03 キラキラ侯爵様な旦那様との婚約
到着した王宮はとにかく凄かった!
何が凄いか言葉にできないくらいに……。
全ての窓に最高級品の透明ガラスがはめ込まれ、これまた見たことがないほど歪みのない鏡が、そこかしこの壁を飾り、彫刻やら、花やら、絵画やら、金でデコレーションされた調度品数々が相まって、どこに目をやったらいいのか分からなくなる位、全てがキラキラ…いやギラギラ輝いていている、まるで別世界。
はしたないかと思うけれど、周りを見回せずにはいられない。
すると目の前を歩く神官長様が、立ち止まられた。
前方からは見えたのは、回廊をこちらに向かって歩いてくる若い令嬢の集団。
10人ほどの貴族女性と思われる令嬢を引き連れた中央の女性は、これはまたキラキラしい深紅のドレスをまとった、ひと目で高位の方だと分かるご令嬢。
神官長様が大きなため息をもらす。
「アレクサンドラ…」
「あら、お兄様お久しぶりね。ごきげんよう」
答えたのはその中央のキラキラ深紅のご令嬢だ。
「この方はどなた?」
「うん…えーっと…」
「お前は何者?」
言い淀む神官長様から目を離し、扇で私を指し示し、直接問いかけてこられる。
この方は……分かる……分かりすぎる!
速攻、頭を下げる。
「アレクサンドラ王女殿下にご挨拶を申し上げます。ベルツ男爵が娘、神殿より聖女の位を賜りましたアリーシアでございます」
私は現在貴族令嬢ではないので、カーテシーではなく、深く頭を下げる。
一瞬の静寂。
「あぁ、お前がそうなのね……今からレオン様に会いに行くと?」
レオン様?
確か私に求婚してるのは、リヒター侯爵レオンハルト様よね?
たぶん、その愛称だと思い肯定する。
「は、はい」
すると、王女殿下の周りにいた令嬢たちが、一斉にさえずり始める。
「この子がレオンハルト様の求婚相手? うそでしょ?」
求婚の話は、もう王宮中で知られているのかとびっくりする。
「うふふふ! なぁに? こんなイモ娘だったの?」
「婚約者候補? 侍女候補の間違いじゃないの? レオンハルト様に全く釣り合わないじゃないの」
「それに聖女とはいえ、下級聖女とか?」
私の身分まで知られているのかと、もひとつびっくり。
「王都に何をしに来られたの? 女神に仕えるのではなく、妾になるために来られたの?」
「金持ちの男をその枯れ枝のような体で誘惑しようと? それにそのドレス…!」
「ほほほほ…。私聞いたことがありますの。年端のいかない市井の娘が、客を取るために無理に大人びたドレスを着て、男に媚を売るって」
ほほほほと耐えきれないように、一斉に笑う王女の取り巻きたち。
その瞬間、神官長様が激怒した。
「そなたら口をつつしめ! 国を守る聖女殿に、無礼であるぞ!」
そこで、アレクサンドラ王女が取り巻きを見やり、コロコロと笑う。
「あらお兄様。この子たちは市井の娘の話をしているのよ? ここにいる誰の話でもなくってよ。」
神官長様が私に向き直り、恐れ多くも小さく頭を下げられる。
「すまない聖女アリーシア。あれは…妹のアレクサンドラはずーっとレオンハルトに憧れていてな…何度も、何度も、婚約を申し込んで、何度も、何度も、断られているんだ。だから……」
「おっ、お兄様っ!!」
アレクサンドラ王女の頬が朱に染まる。
……神官長様、『何度も』を言い過ぎです。
「さぁ、その憧れのレオンハルト様が、この子を待ってるんだ! さっさと、どけ!!」
そう言って神官長様は、令嬢たちの間をかき分け強引に進む。
置いて行かれないように、私も必死にその後ろに続いた。
神官長様の手前、平気な顔をしていたが、私は結構怒っていた。
王女とはいえ、何故私がこんな侮辱を受けなくてはならない?
