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第3話 戦場で

リリーナちゃんから、ボクにLIMEが来たのは、8月30日AM2時。

草木も眠る丑三つ時に何事かと思って読んでみると

リリーナ【キョウと別れるかもしれない】

げっ⋯恐怖怪談だ。

成美【何があったの?】

リリーナ【浮気された】

成美【わかった。一旦落ち着きなさい。朝になったら会おう】

リリーナ【うん】

さて、あの男相手なら、来るべき時が来た感じだけど、リリーナちゃんの早とちりの可能性も無きにしもあらず。

せっかく頼ってくれたんだから、なんとかしてあげたい。最終的にはあの男の腕と肋骨と股間を折れば済む話。



恭ちゃんから、僕にLIMEが来たのは、8月30日AM2時。

夜ふかし癖が抜けずに、丑三つ時まで起きていたのが運の尽き。

嫌な予感しかしなかったけど、読んでみると

恭【リリーナが家出した】

げっ⋯面倒案件。

謙一【なんで!】

恭【喧嘩しちゃって、俺ちゃんの家から出ていっちゃった】

謙一【朝になったら、一旦会おう】

恭【わかった】

99.99%恭ちゃんが悪いんだろうけど、どちらにせよ、こんなに早く友人を失いたくはない。

⋯勘弁してくれよ、本当に。



朝になったのでリリーナちゃんに連絡を取ると、どうやら昨晩は漫喫に泊まったらしい。高校生に泊まりで使わせるなよ、と思ったけど、それがなければどこに行ってたかわかったもんじゃないので、今回は不問。

