ネガティブな男
その男は、ポジティブという言葉に無縁のような男だった。
今は順調に伸びていても、いつ会社がダメになるかも分からない。世界的不況に巻き込まれるかもしれないし、上層部の誰かが不祥事を起こして会社の評判がガタ落ちになるかもしれない。
そうなったら、自分も解雇されて収入の道が断たれるかもしれない。だから、今のうちに日々の出費を節約して貯金しておかないと・・・。
自然、同僚と飲みに行く回数も少ない。
「おまえ、そんなんじゃシミったれたままで人生終わるぞ?」
「そういうマイナスの思考がマイナスの結果を招き寄せているのですよ。もっと前向きにプラス思考をしてごらんなさい。」
他人はそんなふうに男に言うが、男はどうしても最悪の事態ばかり想像してしまうことをやめられなかった。
結婚だって、最初はいいだろう。お互いに相手に幻想を見て、ラブラブでいられるかもしれない。
しかし、そのうち現実の相手の姿がそのまま見えるようになれば、すれ違いやケンカにもなるだろうし、それが行くところまで行って罵り合いの末、離婚にも至るだろう。そうならないような相手が見つかるまでは、とてものこと・・・。
男は、独身だった。
町は好景気に沸いていた。だから、こんな男にも「もっと給料のいい仕事がある」という誘いの声がかかったが、男は頑なに断り続けた。
危ない橋は渡れない。そんなふうに金で人を買い漁るようなところは、不景気になれば何の躊躇もなく首を切るに違いない。
このあたりには、大昔15メートルを超えるような大津波が来たことがある。と、町の郷土資料にあった。そんな大津波が、またいつ来るかも分からない。
男の家の近くにある裏山は斜面が急だ。地震で崩れるかもしれないし、逃げるにしても登るのにモタついているうちに津波に呑まれるかもしれない。
だから、男は裏山のあちこちに、毎日少しずつ簡単な木杭だけの階段を作っていた。
「おまえ、またそんな1円にもならないことを。そんな作業するんなら、下の町でやったらいい日当になるぜ。今はこの町空前の建築ラッシュだからよ。」
そして、ある日、地震は突然やってきた。
町を大きな津波が襲った。
男は、地震がおさまると同時に真っ先に山に逃げていた。
よかった、よかった。山は崩れなかった。階段は無事だった。でも・・・。この先に、クーラーボックスに入れて置いておいた非常食と水は無事だろうか? たまたま昨日、熊にでも見つけられて食べられてしまっているんじゃないだろうか?
しかし、クーラーボックスはちゃんとあった。中身も無事だった。
よかった、よかった。でも・・・。
男は山の中腹から、見慣れた家々や建物を押し潰してゆく凶暴な海水の塊をなすすべもなく眺めていた。
町が津波に呑み込まれてしまう。何もかもなくなった町で、オレは一人ぼっちになってしまうんじゃないか? この先、どうやって生きていけばいいんだ?
しまった。そこまで考えてなかった。オレは何とノーテンキなんだ!
しかし、現実はそこまでネガティブではなかった。
男の作った階段を使って、町の多くの人が山に避難してきた。町の顔役が、男を見つけると、駆け寄って涙ぐみながら男を抱きしめた。
「あんたのおかげだ! あんたは町のヒーローだ! 町は流されちまったが、なに、町はまた再建すればいい。みんな命だけは助かったんだ! よかったじゃないか! 前向きに考えようぜぇ! なあ、みんな!」
しかし、男はやっぱりそんなにポジティブには考えられなかった。
金はどうするんだ・・・・? 町でたった1つだけの銀行も流されちまったじゃないか——。
オレの貯金も・・・・・。
「生産性がない」とか「そんな後ろ向きの考えではダメだ」とか・・・。とかく競争社会では、そんな言葉が飛び交います。
しかし、どんな性質も、人類が生き延びるために必要だったから遺伝的にも残ってきたんだろうと・・・。
そんなふうに思いませんか?




