子の文字も多分名前がついてたり、直接渡されないとわからない。
「でも、クラスメイトじゃないなら本当に誰かわかんないねー。今日の放課後をお楽しみに?」
「楽しみにして良いのかなぁ」
「私も誰か気になるから見守ってあげるよ~」
「それは野次馬では」
「いやいや、もしもの時は次の日に優しくしてあげるよー。製菓部で暇だから見てすぐ帰れるしね」
「やっぱり野次馬するだけじゃんか~。はーあ」
そんな不安が首をもたげた俺の態度に真中さんが明るい笑顔で言うので、ため息をついた。
昼休み、一人で弁当を食べ終えてスマホを見る。真中さんは少し離れた席で女子の友達と楽しげに話しているのが見えた。高校に入って一年と半年、俺が教室で誰かと昼休みに昼飯を一緒に食べたのは一年生の四月の一週間だけである。
友人関係も出来てない頃に、近くの席の男子とくっつけて話しただけで、休みを挟んで気づけばグループから自然と外れていた。いや、思い出してもちょっと悲しいな。俺と同じように一人で食べている男子一名、女子一名は俺と同じように昼を早々に食べ終えてスマホを見て時間を潰している。弁当をすぐに食べ終えたせいで手紙のことが気になりスマホで時間を潰しにもそわそわしてしまう。仕方なく学校内を散歩でもしようかと俺は教室を出た。
特に行く宛もなくぐるぐると歩いて、気持ちが落ち着いたタイミングで今日の放課後に指定された場所を通りかかる。
「やっぱここ告白とかそういう指定に向かないだろ」
昼休みでも当然ここは人が多く行き交っており、放課後になってすぐではそこまで人は減らないだろう。とても目立つ気がする。立ち止まっていた俺のすぐ横にあった扉が開く音がした。生徒会室に続く扉だ。驚きでびくりとする。
「氷坂先輩、もう行っちゃうんですか、昼休みまだありますよー」
「ええ、ごめんなさい。次の英語の授業のために教室に戻って予習をするわ」
ばっちりと目が合う。濡れたように艶やかな深い闇の色を放つ腰まである黒髪が、彼女が立ち止まったことで、淑やか彼女に寄り添っている。陶器のように滑らかな白い肌に、すっと通った鼻筋に凛とした冬の冷たさを思わせる瞳。瑞々しささえ覚えそうな紅い唇が言葉を発するのを止めて固まった。
時間が引き伸ばされて停止したような気分だった。そんな中でも俺の心臓は緊張で高まり、胸が締め付けられるように痛んだ。
俺と同じ二年生で最近生徒会長となった氷坂佳里菜は、怜悧な雰囲気の美少女だ。
こんな所に暗く怪しい男子が居たことに驚かせたのだ。喉から変な息が音になって言葉にもならず吐き出された瞬間、引き伸ばされた時間がカチリと動き出して俺は一歩大きく跳ねて逃げるように彼女から離れる方向へ動いた。
バタンと生徒会室へ続く扉が閉められる。
俺は軽く会釈をしたが、じっとこちらを観察するように彼女は俺を見つめてきた。気まずい。どんな言葉をかけるべきか分からなかった。
視線を感じて俺はハッとして、周りを見る。
綺麗な生徒会長が扉の前で止まっていたのが気になったのか、幾人かの男子がじろじろと、また彼女と比較的仲が良い男子なのか、友人に声かけろよとちょっかいを掛けられているようなのも見えた。一瞬だと思っていたが、一分か? それとももっとなのか、止まっていたらしい。そして俺がぬめぬめしている間に、外野が俺と彼女の間に割り込むように声をかけた。
「よ! 佳里菜、教室行くなら一緒に行こうぜ」
「……小津さん」
ぽんと気さくに彼女の肩を軽くタッチして、彼女にとても近く気軽に話しかける高身長でイケメンな男子。彼のことは同じ中学でその頃から目立って良く視界に入ったので知っている。弱小だった中学の頃のバスケ部をその熱意と明るさで彼が三年生の頃に県大会準優勝まで持っていったのだ。中学の頃から彼は眼の前の彼女と遠目に見ても仲良く過ごしており、クラス内でも付き合う手前なのだろうとか、話題になりすぎるから実は付き合っているのを隠しているだけだとか、ぼっちに過ごしていても耳に入ってきた。
クラス内で笑みを浮かべた彼女が小津と話しているのは確かにお似合いに見えた。
壁のシミか路傍の石である傍に立っていた俺を無視する形で同じクラスらしい小津と彼女は次の授業について話し、小津が歩き出すのに合わせるように彼女も教室へ向かう。二人の後ろ姿を黙って俺は見送った。
φ
「ひさかちゃん公園にあそびに行こう」俺達は無邪気に二人で走っていた。
「かりなちゃん算数どうだった?」教科書を持ちながらどこか得意げな彼女に俺は尋ねた。
「佳里菜ちゃん土曜日に学校終わったら家で遊ぼ」土日はいつも親がいなく退屈な俺は彼女を誘った。
「佳里菜さん、ごめん、今日は予定あるから」彼女の後ろで俺をニヤニヤ見る男子と、彼女を誘いたそうな女子を見つけて俺は申し訳無さそうに断った。
「氷坂さん、また明日」足早に教室を出ていこうとした俺の眼の前にちょうど扉の前にいた彼女へ俺はそっけなくそう告げた。
「おはよう、氷坂さん」朝の教室で自席の途中にいる彼女へ距離を取りながら挨拶を送った。
「あ、うん、おはようございます、氷坂さん」あちらからの挨拶で俺は初めて気付いた風に挨拶を返した。
「……」お互いにちらっとだけ目を向けただけで足も止めずに俺達は通り過ぎた。中学一年生の学生生活の始まりと、俺と彼女の終わりだ。
ツンツンと指が触れた感触がした。
