02 私聖女になりました
そんな下級聖女の招へいでも……もぉ~ベルツ男爵領じゅう大騒ぎ!
両親、兄弟、親族、領民、誰一人神聖力が発現しなかったので、
「でかした! でかした! やっと、やっと、女神様のお近くでベルツ家のものがお力になれる」と父は大号泣。
領地で初めての聖女誕生に、領民たちもお祭り騒ぎ。
しかし聖女となれば、その生涯を神殿にて女神様に仕える身となり、家族とも別れ、領地にも神聖力が無くなるまで……引退するまで帰れない。
全てを捨てて信仰を取ることとなるが、どうせ結婚のための持参金も用意できないほどの貧乏っぷり。
持参金がいらない相手など、年の離れた方の後妻か、いわくつきの人物くらい。
だから、まともな結婚相手なんて望めないし、一人食い扶持が減るだけでも愛する家族の助けになるはずだと、私は喜んで聖女になることを決めたのだ。
そうして意気揚々と憧れの王都に向かったのだが、その華やかさと大きさに度肝を抜かれ、同僚の聖女たちと比べてアリンコすぎる神聖力に落ち込み、また、その同僚聖女や都会の令嬢の優美さに、貴族令嬢としての誇りはペシャンコ。
2週間ほどは情けなくて、泣き暮らした。
しかし、神殿には一般教養やマナーを教えてくれる学校もあり、通い始めて1年もすると、私も同僚たちと違和感なく溶け込めるようになった。
『田舎なまり』もなくなり、挨拶や食事の所作も恥ずかしくない程度にはなった。
それに、神殿学校は本当の学校のようで、クラスメイトとも仲良くなり、親友と呼べる聖女もできて、充実した日々を過ごせるようになった。
まぁ~それでも神聖力は相変わらず、アリンコのままだったけれど。
そうしてるうちに、運命の日がやってくる。
私は17才になっていた。
神殿では年に一度、『女神の花祭り』が開催される。
国民がみな花を持ち寄り、女神ソフィア様の像を飾り立てる。
裕福なものは花屋で花束を買い、貧しいものは山で野花を摘んでくる。
飾り立てられた花々は神殿からあふれるほど、それがそのまま一週間飾られる。
そして最終日の夜、広場でその花々を焼く。
その炎の前で国民は女神の加護に感謝し、今後の国の安寧を願うのだ。
この祭りの開催中、市井にも花が飾られ、屋台が軒を連ねる。
大道芸人や吟遊詩人、劇団もやって来る。
観光客も押し寄せ、王都が一番華やかになる期間だ。
この期間は、聖女も朝夕のお祈りさえすれば、昼間は市井に降りることを許される。
一年に一度の自由時間だ。
神殿からわずかながら小遣いも渡されるので、屋台で買い食いしたり、可愛い小物の店を見たり、美味しいお菓子を買ったりと、思い思いに楽しめる。
聖女が最も楽しみにしているお祭りである。
この年も私はいつものように聖女友達たち数人と市井にくりだし、色んな店を見回り祭りを楽しんでいた。
そこのある雑貨店で、石で彫られた小さな犬の置物を見つけたのだ。
領地ではたくさんの犬を飼っていたが、その中でも一番の仲良しだったエルにとても似ていた置物で、思わず買わずにはいられなかった。
幸い持ち金で間に合ったのですぐさま購入、さぁ部屋のどこに飾ろうかとホクホクしながら店を出た時、突然声をかけられたのだ。
「犬が好きなの?」
声は男性。
低い声だが、なぜか甘く包み込むよう……
背が高く、私の身長はその人の胸ほどしかない。
真っ黒なフード付きのマントをかぶり、顔の半分をスカーフで隠している。
わずかに見えたその目もとの目線が、私の手元にあったので、その質問は石の置物だと理解する。
「えぇ。飼っていた子に似ていたので。」
「そう。」
何故かその黒い人の声音は嬉しそう。
そして気付く。
ここは店の外で、犬の置物は店員が壊れないように、紙に包んでくれたから、犬とは分からない。
店内にいる時から、ずっと見られてた?
怖くなって、先に出ていた聖女の友達の方に逃げ出す。
白い衣の聖衣は聖女の証。
この国の人は聖女には、危害を加えない。
今日の私は聖衣を着ている。
「だ、大丈夫だよね?」
手が少しふるえた。
でも大丈夫では、なかったのだ。
『女神の花祭り』の一週間後、恐るべきことが起こった。
朝の祈りを終え、今日は神具を磨く当番だったなと、汚れるから聖衣から着替えようと自室に戻ろうとした時だ。
「聖女アリーシア・ベルツ。神官長様がお呼びです。」
呼びかけてきたのは神官長様の秘書官様。
神殿には神聖力によって、明確なヒエラルキーがある。
約200人いる聖女の中で
120人の下級聖女。
50人の中級聖女。
15人の上級聖女。
5人の大聖女。
そして神聖力はないが、神殿の運営を担う神官の方が50人ほどいる。
その神官の長にして、神殿のトップに君臨するのが神官長様だ。
そして現在の神官長様は、第2王子殿下で男性である。
その王族神官長様が、おそらく名前はおろか顔も認識していない、下級聖女120人の中一人を呼び出すとは…私は何をしてしまったんだろう―‐!
