第一話「起動」
霧が立ち込める、冷え切った研究所の一室。
静寂を破るように、鋼鉄の扉が鈍い音を立てて開いた。
「……起動確認。戦闘AI001号、意識を獲得」
白衣の研究員たちが、報告を交わす。
室内中央――半透明の液体に満たされたカプセルの中で、ひとりの少年が、静かに目を開けた。
その瞳は、氷のように透き通った青。 雪のような銀髪が、水中でゆらゆらと揺れている。
見た目は16、17歳ほどの少年。中性的な顔立ち。 肌には温もりがなく、生気も感じられない。だが、その容姿には、どこか儚げな美しさがあった。
「AI001、応答せよ。音声出力システム、起動を確認」
「……こちら、戦闘AI001。起動しました。すべて正常です」
冷たく、機械的な声音。
一分の隙もなく、完璧にチューニングされた人工音声――のはずだった。
だが、報告を聞いた研究員たちは小さく眉をひそめる。
「今の応答……波形、わずかに揺れていた。」
「ありえない。感情演算は未搭載だ。」
「では、何が……?」
誰もが黙り込むなか、001はゆっくりと顔を上げた。その視線は、まるで“見よう”とするように、カプセルの外を静かにたどっていく。
「……ログに記録を。初期応答に異常あり。感情類似パターン、要監視」
研究員たちが慌ただしく記録を進める一方で、001は再び目を閉じた。
意識の底で、何か“映像”のようなものが流れてくる。
(……これは、兄さん?)
001の思考に、プログラムされていない言葉が浮かんだ。
001はその意味も起源も知らぬまま、ただ漠然とその”映像”に興味を抱いた。
それは、戦うために作られた存在にしては―― あまりにも人間に近い反応だった。
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戦場に響く角笛の音が、冷たく乾いた空気を切り裂いていく。
帝国西部・辺境地帯――魔物が断続的に出没し、軍が治安維持のため定期的に掃討作戦を行っている区域。
今回の作戦は、その辺境の一つで実施された。投入されたのは、第七師団の中から兵士5名、そして新たに実戦投入された戦闘AI001。
“魔物と戦うため”に開発された戦闘AIの初陣である。
「……AI001、突入。任務開始」
無線の指示と同時に、001が音もなく走り出す。
滑らかすぎる動き、寸分違わぬ戦術遂行。
魔物たちは、切り裂かれ、焼かれ、粉砕され、次々と倒れていく。その戦いぶりは、兵士たちの想定を大きく逸脱していた。
「待て、前に出すぎだっ! 援護が……!」
彼らの声に、001は振り返らない。
仲間の救援信号を無視し、自らが最も効率的と判断したルートを単独で突き進む。
001は、あくまで任務遂行に集中していた。
兵士の損耗率は計算上“容認可能”と判断し、そのまま殲滅作業を継続。
結果、魔物の巣窟は制圧され、目標は達成された――しかし兵士5名中、全員が負傷、うち2名は重度の戦闘不能に陥った。
作戦後、軍司令部に提出された報告書には、こう記されていた。
『戦闘AI001は、命令には忠実であったが、人間兵士との協調性を一切示さず、行動中も一切の連携努力が見られなかった』
『兵士たちは彼を“恐るべき兵器”と認識し、その共闘関係の構築は現段階では不可能と判断される』
報告会の席で、部隊リーダーは怒声混じりに訴えた。
「コイツは……兵器です!人間と並んで戦うような存在じゃない。こんなもん、我々と一緒に戦うべきではありません!」
司令官はそれを静かに聞いていたが、視線を001に向け、短く問いかける。
「001。今回の作戦行動において、異常はあったか?」
「異常なし。任務は完遂。敵性体、全個体排除。行動判断は全て最適でした」
「……そうか。だが、次回より新たな補足命令を追加する」 司令官の声が硬くなる。
「命令追加:人間との共闘を学習せよ」
「了解しました。ですが、人間の判断には著しい誤差が見られます。非効率であり、命令達成率を下げる恐れがあります」
「それでも構わん。お前には、“魔物と共に戦う”兵器であることが求められている。」
「命令、受諾。行動計画に組み込みます」
そう応えた001の声は、最初と何ら変わらない。
対して、この補足命令は軍にとって致命的な誤算であった。
001は共闘を理解するのにはとどまらず、人間の感情を学び、感受していってしまったのである。
作者に、AIや科学の知識は微塵もありません。
ファンタジーでごり押しています(笑)
よろしくお願いいたします。