これからのこともあるので、とりあえず近所の駅で待ち合わせをして、ボクの家に連れ込んだ。

「明後日から学校でしょ?なんで家に帰らないで漫喫なんて行くの!」

危ないことには変わりないので、とりあえず叱る。

「キョウが来たら、イヤだから⋯」

まぁ、新しい自宅くらいは教えるか⋯でも、やっぱり危ない。

「そういうときは、まず行動しちゃう前にボクとか他の女子を頼りなさい。まったくもう」

「はい」

しおらしいリリーナ可愛い、なんて感情はさておき、本題に入らないといけない。

「で、あいつが浮気したってのは、どういう状況?」

「キョウの家に行ったら、知らない女の子がいた」

アウトだな。

「アタクシが行ったら、その女の子、慌てて帰っていったの」

死刑だな。

「それで、キョウに聞いたら、アタクシと知り合う前にイベントでナンパした人で、相談したいことがあるって言われたって」

「家に上げる理由にはならないね。で、どうしたい?どうしてほしい?」

そう尋ねるとリリーナは泣き出した。

「別れたくないの⋯まだ好きなの⋯ナルミ、アタクシどうしたらいいのか、自分でもわかんないの」

と、ボクの胸に飛び込んで泣きじゃくった。

こりゃ、全員集めて裁判かな。約1名、即死の呪いとか、かけそうだから悩むけど。

ボクはリリーナの頭を優しく撫でながら、途方に暮れた。



さて朝になり、恭ちゃんの自宅へと訪れることになった。

久々だけど、コスプレ始める前はよく行ってたので、勝手知ったる道。

ちなみに実家の直ぐ側のマンションに一人暮らししてやがる。

で、ちょっと悩んだけど、事後報告になるとすごく怒られそうなので、真琴にはメールしておくことにした。

その返信が【了解です】と短いものだったので、逆に怖くなった。



朝から謙一のとんでもないメール。

どうしよう⋯リリーナの力にはなりたいけど。

とりあえず成美さんに連絡してみよう。先輩二人は危険な気がする。



リリーナを抱きしめて不謹慎な気持ちを抱きながら慰めていると、携帯が鳴った。

⋯真琴ちゃんってことは、恭くん→謙一くんルートか。

「もしもし、リリーナちゃんのこと?」

「え?あ、ひゃい」

「今、ここにいてボクが慰めてるとこ。あっちの話は謙一くんが請け負うってことでいいのかな?」

「そうみたい。まだ、未来さんと望さんには話してないけど」

「うん、そこはまだしなくていいよ。謙一くんも、真琴ちゃんだけでしょ。幸次が知ったら多分殴り込み行っちゃうから」

「え?殴るの?」

「結構、ヒーロー気質だから、彼は。恭くんタイプとは、謙一くんがいなければ、付き合わないと思うよ」

「そうなんだ⋯」

「ん?あぁ、ちょっと待って」

リリーナちゃんが電話を代わってほしいとジェスチャーしてきた。

「もしもし、マコト?ごめんね、心配かけて」

「リリーナ?うん、謝らなくていいよ、友達でしょ」

「マコト、好き」

「へ?あぁ、ありがと」

なんか変な感じになりそうだったので、携帯をリリーナから取り上げた。

「あ、真琴ちゃん。とりあえず今日はボクがリリーナちゃんを保護しとくから、進展あったら教えて」

「わかった。連絡します」