私は下級貴族の娘で下級聖女だけど、バカされるような生き方はしていない!
下級ではあるけれど、誇りをもって女神様にこの身を捧げ、国のために祈りを捧げてきた。
この私の献身を、王都の男性を誘惑するための偽善行為だと言われたのだ! 許せるわけがない!
しかし、そもそもこんなバカげた中傷を受ける羽目になった原因は、身分差を完全無視した求婚をしてきた、キラキラ侯爵だ!
本当にいい迷惑! こんな茶番、さっさと終わらせてやる!
ようやく目の前にした部屋は客間だろうか、幾分ギラギラ感が減っている感じだけど、緊張するには充分な荘厳な部屋。
部屋に踏み入れると、すでに一人の男性が一人用のソファーに腰かけていた。
紹介されなくても分かる。
なるほど…この方がリヒター侯爵家当主、レオンハルト様。
すっきりと伸びた鼻梁に、引きあがった眉毛。薄めな唇が神経質そうだ。そして印象的なのは、びっしりと濃いまつ毛に覆われたやや切れ長な目に輝く、レッドパープル・アメジストの瞳。
一度視界に入れると、目が離せなくなるほど、文句なしの美青年だ。
良く手入れされた漆黒の髪は長めに切りそろえられ、やや細身のその身を包む衣装は黒に統一された誰が見ても分かるような一級品。
大粒のビジョンブラット・ルビーのブローチでクラバットを飾り、ピカピカに光るプレーントゥの革靴を履いた長い足は、前のテーブルに当たって、窮屈そうだ。
「遅かったな」
ああこの声だ。市井で聞いた、包み込むような美声。
「途中でさぁ~アレックスに会っちゃって、からまれたんだよ~」
キラキラ侯爵の眉間に皺がより、目がきゅっと細められるそして、心底不快そうに口がゆがむ。
そんな顔しても美形は美形なんだ~と感心しつつ、そんな顔をされる王女様がちょーっとだけ気の毒になった。
ところが、その視線が神官長様から私に移ると、途端にキラキラ笑顔に変わる。
ま……眩しい!
「アリーシア嬢。忙しいなか本日はご足労頂き、感謝する。どうぞかけてくれ」
キラキラ侯爵、正式名称リヒター侯爵様は立ち上がり、小さく会釈しながら着席を勧めてきた。
「聖女より神官長の私の方が忙しんだよ?私に感謝の言葉はないの?レオン」
「王女から不快な態度を取られませんでしたか?」
腰かけながら文句を言う、神官長様の言葉をまるっと無視して、私に問いかける侯爵様。
怒りに燃えていても、私は空気を読める女。
曖昧に微笑み返す。
とたんに侯爵の頬が赤らみ、白皙の美青年が紅顔の美青年に。
「あいつ、聖女である彼女に妾になるつもりか、大人ぶったドレスを着て誘惑するつもりかと暴言を吐いていたぞ」
「なんだと?」
地を這うような美声。
「良い虫よけだと思っていたかもしれないけど、最近あいつやりすぎ。お前も生半可に優しくするから図に乗ってるぞ」
ソファーに座る私を上から下まで見て、眉をひそめるキラキラ様。
あぁすいませんね。
似合ってないででしょ? 貴方がご用意下さったこのドレス。
「良い…」
あれ? 宮廷憧れの貴公子はセンスなし?
