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第7話 追憶・「またね」の後に


「またね!!」


 はつらつな少年の声が、晴れやかな空に高く響く。

 その残響(ざんきょう)が消えないうちに、車はすぐに木々の向こうに見えなくなってしまった。

 ここにあの子がいたのが嘘みたいだ。静まり返った中、ぽつんと一軒だけこの山奥に(たたず)む迫水の家の中に、一人で戻った。


 玄関の土間、ここに置いていたキャンプ道具をひっつかんで、夜の山へ走り出してから、たったの数時間しか経っていないのが信じられない。


 

 昨日の雨量は山の方は大したことはなかったのに、それでも体調は終わっていた。春と梅雨と台風の時期はいつもこうだ。

 深夜、悪夢のリピートにうなされて、すべてが終わって、トイレで吐いてから這うように布団に戻る。山の雨はおさまっている。だから大丈夫だと自分に言い聞かせて目を(つむ)る。


 疲労で気を失うように寝落ちる寸前、不思議な声を聞いた。


「――助けてください」


 急いで目を開けると、そこは寝室ではなかった。視界は真夜中の上川の森の中、泉の真ん中。自分はそこにいて、前方の神社の階段にうずくまる少年を見ていたのだ。


「誰か助けが来ますように……」


 悲痛な願い、闇に溶けて誰にも届かないはずの声をただ一人、自分だけが聞いている。

 夢はそこで終わった。


 

 跳ね起きる。心臓がバクバクと高鳴っている。

 ハイキング用の私服はすぐ側のハンガーラックにかかっている、装備は……確認してる時間が惜しい。前回使ったやつが玄関脇に置いてある鞄に入っているはずだ。あの場所なら道をよく知っていて、夜でも行くことができる。


 現実感があった。あの光景は夢想なんかじゃない。


 急がなくては。

 だって、雨の日の夢に出てくる子どもは、みんな――


 時折雲から覗く月明かりを頼りに、夜の森を走り抜ける。ずっと同じ景色の木々が続くこの道が、やけに短く感じるくらい全速力で。さっきまで吐いて倒れていた自分にこんな体力があることが信じられない。


 それでも、間に合わなかった?

 波紋のない泉、中心に浮く子供の背中。


「――――!!!」


 生まれて初めて、自分の口から出る悲鳴を聞いた。

 荷物を放りだし、真夜中の泉に飛び込む。水の冷たさに心臓が驚く。深さは自分の腰あたりでも、これほど暗く冷たい水に服を着たまま子供が落ちたら、平静でいられるわけがない。


 ――やっぱり誰も助けられない


 

 男の子を水からすくい上げた。ぐったりと力のない手足、真っ白な肌、赤さのない冷たい頬。それに触れた時、自分の手が恐怖でぶるぶると震えているのが見える。

 視界がにじむ。泣いてる場合じゃないのに。心肺蘇生も人工呼吸のやり方もわからない。どこかで教わった気がするのに、どうして。


「なぁ、大丈夫か!?返事をしてくれ……!」


 そのまぶたがゆっくりと開いていった。瞳は月明かりを反射してきらりと、命の(ともしび)が宿っている。


 よかった。君を助けられて。

 救われたのはきっとこっちの方だった。




 いつものように、一人きりの静かな家の中。

 でも心は少し晴れやかだ。

 まずは彼が食べ終わった焼きそばの皿を洗おう。それから、出来なかった応急処置を勉強しよう。あと学校は……明日からはちゃんと行こう。


 マサキの前でお兄さんぶれるよう、もっとちゃんとした奴になろう。

 きっとまた会えるはずだ。

 


 皿の泡を流す。蛇口から勢いよく出た水は、(うず)になって排水溝へ落ちていく。水、水は恐ろしい。

 

 一つの可能性が、ふと頭をよぎる。


 今回は特別だった。夢の中に出てきたマサキは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 泉の優しい神様が、一番近くにいた人間に祈りを繋いでくれたのだ。非現実的なことだってたまにはある。

 きっとそうだ。きっと。

 

 いいことがあったあとに、余計なことを考えてはだめだ。

 

 ――――もし、昨日以外の雨の日の悪夢も、夢ではなく現実だったら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて



 

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