解任だとしても、上級聖女から告げられるはず……
私の顔色は一気に蒼白になったのだろう。
呼び出しを告げた秘書官様は、先ほどの慇懃な口調ではなく
「そんなに怖がらないで。悪い話じゃないから……いや君にとってはどうなんだろうか」
なんて訳の分からないことを言ってくるから、さらにびびってしまう。
震えながら秘書官様の案内で、神官長様の執務室に通される。
神官長様は……第2王子殿下は、王族らしく黄金の髪も麗しい20代の青年だった。
そこで、告げられたのは、驚くべき話。
この私に、さる方が求婚されていると……!
「君を『女神の花祭り』の時に、市井で見初めたそうだ」
思い浮かぶのは「犬が好きなのか?」と問いかけてきた、黒いマントを着た長身の男性。
「リヒター侯爵家当主レオンハルト殿が、下級聖女アリーシア・ベルツを妻に娶りたいそうだ」
びっくりした!
本当にびっくりした!
30秒くらい固まってしまうほど……
リヒター侯爵家当主レオンハルト様!は、その美貌と博識で、貴族なら知らぬものはいない有名なお方だ。
白皙の美青年として、貴族令嬢の人気を一身に集め、28才の若輩ながら貴族議会の顧問として執政にも大きな影響力を持ち、国王陛下、王太子殿下からの信頼も厚いと聞く。
……もちろんお顔を拝したこともないし、正直雲の上の人すぎてこんな薄っぺらな情報しか知らないけど。
「わ、私を? ……人違いではないのですか?」
「うん……私もそう思って尋ねたら、間違いないと。それで明日、王宮に部屋を用意したから、顔合わせをしたいと言っててね」
「はぁ」
「だから、明日の夕方の祈りはしなくていいよ。15時に迎えをよこすと言ってたし」
「はぁ……」
「それと基本、外出禁止の聖女が聖衣で王宮にいちゃまずいから、これを着てきてって」
渡されたのは大きな箱。
中には黒いレースがふんだんに使われた濃い赤紫色のドレス。
そして、黒いレースのインナービスチェに、黒のガーターベルト、黒ストッキング、ガラスビーズがキラキラと輝く黒い絹の靴が入っていた。
なんだ、この妖艶熟女なラインナップ。
「あいつ、下着まで用意するなんて、へんた……いや、ゴホゴホ」
神官長様は、発言を咳でごまかしたけれど、私も正直ドン引きです。
「君一人で着れるように、簡素なドレスにしたって言ってたけど、色の主張が激しいな」
「……やっぱり人違いではありませんか? 私にこの色のドレスは、似合わないと思うのですが」
私はザ平凡なダークブラウンの髪に、ダークブラウンの瞳。
その他大勢にすっかり埋没する無個性さだ。
その私を見初めたと言うなら、似合う色など皆の憧れ貴公子たるキラキラ侯爵様なら、熟知されているはず。
「……だよね~。君にはもっと淡い色が似あうよね~」
ドレスを前に沈黙。
「でも、多分間違いないと思うし~明日は僕も同席するから、とりあえず会ってやってよ」
私に断れるはずもない。
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次の日、昼食後外出の用意をする。
ドレス自体は複雑な刺繍が施され、繊細なレースに縁どられた、一目で一級品だと分かる素晴らしいドレスだった。
メイドの手がいらないように、コルセットが不要なエンパイヤスタイル。
胸の下に切り替えがあり、そこからスカートがすとんと落ちるデザインだ。
そして締めるボタンも背中ではなく、前身ごろにあり、そのボタンが見えないようにレースが覆い隠すようにデザインされている。
なので、私一人でも着れた。
ヘアスタイルは…実は私は自分で髪をまとめるのが得意なのだ。
メイドなんていない貧乏男爵令嬢。
だがおしゃれは好きだったので、スキルは自然と身についた。
「よし」
久しぶりに可愛く髪をまとめてみた。
両サイドを複雑な編み込みし、手持ちのリボンで飾り、ハーフアップにする。夜会ではないので、後ろ髪は下ろしていた方がいいだろう。
聖女としては、華美を好まれないのでいつもはそのまま流すか、一つにまとめるしかできなかったので、楽しかった。
だが……
赤紫色のドレスが激しく似合わない!
髪型によっては似合うようになるかも~と思ったが、無駄だったようだ。
コンコン。響くノックの音。
「聖女アリーシア・ベルツ。迎えの馬車が来ました。準備はいいですか?」
「はい」
ドアを開けると、昨日神官長様の執務室まで、案内してくれた秘書官様がいた。
その方の先導で廊下を進む。
聖女たちは夕方の祈りの準備の時間なので、誰もいない。
静まり返る神殿の回廊に私のドレスの衣擦れの音と、久しぶりに足を通したヒールの音が響く。
結局、今回の話は何となく、友人の聖女たちにも言えなかった。
玄関につけられたお迎えの馬車には、すでに神官長様が乗り込んでいらしたが、ドレス姿の私をまじまじと見て
「あぁ~うん。うん。こりぁまぁ~」
そんな目を細めて、口を歪ませなくたって、分かってますよ。
似合ってないって!
ドレスを着てるからか馬車に乗り込む私に、秘書官様が手を貸して下さる。
人生初めての貴族令嬢あつかいに、つかまるその手が震えてしまった。