そして恭ちゃんの部屋に上がった僕に

「ゲームやる?」

とコントローラーを差し出してくる。

「そんな場合じゃないし、そんなことしたいわけじゃないだろ?」

「うんまぁ、そうなんだけど」

「もう、さぁ⋯で、実際どうなの?喧嘩って何?まさか浮気したの?」

「いや、手は出してないよ。そういう流れの前にリリーナ来ちゃったし」

浮気で正解なのが嫌なんだけど。

「えーと、手を出す気ではいた、と?」

「向こうから誘ってきたら、ね」

あぁ、自分は悪くない状況作るの上手いもんな。

「で、問題の女子は、あのときのコスロードでナンパした娘?」

「よくわかるな」

「それ以外チャンス無かったでしょ、最近じゃ」

「それもそうか」

「あのさ、なんか切り替えようとしてるけど、リリーナさんをどうしたいんだ?」

「そりゃ、別れたくないさ。だから相談してんじゃん」

「ここに来てから相談なんてされてない気がするけど」

「まぁ、とにかく助けてよ」

「リリーナさんに恭ちゃんは浮気してないから、今まで通りでいてあげてって言えばいいの?」

「そんなとこ」

こんな本音、女子に言えるだろうか?いや言えない。

恋愛経験一番豊富なやつが浮気性ってのが問題だな、生物部は。

と、そこへ

「おーい、来たぞ。なんだよ急に呼びつけて」

と、崇が来た。

「オレだって暇じゃないんだぞ、まったく。あれ、謙一もいんのか」

「あ、朝からお勤め、ご苦労さまです」

「最初の挨拶がそれか!」

説明無しに呼んだのか。

「恭ちゃん。なんで崇まで?」

「いや、イクミンと幸次はうるさそうだし」

「そりゃそうだろ⋯崇、恭ちゃんが浮気しようとしてバレて捨てられそうだから助けてって」

「オレ、帰っていい?」

「駄目だよ。御仏の力が必要な事態なんだよ」

「やかましい!」

「謙ちゃん、ふざけてないで助けてよ」

「崇ちゃん、帰らないで助けてあげてよ。僕は帰るから」

「「おい!」」

だって嫌だもの、こんな話に関わるの。

崇に押し付けるのは失敗したので、仕方なく対策を考えてやろう。

「わかったよ、もう。崇もいてね」

憮然とした顔で床に座り込む崇。

「恭ちゃん、僕と崇に何か冷たい飲み物をお出ししなさい」

「わかった」

と、素直に恭ちゃんがキッチンに行ったので

「で、どうしよ?」

と声を潜めて、嫌だけど崇に顔を近づけて密談。

「女性陣にチクって、裁きを待つしか無いと思うぞ、オレは」

「同意見。もう真琴には報告済み」

「オレも未来に報告しとくか」

「あ、ちょっと待って」

携帯に真琴からメールが来た。

「⋯⋯リリーナさんは家出したけどバーサーカーが保護中。ムリョウ&宝珠への連絡はもう少し待てってさ」

「言わないとオレが怒られそうなんだが」

「真琴の指示って言えば、大丈夫でしょ」

「それもそうか。しかしバーサーカーが噛んだ時点で」

「葬式の準備かもしれない」



謙一から返信きた。

いきなり和尚まで呼んで周りを固めようとしてるのか。ズルい人だなぁ。

さすがに謙一も庇う気はないみたいだけど、これで別れたりすると、謙一が壊れちゃうかもだから、もう。キョウジのバカ!

