表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

──私の初恋は、半透明だった──

作者: 赤金武蔵

 貴族の令嬢として生を受けて20年。

 欲しいものを与えられ、欲するものを手に入れられた。

 生まれながらにして、神の代弁者(聖女)の力である神聖魔法を使えた。

 なんの不自由もない、でも聖女として自由でもない、矛盾した日常。

 私は退屈な日常に辟易していた。

 そんなある日の夜。誰もが眠りにつき、星の海の中を満月が漂う深夜。

 眠れずに屋敷の中を散歩していて……出会った。

 半透明の、彼に。

 軍服かしら。見たこともない服。だけど、胸に輝く鷹の紋章は王家のものだ。

 頭には軍帽を被っているが、目深に被っているため顔が見えない。腰にはサーベルが垂れ下がり、直立不動のまま動かない。

 私も、彼を見て動けなくなってしまった。

 魔物ではないと思う。魔物というのは独特の気配がある。

 けど、この人(人なのかしら?)からは何も感じない。

 幻覚? それとも目の錯覚?

 疲れているのかしら、私。



「…………」

『…………』



 互いに無言のまま動かない。

 でも見れば見るほど、幻覚とは思えない。間違いなくそこにいる。

 好奇心が疼いた。疼いてしまったのです。

 私は彼の元に近付き、覗き込むように屈んだ。



「────」



 息を飲んだ。今まで見たことのない、絶世の美男子と言うべきか。

 筋の通った鼻。

 クールを通り越した氷のような眼力。

 真一文字に閉ざされた口。

 今までに求婚してきた男性にも、容姿の整っていた方はいた。

 でもこの半透明の人は、まるで神が造形したかのように美しく、華やかで……冷たい印象だった。

 顔を覗き込んだまま固まってしまった私。

 と、彼の目が僅かに動いて私を射抜いた。


 ──とくん──


 たったそれだけの事なのに、私の心音はワンテンポ早くなった。

 とくんとくんとくん。

 鼓動が早まると、体が熱くなってくる。頬も火照っている。

 初めての感覚。どうしてしまったのだろう、私の体は。



『……貴様、私が見えるのか?』

「……え?」



 美しい声に、我が耳を疑った。

 ここには私と彼の二人きり。ということは。



「私に言っているのですか……?」

『聞いているのは私だ。貴様、私が見えるのか?』

「え……えぇ。まぁ……」



 見えるか見えないかと言われたら、見える。半透明だけど。

 そんな私の答えに、彼は軍帽を僅かに上げた。

 月明かりの照らす彼の横顔は美しく、しかし刺々しい印象だ。



『この姿になって600と12年。まさか私のことを見える者が現れるとは、驚きだ』

「この姿、て……その半透明のことですか?」

『うむ。見ての通り、私は霊体だ』



 見ての通りと言われましても。

 霊体。つまり、幽霊。実物は初めて見ました。幽霊って実在するのですね。



「って、612年前? それって極西戦役が終戦した年ですよね」

『よく勉学に励んでいるな。その通り。私は極西戦役時、バルベート国第一師団の切込隊長だった』



 バルベート国とは、この国のことだ。

 建国して1000年。半世紀以上昔の軍人が、何故こんな場所にいるのか。



「それって──」

「聖女様、こんな所で何をしていらっしゃるのですか?」

「──ぇ?」



 突然話しかけて来た、見回りのメイド。

 しかも私の教育係を担っている、怖い怖いメイド長に見つかってしまった。



「お1人で話されていたようですが……ダメですよ、こんなお時間で起きていては」

「メイド長に言われたくないです」

「今なんと?」

「い、いえ別に。それに1人では……あれ?」



 ……いない。

 どこを見ても、彼の姿はどこにもない。消えてしまった。



「……? さあ聖女様、今夜はもうお休みください」

「……はい……」



 あれは夢だった……?

 それとも、満月の夜が見せた幻影?