「リヒター侯爵閣下にご挨拶申し上げます。聖女の拝命頂いておりますアリーシアでございます」
そうそう、まだ挨拶すらしてないし。
「リヒター侯爵レオンハルトだ。気軽にレオンと呼んで欲しい」
「……リヒター侯爵様。早速本題ではございますが、私に求婚の申し出を頂いたとか……別の方とお間違えではありませんか?」
「間違いない! 君に、アリーシアに求婚している」
「まことに?」
「あぁ君だ! アリーシア! 私の大切な女性は君だ!」
頬を染め、キラキラ侯爵がキンキラキンの美貌で、私に微笑む。
「私の妻になってくれないかアリーシア」
眩しすぎて、目眩がする。
夢のような貴公子に、令嬢扱いされて愛を乞われて……衝撃的すぎてその後は、どんな話をしたか正直覚えていない。
ただ、神殿に戻る馬車で、神官長様に言われた言葉だけは覚えている。
「レオンハルトとは付き合いが長いけど、求婚するのは君が初めてなんだ。勧められてもあいつはずーっと結婚を渋っていたからね。王家は彼の意志を尊重するし、むしろ末端でも我が国の貴族令嬢ならもう~大歓迎なんだよ。王女のことは気にしないで! レオンはアレックスのこと、しょんべん臭いガキにしか思ってないから!」
王女殿下は私より2才年上ですが……しかも神官長様、口が悪すぎます。
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その後も何度も、レオンハルト様に王宮でのお茶会に呼ばれたが、神官長様が同行して下さったのは3回まで。
その後は二人きりのお茶会となり、やがてそれにも慣れ、私にも心境の変化が訪れてきた。
恐れ多い方だと尻込みしていたのに、話しが弾むようになると……
「私の容姿に、濃い暗い色のドレスは似合わないんです」
「そうだよね。分かってるんだ。でも私の『色』を身に着けて欲しくて」
と、レッドパープル・アメジストの瞳を上目遣いにして、口を尖らせる。
センスの問題じゃなかったんですね……
そんな拗ねた素振りをするレオンハルト様の姿は、親近感がありちょっと可愛らしい。
社交界での噂は相変わらずの完璧キラキラ貴公子様だけど、二人きりの時の意外に思い込みの激しい、普通の青年らしい姿に、徐々に好感を覚えてきたのだ。
また、結婚に不安を感じている家族にも会うために、馬車で3日もかかる田舎の男爵領に何度も訪れても下さった。
そして、領民と話したり……一緒に畑仕事をしたり……
「これは大きな…石じゃなくてジャガイモ? そうだよね? すごいよ! 私、野菜を収穫したの初めてだ! 面白いね~! まだ世界には私の知らないことが、沢山あるんだね!」
ベルツ男爵家の窮状をバカにする訳ではなく、屋敷に滞在し共に暮らして、領民の要望の対応に父が悩んでいたら、適所でアドバイスを下さったり、さりげなく金銭的な援助の手も差し伸べて下さる。
そんな彼を恐れ多いと、求婚は本気かと、疑いながらも…
「女神様にお仕えするのも大事な役目。だがこの縁は女神様のお祭りで生まれた縁であり、きっと女神様のお導きであろう」と父が
「こんな高貴な方が真剣に貴女を望んで下さるなんて! アリーシア、不安だろうけど、これ以上の幸せなご縁はないんじゃないかしら」と母が
そして、妹たちにいたっては
「いいな~あんな美男子でお金持ち! 騙されたっていいじゃん! とりあえずお付き合いするべきよ!」
なんてすっかりほだされていて、王都に戻るころには、家族全員に婚約を後押しされるようになっていた。
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そうして、17才の春、私は聖女の称号を返上、還俗し、男爵令嬢に戻った。
それと同時に、レオンハルト様と正式に婚約をした。
婚約式は主要貴族はもちろん、王家も参列され盛大に行われた。
だが……
緊張する私に、ブスブスと突き刺さる令嬢たちの恨みがこもった鋭い視線。
見下すような冷めた視線をよこすのは、高位貴族当主たち。
興味がなさそうに玉座で酒を飲むだけの国王陛下と王妃様。
「お前、幼女趣味だったのか?」とレオンハルト様をせせら笑ったのは、王太子殿下。
私を睨みつけるだけ睨みつけて、早々に退出したアレクサンドラ王女殿下。
隣に笑顔で威圧するレオンハルト様がいるので、あからさまな行動をする人はいないけれど……
夢見ごこちだった私は、正に冷水を浴びたよう。
レオンハルト様に熱心に求められ、浮かれすぎていたようだ。
思った以上にこの結婚は、社交界では歓迎されていないことを、この時初めて知った。