とりあえず成美さんに報告と、和尚絡んじゃったから未来さん望さん解禁の許可を貰わないと。

ズバズバとエッチな話しされるのも苦手だけど、こういう恋愛相談も苦手っていうか、初めてだし、嫌だなぁ。



ふむ。恭くんは謙一くんだけじゃなく、崇くんも呼んだか。こりゃ全員で裁判にしないと、いらん亀裂が入りそう。

「リリーナちゃん」

「ん?」

「みんなの前で一旦話し合おう。もう、こそこそ進められなくなりそうだから」

「ごめんなさい。個人的なことなのに」

「恭くんがいらんことしなきゃよかっただけの話だから、リリーナちゃんは悪くないよ」

「でも⋯」

とまたグズり始めたので、優しいお姉さんは胸を貸してあげるのさ。

さて、集合⋯ボクがかけるの?なんか違う気もする⋯こういう時は謙一くんだな。真琴ちゃんには後で土下座するとしよう。



【全員集合。要裁判。今日中に全員集めて。お・ね・が・い】

バーサーカーから変なメール来た!

そうだよな。守りたい僕が動かなきゃ、だもんな。

裁判⋯やる場所⋯

「崇、どこかカラオケルームの予約取って。今日の午後一、10人で」

「⋯なるほど、わかった」

「頼む。予約取れたら、僕が集合かけるから」

「ん?カラオケすんの?」

「そうだね、散々うたってもらおうか」

「???お、おう」

「謙一、一時半から、思い出のカラオケルーム、抑えた」

「また、もう、よりによって」

「集まりやすいだろ、全員だと」

「そだね」

さてグループLIMEに一切配信。

【本日13時半より、思い出のカラオケルームで恭くん不義発覚に関しての公聴会を行います。実力行使無しでの参加をお願いします】

みんなから了解だの承知だの短い文言での返事が⋯怖いなぁ。

「謙ちゃん、もしかしておれちゃん、責められるの?」

「あのね、リリーナさんはバーサーカーが保護してるの。もう、僕と恭ちゃんだけの話じゃ済まなくなってるから」

「え⋯」

「逃げないで、ちゃんとしよ」

「味方、してくれるよな?」

「僕は事態の収拾に務めたいと、思う今朝この頃」

「で、どうなの?」

恭ちゃんに遠回しな言い回しは通じない。うん、わかっていたさ。

「恭ちゃんとリリーナさんを別れさせたくはない」

「おぉ、頼もしい」

まぁ、約二名を除いて、命までは取らないだろう⋯取らないといいな。

「謙一、お前」

と、崇が心配そうな目で見てくる。

「僕は自分のエゴを貫くだけだよ、和尚様」

「まったく⋯さぁ、どっかで昼飯でも食ってから行こうぜ」

「よっしゃ、おれちゃん腹減ったぜ」

なんで食欲あるの、恭ちゃんが⋯



ケンチめ、しっかり釘刺ししてきた。

でも、呪いをかけたかどうかなんて、素人にはわからいから、場合によっては私なりの実力行使はします。



ケンチのLIMEのあとに崇からメールも来た。

【殴るの無し】

って、あいつめ。あたしのこと、どう見てるのか、そっちを問い詰めようかな。



なんでこんなくだらないことで、貴重な休みを消費させられなきゃならないのか。

やっぱり、生物部に引き込むべきじゃなかったか?

