試合後の彼ら
「カイくん、その傷痛くないんですか?」
「……いや、まじめに結構痛いよ。でもこれより痛い思いを何度もしてるから感覚が麻痺しているだけだと思う。だってもう左腕なんかもう感覚ないし…」
「それ、やばいやつじゃないですか?早く医務室に行きましょう!」
アイリスに右手を掴まれ医務室へと連れていかれる。
「失礼します。…あれ、誰もいない……」
「アイリス…そろそろ手を離してくれる?地味に痛いから。」
「ごっごめんなさい、、つい握りしめてしまいました。カイ君、私はヒーラーの方を呼びに…」
アイリスがそう言った瞬間扉が乱雑に開かれる。
「おー、だいぶやられたなぁ、カイ。ちょいっと見せてみな。」
そう言って僕の腕をつかむ。
「先生、ハルシャ卿の腕は治せますか?」
「おうおう、もちろん大丈夫だ。ヒールでどうにかなるケガだからな。まったく無茶しやがって。」
頭をぐしゃぐしゃと撫でまわされるが治療中のため避けることは叶わなかった。その代わりキッと先生をにらみつける。
「なんで先生がここにいるの?もしかしてお祖父様にクビにされた?」
「んなわけあるか。臨時の救護員として抜擢されただけだ。」
そう言ってあきれた顔をするこの人の名前はライウェル・ハルシャ。名前の通り僕とは遠い親戚となる。本人曰くお祖父様の弟の息子、つまりお祖父様の甥というわけだ。ハルシャ家の専属医師である。治癒士や医師としても実力は折り紙つきだが、乱雑で豪快な性格がハルシャ家以外の貴族の屋敷では受けいれられなかったらしいと誰かが言っていたがその通りだろう。
休学期間中にかなりお世話になったためアイリスも先生とは親しかった。
…まあ苦い薬をしこたま飲ませてくれた恩は一生忘れないが。
「んじゃ治療はこれで終わりだ。アイリスは軽症だからいいが、カイはしばらく動くなよ。血は戻ってこないからな。アイリス、カイを見張っててくれ。」
そう言って先生は医務室を出ていく。アイリスをちらっと見るとぶんぶんと首を横に振ってくる。
「リリアン王女殿下が出る試合、見たかったんだけどなぁ…」
「…ダメですよ。先生に動いたらダメだって言われてたじゃないですか。」
「だよねぇ…まーいいや。大人しくしておくよ。実際問題、視界がぼやけてるし。」
そう言って僕はベッドに寝ころびながら傍にあった本に手を伸ばしたのだった。
♢
試合後とある一室
「久しぶりですね、ルシアン様。」
「ああ。久しぶりだな、リリ。元気そうでなによりだ。もう少しで学院の滞在も終わるんだったな。このままうちに来ないか?」
思ってもみなかったルシアンの言葉にリリアンははっと息をのんだ。自分の家に滞在しないかという言葉はリリアンの国では単なるお泊り会への誘いではなく、求婚の言葉として知られていたからだ。それを二年も留学していたルシアンが知らないはずもない。
「いいのですか?」
リリアンようやく絞り出した言葉はとても震えていて今にも消え入りそうな言葉だった。そんなリリアンにルシアンはいつものように軽く笑って紙を数枚手渡した。
「これは…」
「一番上は君の父親からリリを奪ってやった証明書。次はハルシャ家当主の許可証。それで三番目は国王陛下からの許可証だ。」
「いつのまに…」
「ここ半年、私が後継者教育だけを受けていると本当に思っていたわけじゃないだろう?後継者教育はおまけだ。メインは違う。これを手に入れるためにフラーティア王国にも行ったし、王様のは王都に出向く必要があったからいろいろと忙しかったんだ。」
「よく半年でできましたね」
「移動は基本的に転移魔法陣等を無断で借りて移動しまくってたからそこまで時間はかからなかった。この前リリと話した時、謹慎くらったって言っただろう?あれは本当はこの件でくらったものだ。サプライズしたかったから嘘をついてしまった。すまない。」
「…ふふっ、、ルシアン様はどうしてこんなにも可愛らしいんでしょうね。いますぐにでも了承の意を告げたいのですが、もう少し待っていただけますか?」
「…気がのらないがリリがそう言うなら仕方ないな。いつまで待ってほしい?」
「そうですね。学院で美術展が開催されるときまで待ってもらえますか?カイくんにどうしても伝えたいことがあるんです。」
「…私を差し置いて他の男とデートに行く気か?」
「違いますよ。借りを返しに行くだけです。それに、カイくんはルシアン様の従弟君でしょう?そう怒らないでください。」
「別に怒ってない。借りは二倍にして返して、ちゃっかりそれを貸しにするのが私の流儀だしな。彼がリリの気づいていないことに気づいて、リリが彼の気づいていないことに気づいただけだろうし…」
「どうしてそのことを…」
「学院の中にはまだ私の眼と耳がいるからな。ああそうだ、リリに暴言を吐きあがったあのバカは私が処理したいからお前は手を出すなと彼に伝えておいてくれ。あの家はハルシャ家の邪魔をする面倒な家から私の逆鱗に触れた家に成り下がったといえば納得してくれるだろう。」
そう言ってルシアンはリリアンの前に跪き手の甲にキスをする。
「愛しの我が姫に会えて本当によかった。美術展が終わり次第迎えに行く。」
ルシアンはそう言って部屋を出て行ったのだった。




