10 あたしはレオンに夢中で恋をした 【ビアンカ】
【SIDEビアンカ】
あたしは生まれた村は、かつて『サキュバスの隠れ里』と言われていたらしい。
しかし、魔族の血を維持しようと、外界と遮断した生活をしていたのは遠い昔。
今や『若干魔族の血が濃い』村人が住んでるだけ、の普通の村に成り下がっていた。
そんなただの田舎の村にある日、レオンハルトと名乗る恐ろしいほどの美貌を持つ青年がやってきた。
長身痩躯、漆黒の髪に白皙の美貌、レッドパープル・アメジストの瞳、優雅なしぐさ、村中が騒然としたが、その理由は彼の外見の美貌ばかりで……
「どうして? ものすごい魔力じゃない! もしかして純血の魔族?」
純血の魔族なんて存在するのだろうか? でもこの圧倒的な魔力量は……
「娘。お前魔力が分かるのか?」
気が付けば背後に、その美貌の魔族がいた。
「へぇ~お前自身も中々の魔力量じゃないか。だから魔力が見えるのか。先祖返りかな?」
あたしに魔力が!?
美の化身のような青年が、あたしの顔を覗きこんでくるので、一瞬で顔が熱くなる。
「お前はここでは異質だぞ。この魔力量では寿命も村人よりずっと長いぞ? 暮らしていけるのか?」
そう、今のあたしの悩みは25才にもなるのに、子供にしか見られないこと。
初潮もまだ来ていなくて、村人から気味悪がられている。
成長が遅いことと、寿命の長さは関係あるの?
「ここでは生き辛いぞ? どうだ? 私と一緒に来るか? 魔力の使い方も教えてやろう」
もちろん、行くに決まってる!
美少女として村外でも評判だったのに、成長が遅くなってから寄ってくるのは、幼女趣味の変態ジジィばっかり。
あぁ! こんな奇麗な人の側にいれられるなんて、夢みたい!
それから100年ほど彼、レオンと二人で世界中を旅した。
本当に夢のような日々で、あたしの宝物。
そうして成長し、大人の身体になると生理も始まり、サキュバスとしての本能に目覚めた。
するとレオンは、あたしの相手もしてくれたのだ。
サキュバスは男の精力を糧に生きる魔族だ
そのあたしが望むままに、彼は抱いてくれて精力を与えてくれた。
もう嬉しくて嬉しくて、レオンに夢中で恋をした。
近づく女はもちろん、男、子ども、老人だって蹴散らかしてやった。
ずーっと側に、永遠に側にいたいと願っていた。
だがそんな幸せな日々も、デリウス国に滞在する事になって終わりを告げた。
このデリウス国でレオンは伯爵の爵位を持っており、領地こそないが王都に大きな屋敷も持っていた。
ある日、レオンがその屋敷の寝室に一人の女を引っ張りこんだ。
そしてあろうことか……
「何をしてるのレオン!」
「何って? 見て分からないか?」
腰を振りながら、レオンが答える。
「どうしてそんな女と! あたしがいるのに!」
あたしは女に掴みかかろうとした。
が、レオンに払いのけられる。
今まで彼に近づく男女を殴りつけるあたしを、笑って見ていたレオンが……どうして!
床に転がったあたしは、震えながらベットで腰を振るレオンを見上げる。
「コレに子を産ませようと思うんだ」
にこやかに微笑むレオン。
「……子供ならあたしが産むよ!」
「ん? ビアンカは純血じゃないから、お前との子はいらないな」
息が止まる。
「この娘は獣人の純血なんだ。バンパイアの純血と狼獣人の純血の子どもってどんな子が産まれるのか……とても興味がある!」
狼の耳を頭に生やした獣人の女は気狂いだった。
まともに話せず、その口から聞こえるのは喘ぎ声だけ。
そんな女をレオンは、毎日抱いた。
気が狂いそうだった。
やがて女の生理が止まり、腹が膨れはじめる。
そして産声が、屋敷中に響き渡った。
あたしは無関心を装い、部屋にこもり続けていた。
「レオン、レオン……子どもが産まれたからもういいよね? 早く二人でまた旅に出ようよ!」
そうつぶやいていると、あたしの心が通じたのか、レオンがするりとあたしの部屋に入ってきた。
「レオン!」
飛びつこうとしたあたしに、レオンは距離をとる。
「ビアンカ、赤ん坊見たか?」
「……見てない」
「うむ……普通の子なんだ。もっと化け物みたいな子が産まれると思ったのだが……魔力もそんなにないし。がっかりだな」
「……そう」
赤ん坊なんて興味ないわ。それより……!