いやでも、あいつがいなきゃ望とも出会っていないわけだし。

いらつく。



不義⋯浮気したんだな。

女の子を泣かすやつは許すべきじゃない。

謙一には悪いけど、あいつを追い出すしか⋯でも、そうするとリリーナさんが⋯



てなわけで、僕と崇と恭ちゃんでファミレスにいる。

飯を食ってる。

僕と崇の口数は少ないが、恭ちゃんがひたすら喋ってる。

要約すれば、明確に振るような形になったのは宝珠だけで、今までの女は皆自分を振ってきた。自分は被害者でもある。

傍から聞いていれば殴るしか無いような意見だ。

実際、僕も崇も殴りたい気持ちを互いにアイコンタクトで制止しあっているような状況だ。

でも、なんて言うか、悪人ってわけじゃないんだよな。馬鹿野郎なだけで。これで恭ちゃんのことを嫌いになるかって言うと、なれない自分がいる。

自分の数少ない友人を失くしたくない、自己保身な発想ではあるのだけれど、それでも⋯

「謙ちゃん、食欲ないの?」

「あるか!バカタレ!」

うん、これくらいは言わせてくれ。



集合時間の15分前くらいに、カラオケ屋の前に着くと、すでに皆いた。

うつむいたままのリリーナさん。6人の殺意を帯びた恭ちゃんへの視線。

僕と崇は恭ちゃんの両側から腕を掴んで拘束。

「え?」

「え?じゃないよ、まったく。一瞬逃げようと思ったでしょ?」

「謙ちゃん、鋭い」

「幾美、幸次、前後お願い」

との崇の指示に、無言で恭ちゃんの前後に立つ二人。

もう、怖くて僕が泣きそうだ。帰りたい。真琴をずっとギュッとしていたい。

と、真琴を見ると顔を伏せて、こっちを見てくれない。

恭ちゃんが終わる前に僕が終わりそうな気がしてくる。

「揃ったね。じゃあ、入ろうか」

と笑顔で言う成美さんも怖い。

店内に入り、案内された部屋は、あの日、初めて真琴たちと入った部屋だった。

ムリョウさんと宝珠が恭ちゃんを部屋のドアから遠い奥へと押し込め、向かい合うように女子5人が座り、僕達男子五人はドア前を塞ぐように立たされた。

すると、真琴が立ち上がって僕の腕を掴み、部屋の外へと連れ出した。

「謙一、大丈夫?」

僕の両手を握り、心配そうに見上げてくる。あぁ、いつもの真琴だ。

「う、うん」

「何でもかんでも謙一に押し付けるようになってごめんなさい」

と、真琴が頭を下げてきた。

「いや、真琴は何も悪くないし」

「あとはみんなに任せて帰っちゃう?それでもいいって、みんなには言われてる」

「え?」

「みんな、謙一のことを心配してたよ。リリーナもだよ」

僕は大きく深呼吸をした。

「よし。大丈夫。法廷に参加する」

真琴は素早く背伸びをして僕の頬にキスをした。

「真琴」

「じゃあ、戻ろ!」

「う、うん」

僕は真琴に勝てない。



「被告、南部恭は昨日、原告、リリーナ・スズハラに対し、重大な裏切り行為をした。間違いないか?」

部屋に戻ると幾美がなんかノリノリで裁判官してた。

「確かに、女の子が部屋に来たけど、おれちゃん、何もしてないから」

「してるしてないじゃなくて、連れ込んでる時点でアウトだろ!」

あ、幸次が怒ってる。開始早々これじゃ、もう駄目かな⋯でも、

「幸次、落ち着け。恭ちゃん、みんなの前できちんと説明して。嫌なのはわかるけど」

「コスロードに行ったときに知り合った娘でさ。ほら、幸次と謙ちゃんが真理愛さんと成美さんを見せびらかしに来たときね」

うん、言い方⋯行ったら、恭ちゃんがいただけじゃん。

「被告が原告と知り合う前だな」

幾美、そのノリ続けるんだ。

「そうそう」

「では、その時の女性、仮にA子さんとしよう。そのA子さんとは、被告が原告と付き合うようになった後も、途切れずに連絡は取っていた、と」

「別に連絡とるくらいはいいよね?おれちゃん、口説いたりしてないし。悩み相談とか乗ってただけだし」

僕は今にも掴みかかろうと身構える幸次の腕を掴んで止める係になった。

「原告は、被告がそのような連絡をA子さんと取っていたことは知っていましたか?」

「え?あ、アタクシ?ううん、知らないよ」

ムリョウさんも宝珠も、ずっと顔を伏せてるなぁ。怖いなぁ。

「A子さんが被告の家に来たのは、今回が初めてですか?」

「うん、初めて。どうしても会って相談したいっていうからさ」

「一体、なんの相談を?」

「自分には好きな人がいるんだけど、その人には彼女がいて、どうしたら振り向かせることが出来るのか?って」

恭ちゃん以外、全員がため息を付いた。

おそらく、99%、当の本人に相談という名の告白をしてるんだよな、A 子さんとやら。

そしてリリーナさんが来ちゃったから、修羅場を避けて逃げた、と。

そこを恭ちゃんは、よく理解していない、と。

「もう、打ち首獄門でよくない?」

ぼそっと物騒なことを言うムリョウさん。

「もう、役に立たなくなる呪いでよくない?」

宝珠も変なこと呟いてるし。

成美さんは無言で指バキバキ鳴らしてるし。

真琴は⋯俯いたままだけど、多分怒ってる。

殺気が上昇していく空間をなんとかしようとしたのか、幾美がわざとらしく咳払いをし、言葉を続けた。

「原告は被告をどうしたい?」

成美さんが心配そうな視線をリリーナさんに送る。

「アタクシは!キョウと別れたくない!」

堂々とした宣言!

