復讐劇の共犯者
次の日
誰もいない、というかいるはずもない学院の屋根の少し平になっている場所でアイリスと昨日できなかったチェスをしていた。人がいるところでは前世の話などできたものではないので許してほしい。
「あー疲れた。作戦会議がまさか12時超えるとは思ってなかったよ。おかげで寝過ごして授業を受けれなかった。」
「カイくんが朝の授業をサボるのはいつものことですよね?」
「それは言っちゃいけないやつだよ。…そういえばずっと敬語でいるつもり?昔はそうじゃなかったでしょ?」
昔とはもちろん前世のことである。ずっと敬語で話している人など僕は見たことない。
「もちろん敬語以外でも喋れるよ。でも、ずっと敬語だった人がいきなりため口で話し始めたらなんかおかしいでしょ?」
そういいながらしれっと敬語外してる…
「まあ伯爵令嬢だからね。国内初の女性伯爵になる日もそう遠くはないだろうし、言葉遣い一つで批判される時代だから辛いね。」
「慣れれば辛くはありませんよ。ただ、敬語で話すとみんなとの壁を感じてしまうから少し寂しいですけどね。」
「まあ僕たちの寮はそうういうの緩いからなぁ…貴族令嬢であってもため口の人多いしね…寮内だったらため口でもいいんじゃないかな。まあ君のことだから僕がとやかく言う必要はないんだけど。そういえば、アイリスの弟は来年来るんだよね?」
「ええ。カイくんなら知っているかもしれませんけどアルフォードっていうんです。喧嘩っ早い性格で反抗的だから洗脳とかはされてなかったんですけど、この前の夏休みに実家に帰った時に半分ほど軟禁状態だって言ってたんです。学院に入学してしまえばアルフォードには手は出せないから早く入学してほしいんですけど、屋敷に誰もいなくなったら親戚が好き勝手やる気がしてそれはそれで落ち着かないんですよね。」
「この学院を卒業するには最短で3年かかるからね。今のところは保護者代理人の地位の乱用だけで横領疑惑とかも出てないみたいだし陛下も手が出せないから…あぁ、、だから大人しくしてるのか…。」
「…いつだって大人は絶望を味わっている子供にさらなる絶望を与えたがります。それでも、いつかは誤りであると気付いてくれると信じていました。信じていたんです、3年前までは。、、今度ばかりは彼らの愚行を許すわけにはいかないんです。彼らは10歳にも満たなかった弟までも絶望の淵に落としたんですから。」
そう言うアイリスの瞳は怒りに満ち溢れていた。
「…僕にも何かできることはない?君が学院を卒業した後すぐに当主になることは難しい、そうでしょ?まずは汚れを完全に落とさないと。」
「でも一体どうやって…」
「薄汚い彼らにも子供はいる。そう、この学院に。彼らをこの学院からまずは追い出す必要がある。この学院を卒業していない者は爵位を継承できないというルールがあるからね。しかも、貴族が退学となったら、どこの誰がどんな理由で退学したかなんて一瞬で国中に広がるはず。そうなれば貴族ってのはもう二度と表舞台には出てこれない。」
「知っていると思いますけど、貴族を退学にするのはとても難しいんです。どうやって退学にするつもりなんですか?」
「いろいろとでっち上げてもいいんだけど、それをするとばれたときに僕らが退学になってしまうから迂闊にできないしね…。彼らが例えば誰かを暴行していたりしたら別だよ。ただ、この世界にはカメラがないから証拠を押さえにくい。まあこれはあくまで一例で、別に退学にこだわらなくてもいいとは思うけどね。」
あの学院長、勘だけどものすごく強い気がするんだよね。迂闊に手を出すとダメな気がする。無論、生徒に対して関心を持っていない前世の学校だったら簡単に退学させられるんだけどね。
「そうですね。許せないからといってその人の子供の人生まで潰すのはさすがに気が引けます。」
「アイリスは優しいね。僕の場合、自分の優しさは自分の大切なものにしかベクトルが向かない。これも昔の記憶なんだろうけどね。」
「…前世の、、ですか?」
「それもあるけど一番はこの世界に生まれてから記憶が戻るまでの記憶かな。どうして僕が帝国の歴史について専門家並みに詳しいと思う?」
「たしかカイくんは帝国出身でしたよね?しかもフォード家の跡取りなのですから勉強を強要されたとか?」
「ううん、むしろ逆だよ。何の関心も持たれずに育った。母は産後すぐに亡くなったから使用人に育てられたといっても過言じゃなかったよ。なんの期待もされずに誰かに褒められたこともなく育ったからか、喜怒哀楽が著しく欠けていた。それでも父親に認めてほしくて物心ついたときからずっと家にあったたくさんの書物を読んで勉強していた。おかげで文字の読み書きもできるようになったんだけどね。10歳の時に前世の記憶を取り戻したんだけど、その時には屋敷にある全ての本を一言一句たがえずに言えるようになっていた。古代文字や神聖文字もその時には全てマスターしていた。それでも父親が僕に関心を向けることはなかった。その結果僕は良心を失ったってわけだよ。」
僕は一度見たら全て覚えてしまうコウのような記憶力を持っていない。なのにあれだけ覚えているということは本当に必死だったということだ。子供のころにあれだけ勉強したのだから、今勉強することが嫌いであっても不思議じゃないだろう。心理的虐待の後遺症は案外身近なところも潜んでいる。
「そんなことないと思いますよ。」
「そう言えるってことはアイリスはもう僕の大切なものの一つに入っているってことだよ。」
そう言ってルークを持った。
「チェックメイト。僕の勝ちだ。」
唖然としているアイリスを横目に僕は空を見上げる。
「忘れないでね。たとえ家同士が敵だとしても僕は君の味方だから。」
ライの記憶が混ざり合っているからか、アイリスを助けてあげたいと思った。これは僕の感情なのか、それともライの感情なのか、、そんな複雑な思いを抱えながら時間だけが刻々と過ぎていったのだった。