「それで、まぁ楽しみも終わったし、そろそろまた旅に出ようと思うんだ」
「そうね! それがいい! すぐ用意するよ!」
「あ~もうビアンカはいいよ。私一人で行く」
「え!? ……どうして?」
「もうビアンカと一緒にいるのに、飽きたんだ」
ちょっと眉をさげ、困ったようにレオンが告げる。
「産まれた子は一応私の子だし、この屋敷と爵位を継げるように王家に頼んでおくが……ビアンカはこのまま、ここに住みたかったら住んでてもいいぞ」
レオンが近づいてきて、私の目をのぞき込む。
レオンに言われたことが理解できなくて、混乱しているあたしはただ立ち尽くすだけ。
「ビアンカの寿命はあと150年くらいだな。それまでにこの国に戻ってくるか分からんから、これでさよならだ」
にっこりと微笑んで、レオンは部屋に入ってきた時と同じように、するりと出ていった。
今思えば連れて行ってくれと、泣いてすがれば良かったと思う。
あたしとの子はいらないと言われたこと。
飽きたと言われたこと。
その言葉があまりにも辛くて、動くことができなかった。
これが何千年もの時を生きる、純血の魔族レオンとの最後の別れ。
そして、その後二度と会うことはなかった。
*************************
屋敷には王家から使用人が派遣されていたので、それなりに優雅な生活が送れたので一人になってしまったあたしは、ただ無気力に日々を積み重ねていた。
そんなある日、使用人の女が声をかけてきた。
「乳母を雇った方がいいと思うのですが……このままでは若様は……」
若様……赤ん坊は男だったらしい。
ヤギの乳を飲ませても全く飲まないらしく、日に日に衰弱しているらしい。
「産んだあの女はどうしたの?」
乳なら母親がやればいい。
「それが……急にいなくなって」
知能が低く森で暮らしていたらしいから、屋敷など窮屈だったんだろう。
正直赤ん坊が死のうが、どうでも良かった。
ただ、レオンは『普通』と言っていたなと思い出し、どんな姿をしているんだろうかと、ちょっとだけ興味が湧いたのだ。
赤ん坊の部屋は王家が用意したのか、可愛らしく飾り立てられていた。
フリルで縁取られたベビーベットに近づく。
「あぁ……!」
ぐったりと横たわる小さな命は、漆黒の髪に血管が透けるほどの白い肌。
虚空を見つめる瞳は、レッドパープル・アメジスト!
「レオン……!」
その姿はまるで小さなレオンだった。
「ミルクを全く飲んで頂けないんです」
ついてきた使用人が困ったように告げる。
そこで思いつく。
ここまで獣人女の特徴が皆無で、レオンと瓜二つならもしや……
使用人を部屋から追い出し、人差し指を歯で傷をつける。
指を押さえつけ血を絞り出し、赤ん坊の唇に近づける。
そうすると赤ん坊は、あたしの指に吸い付き懸命に血をすする。
よほど腹が減っていたのか、それはそれは必死に。
「くくくっ」
レオンにそっくりな顔が、私の指に必死に縋り付くその光景に、愉悦の笑みがあふれる。
「はははっ。いい子だねレオン。そう、お前の名前はレオンハルトだ!」
こんなにそっくりなんだ。
同じ名前でいいだろう?
「かわいいねぇ。そう、あたしにもっとすがるんだ『あたしだけのレオン』」
この日からあたしは、このレオンハルトの乳母になった。