それを聞いた恭ちゃんの笑顔。

「でも、なんの罰もなくこのままは嫌!」

うんうんと頷く成美さん。多分、入れ知恵したんだろうな。

それを聞いた恭ちゃんの引きつった顔。

「わかった。原告は被告に何をしてもいい。⋯傍聴人は手を出さないように」

キッと幾美を睨む宝珠。怖いよ、ほんとに。

「別に、部長の言う事聞く義務、あたしたちにはないよね?」

ムリョウさん、正論だが、それを言っちゃおしまいなわけで。

天を仰ぐ裁判長・幾美。

いや、仰ぐな。

僕は大きく息を吸って

「静かにしやがれ!」

と怒鳴った。

皆が固まる。ごめん、真琴も固まっちゃった。

でも、続けるしか無い。

「リリーナさん」

「は、はい」

「具体的にはどうしたいの?」

「え?うん、引っ叩きたい」

「わかった。今すぐやって」

「いいの?」

「うん」

「ちょ、謙ちゃん」

「お互い、別れたくないんだろ!だったら、さっさとやることやって締めてくれよ!禍根は残るのかもしれないけど、それは二人で解決してよ!」

成美さんがリリーナさんを促して立たせ、恭ちゃんの前へ。

リリーナさんは思い切り振りかぶり、恭ちゃんの左頬を引っ叩いた。

あ、ほんとに吹っ飛ぶんだな、本気で殴られると。

「キョウ!さっさと立ちなさい!それで、アタクシにゴメンナサイしなさい!それで⋯慰めなさい!」

恭ちゃんはふらふらと立ち上がって、一瞬僕を見て、リリーナさんに向き合った。

「⋯ごめん、リリーナ。もうしないし、あの人とは連絡取らないから」

「よし!」

とリリーナさんは大きく頷くと、恭ちゃんに抱きついた。恭ちゃんも抱きしめ返して、リリーナさんの頭を撫でる。

「はい。二人はもう帰って」

と、僕はさっさと被告と原告を部屋から追い出した。



残された4組8名、全員無言。

すると真琴が立ち上がり、僕のもとへ来て抱きついてきた。このメンバー内だと、普通にやるようになったよね、真琴。

「ごめんね。固まらせて」

「どんなお詫びなの⋯」

さらに真琴は力を込めて抱きつき、すっと離れて皆の方を振り向いた。

「みんな座って」

その一言に、ムリョウさんと宝珠が怯えだす。

「あの、真琴、さ」

「未来さん、黙って」

「はい」

きっちりとカップルごとに並んで座っているのがおかしくもあるが、真琴のお説教タイムが始まった。

「みんな、最初に言ってたよね?自分たちに任せて謙一は帰っていいって」

「「「「「「はい」」」」」」

「で、部長さんは仕切りきれず」

「う」

「幸次さんは殴りかかることしか考えてなく」

「う」

「成美さんと未来さんと望さんは、処刑することしか考えてくなく」

「「「う」」」

「和尚は特にありません」

「え?」

まぁ、幸次を止めてただけだもんな。

「謙一がまとめなかったら、この場で乱闘騒ぎになって、警察呼ばれてたかも、だよ!」

「いや、そこまでは⋯いえ、なんでも」

反論しかけた幸次を一睨みで黙らせる真琴。

「謝って」

「ま、真琴、さすがに⋯」

「だめ。謝らせる」

いや、この後、僕が気まずくなるんで。

あ、宝珠が泣き始めた。

「真琴、ちょっと落ち着いて。僕のために言ってくれてるのはよく分かるんだけど、ほら、宝珠がなんだかベソかいてるしさ」

「でもでもでも」

仕方がない。恥を忍んで、

「ふぇ」

僕は真琴にキスをした。

よし。真っ赤になって静まった。

「謙一、俺等は一体何を見せられてるんだ?叱られて、お前らのキスを見せつけられて、どうしろっていうんだ?なぁ」

あ、幾美が怒った。

あ、宝珠が僕を睨んでる。

「いや、その、さ。僕はみんなに謝ってもらわなくて大丈夫だしさ。その宝珠も落ち着いて」

「ケンチ、私の眼の前で、私の真琴に何してくれてるわけ?」

ベソかきの反動で怒りゲージが溜まるの速いな。

「宝珠のじゃないけど」

「あ?」

「望さん?」

「すみません」

復活した真琴に叱られて、速攻縮こまる宝珠。

天井を見つめる成美さん。真っ赤になって小声でワーワー言ってるムリョウさん。

幾美、幸次、崇は疲れた様子でうなだれてる。

「け、謙一、あの、みんなの前で、するのは、さすがに、その」

あわあわし始める真琴。

「というわけで、恭ちゃんとリリーナさんの件は閉廷。あとは二人に任せて、今日は解散!お疲れ様でした!」

と一息にまくし立てて、僕は真琴の手を引き部屋から脱出した。

「け、謙一、ちょ」

「大好きだよ、真琴。ほんとにありがとう。今日はもう気分転換にデートしよ。夏休み最後のデート」

「あにょ、謙一、そんなにストレートに、あにょ」



幸次がぐったりした様子で言った。

「好き勝手やっていって出ていったわけだが」