古文の授業も終わり直前、ハッと目を覚ます。最悪な気分だった。時計を見ると、たった2分程度うとうとしていたようだが、その夢の時間は俺の小さい頃からのことを思い出させた。こんな悪夢を見たのも、昼休みに彼女を見たからだろう。悪夢のせいで目覚めたかと思ったら、しなやかな指がすすっと視界の端から逃げていく。
すぐにチャイムが鳴って授業が終わった。俺は隣の真中さんに顔を向ける。
「もーそんな不満げな顔しないでよ~。授業で居眠りしてるのを起こしてあげたんだよ?」
「終わる寸前だったし、チャイムで起きてたから大丈夫だったと思うよ」
「そうかな~? チャイムでびっくりして恥ずかしい反応したと思ったから起こしてあげたのに」
「……俺は真中さんが毎週この授業のタイミングで机に突っ伏して寝てるの知ってるけどね」
「ぶぇっ」
からかう彼女に言い返したかった俺の言った内容に彼女は変な声で反応した。実際、真中さんは毎週のこの授業の時間には、こちら側に顔を向けて寝息を立てずにほとんど最初から最後まで寝ている。首痛くならないのかなといつも思う。
「私のことミスだから」
何か言い返されるかと思ったが、彼女は顔を伏せて小さな声でそんなことを言うだけだった。俺は首をかしげたが、追加でからかわれなかったのでちょっとだけホッとした。
それから順調に時折やってくる眠気を乗り越えて、午後の授業を終えて放課後になった。まあ、どんな目に合うのだろうと不安が俺の心に拡大していく。辞めようかな。そんな気持ちが出てくるのも仕方ないだろう。
せめてひと目につかない所だったら、わかるのになぁという気分だ。
「い、いつもは帰れる時間になったらすぐ立ち上がる青地君どしたの?」
一瞬噛んだような声が隣の席から投げかけられる。古文の授業後から静かだった真中さんは、なんだかいつも通りになってしまったようだ。朝のやり取りでわかっているだろうに。これは俺を追い込むための罠だろう。
「いや、あ~~~~。真中さんだってすぐ帰るのに帰らないの?」
「え! 私、部活入ってるよー。今日は休みだけど」
「あれ、そうだったの? 何部」
「……製菓部」
「あっ!」
そういえばそんな事言っていた。やばい。
「この前宿題サボって放課後残って提出のために頑張ってた青地君に製菓部で作った私のお菓子を分けてあげたのにひどいよ」
うるうるした湿り気を感じる声音でそんなことを言われて俺は慌てた。自分でもこれはひどいと思った。とんでもなく焦って弁明しようとする。
「冗談だよ。青地君今日はラブレターもらって告白待ちだもんね」
「……はぁ~」
「あ、ガチのため息ちょっと傷つくけど。青地君ってたまにそういう事しちゃうよね。良くないよ!」
「え、ごめんっ」
こういうため息が出てしまったのは、中学の頃からの積み重ねだろう。ぼっち街道を進むことになったやり取りが多分頭を過ったからだ。あの頃、折りたたまれた便箋が机の中に入っていて、俺は何度か騙されたのだ。そこには誰もいなかったことや、取り巻きの女子が俺をニヤニヤ笑って待っていた。だが、今回ばかりは見慣れぬ文字なので大丈夫だと思ったのだが、真中さんとのやり取りでやっぱりそういうからかいの方向ではないかと思ってしまった。
『ぷっ、佳里菜が来るわけないじゃ~ん。あははは』
取り巻きは学力が合わず別に高校に行ったのを知っているので、さすがに一年も経って同じようなことは起こるまい。そんな、いたずらか本気かという、七対三ぐらいの比率で考えている俺の腰はどっかりと椅子にへばりついたままだ。
「嘘告白とかそういう類じゃないだろうか」
つい変な言い回しで愚痴っぽく出てしまった。
「いやー、それはもう行ってみないとわかんないよね」
「真中さんはどっちだと思う」
「朝も言ったけど~、知ってる文字じゃないから分かんない。だから私は野次馬してあげるよ。でも、高校生なんだからそんな事する人なんているわけ無いじゃん」
「ははは、ソウダネ」
実は一度だけある。入学して授業が始まる次の日、便箋が自席の机の中に一枚入っていた。母親が翌日弁当が必要だと認識してくれておらず弁当が無かったので、購買でパンでも買おうと思っていたのだが、俺は昼休みに呼び出しを信じてのこのこ行ったが、昼休みが終わるぎりぎりまで待っても誰も来なかった。入学早々にそんな事をされたので、同じ中学のやつのいじめかと身構えたものである。だが、その後特段いじめが発生するわけでもなかったので、俺はホッとしたのだ。
その日、母親からお昼どうだったと聞かれたので、購買で書いそこねたから何も食べなかったと伝えたらびっくりされて、なんかいきなりスマホを触りだした。次の日からはちゃんと弁当を用意してくれてホッとしたものだ。
「はぁ、時間だ。行くか」
「お、じゃあ、私は野次馬に」
「はいはい、どうぞご自由に」
さっと立ち上がって、俺より先に行ってしまう彼女に色々思うことはあったが、待ちぼうけを食らった時に真中さんにからかわれたら、少しは気が紛れるかもしれない。流石に誰も来ないで待ちぼうけされたままの俺に対して、次の日にからかうとかいう事はしないだろう。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願いいたします】
「面白そう!」「続きが気になる!」
と少しでも思って頂けたらポイント評価をよろしくお願いします!
評価は画面下の「☆☆☆☆☆」をワンタップ(orクリック)するだけで可能です。
皆さんの応援が執筆の原動力となりますので、何卒よろしくお願いします!