「あの、さ。今回みんなを集めさせたのは、そもそもボクなわけで」

「成美?」

「うん。ボクが全員集合かけるのは、なんか違う気がして、恭くんに捕まってた謙一くんにまかせちゃったわけで」

「で、謙一を呼び出し役だけにして済まそうとした、と」

「うん。だから帰していいよねってみんなに言ったの」

「スジが通っていそうで、通っていないな」

「あはは、幾美くんは痛いとこ突くね」

「そもそもさ」

「そもさん?せっぱ!」

「真面目に聞けよ幸次はよぉ」

「仕方がねえな」

「恭とリリーナさんの二人の問題なんだから、二人で解決するべきだったんだよな」

「恭が謙一とお前を。リリーナさんが成美さんをいきなり巻き込んだのが悪い、と」

「幾美、オレはそこまで言うつもりはない」

「じゃあなんだよ」

「二人じゃ無理だと判断したから、あいつらは最低限のメンバーに頼った。要はオレと謙一と成美さんだけで良かったんだよ」

「やっぱボク悪党だね」

「崇、成美のこと責めるのか?」

と立ち上がりかける幸次を成美さんが二の腕を掴んで座らせた。幸次の顔が激痛に歪んでいるが⋯

「はい、いらない喧嘩をしないの。で、未来ちゃんと望ちゃん、妙に静かだけど、何かある?」

「「真琴を怒らせちゃった」」

後輩の機嫌に左右される先輩。片方はオレの彼女なわけで。

「はぁ、幾美くん、崇くん、これをなんとかしなさい」

なんか縋るような目で未来がオレを見てくる。

「未来、ちょっとデートして帰ろう」

嬉しそうにうなづきまくる未来。こんなんだっけ、オレの彼女。

「幾美。私を慰めなさい」

「命じられなくても、慰めるよ。まったく」

「あの、成美、そろそろ、離してもらえるか?マジで、さ」

「あ、忘れてた」

解放され天井を仰ぐ幸次。

「忘れたまま、的確に痛覚を刺激するツボを押し続けるなよ」

「ごめんごめん、捕虜を逃さないようにする技なんだよ」

「技なんだよ、じゃない」

悪魔だな、あの人。

「んじゃ、未来、行くぞ」

と、未来の手を握り立ち上がる。

「お前ら、どうする?まだ予約時間内だから歌ってけば」

「そんな気分のやつ、いねえよ」

ご尤も。



わたしは謙一に引っ張られるように街なかを歩く。

「あの、謙一、ね、どこ行くの?」

「ごめんね、真琴。今日は優しく出来ないかも」

「え?え?なに⋯」

あ、そっちは⋯



「なぁ、リリーナ、ごめんな」

まだ、殴られた頬がヒリヒリする。こりゃ、腫れるな。

「ねぇ、キョウ!」

「な、なに?」

「アタクシ、可愛い?」

「え?うん、そりゃもう」

「アタクシのこと、好き?」

「す、好き」

「一番?」

「あぁ、もう、ずっと一番」

「キョウの部屋に行こ。証明して」

「は、はい」

おれちゃん、2学期を迎えられるのかな。



「それじゃあ、望。どこか行きたいとこある?」

「バッティングセンター」

「え?」

「何か殴らないと落ち着かないから」

バッティングセンターはバットでボールを殴る場所じゃないけど、その望らしからぬ直接的な暴力衝動が俺に向けられるよりはマシか。

これは、ベソかいたところをみんなに見られて恥ずかしいいのと悔しいのが無い混ぜになった結果、だろう。

「わかった。行こう。そんじゃな、幸次。明後日学校で」

「ああ」



「幸次」

二人残されたカラオケルームで、成美はおれに真剣な様子で話しかけてきた。

「あなたの正義感は良いものだと思う。ボクもそれに助けられて、付き合うことになったんだし」

「う、うん」

「でも行き過ぎはダメ。相手の事情を幸次の感情で、しかも暴力で発散するような形で裁いちゃダメ。わかる?」

久々にお姉さんモードだ。暴力云々は一番言えた立場じゃない気もするけど、確かに今日はカッカし過ぎた自覚はある。

「わかった。気をつける」

「よろしい。それじゃ、疲れたボクを慰めて。もう、二人きりだし、何しても平気だから」

「カラオケルームは何をしても平気な場所じゃありません」



雨降って地固まると言えば良いのか。とりあえず、今回の案件は治まったとしよう。

日暮れ前だけど、電車の中、疲れて僕の肩にもたれて寝ている真琴。

まぁ、裁判でも、その後の僕の発散にも付き合わせちゃったから、そりゃ疲れるよね。

悪いことをしたと思う反面、僕を想ってくれる真琴の気持ちが嬉しい。

真琴の頬を軽くつついて遊んでいたら、いきなり指を咥えられた。

「おわっ」

「ふえ?」

寝ぼけたらしい。

帰したくなくなる行為は勘弁してほしい。

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