 ……そんなはずはない。あそこまではっきりと見え、はっきりと声を聞いた。

 ──あの人のことを、もっと知りたい。



   ◆



 彼と出会って半年が過ぎた。

 どうやら彼は、満月の夜だけに現れるらしい。それでも、聖女の力を持つ私だけにしか見えないのだとか。



「でも、我が家は聖女の家系ですけど、幽霊が出るだなんて聞いた事ありませんが」

『歴代の聖女は、貴様のように夜更かししたり、夜中にこっそり抜け出すようなことはせん。貴様は聖女の中でも悪ガキの部類だ』

「あれま」



 なんと口の悪いことでしょう。傷付いてしまいますわ。およよ……まあ嘘ですが。この程度で傷付いていては、聖女なんて出来ません。

 立っている彼の横に座り、予め入れておいた紅茶をすする。この半年、満月の夜のルーティンだ。



「座ったらどうですか? ずっと立っていると疲れますでしょう」

『霊体に疲れという概念は皆無。気遣いは無用だ』

「ではお紅茶はいかが? クッキーもありますよ」

『……貴様。私が霊体だとわかってて言っているな?』

「バレましたか」



 何度か触ろうとしたことがあるけど、彼に触れることは出来なかった。その場所だけひんやりしているというか。

 正直、1人で紅茶とクッキーは寂しい。だから一緒に食べて欲しいんだけど、食べられないなら仕方なし。



『……変な女だ。今まで見てきた聖女の中で断トツに』

「おや、褒められました」

『褒めてない』

「残念です」



 肩を竦めて紅茶をすする。

 このやり取り、悪くない。悪くないどころか、今まで話してきたどんな男性より楽しく、どんな男性より素でいられる。

 これほど楽な関係もない。



「あ。ところで、今更ですがお名前は?」

『本当に今更だな……名乗る名はない。過去に全てを置いてきた』

「ええかっこしいですね。それ傍から見ると痛い人ですから」

『……うるさい』



 あ、ちょっと傷付いていてしまったみたいだ。若干目を逸らされた。



「言いたくないのであれば無理に聞きません。その代わり私も言いませんが」

『貴様の名前など、生まれた時から知っている』

「あれま」



 そう言えばそうでした。私が生まれる前からここにいるのなら、私のことを知ってるに決まってます。



「不公平じゃありません?」

『知らん』

「ずーるーいーずーるーいー。あっ、思いついた。ずーるいーずーるいーずーるいーのだー♪」

『何だそれは』

「ずるいの歌です」

『……ぷっ。……こほん』

「あ、今笑いましたね」

『笑ってない』

「うそだー」

『やかましい』



 笑ってしまったことが恥ずかしいのか、バツが悪そうに顔を逸らす彼。

 そんな彼を見て、私も笑みを零した。



   ◆



 そんな満月の夜の茶会を続けて、1年が経った。

 会を重ねるごとに、頭の中が彼のことでいっぱいになる。

 月のカレンダーを手に、いつも指折り数える日々。

 彼の態度はまだつんけんしているけど、最初に比べたら雰囲気が優しくなっている。気がする。早く彼の笑顔が見たい。

 この甘く苦しい感情の名前はわからないけど、1年前と比べて間違いなく日々が楽しい。

 しかしそんなある日、父から呼び出しを受けた。



「はぁ。お見合い……ですか?」

「うむ。お前もそろそろ結婚してもいい年齢。むしろ遅いくらいだ」



 この手の話は何度目だろうか。正直面倒なことこの上ない。

 だからと言って、貴族である以上結婚と世継ぎというのは避けられない。

 今ではのらりくらりとかわしてきた。

 でも、ここらが潮時なのかも……。

 ──ちくり。



「ん?」

「どうかしたか?」

「あ、いえ……」



 胸の奥に痛みがある。小さな針でずっとちくちくされているみたいだ。

 こんな痛み、知らない。

 そっと胸を抑えて、首を傾げる。

 父も、首を傾げる。



「……まあよい。見合いは次の満月の日だ。用意しておくように」

「満月……」



 そうか。満月の日ということは、このことを彼に相談出来ないんだ。

 ──ちくり。

 また、痛んだ。

 痛みというのは、脳が危険信号を出しているからと何かで読んだことがある。

 痛みは嫌いだ。だって痛いから。

 でも、どうしてだろう。






 この痛みは──手離したくない。



   ◆



 お見合いの日がやって来た。

 不思議と足取りが重い。こんなことは初めてだ。

 頭の中では断りたいという思いがある。でも、家のことを思うと断り続けるのも申し訳なくなる。

 だからこのお見合いは、どうしても断れないものだった。

 いつかは来ると、覚悟していたつもりだった。

 でも、覚悟が揺らぐ。

 この揺らぎの原因は、彼だ。

 軍服に軍帽、左腰にサーベル。

 整いすぎて冷たい印象の容姿に、それに似合う氷のような眼。

 彼の顔を思い浮かべる度に、全てが揺らぐ。

 更に足取りは重くなり、思考が鈍る。



「聖女様、到着致しましたよ」



 メイド長が、お見合い相手がいる部屋へ案内してくれた。

 どうやら着いてしまったようだ。

 もう、逃げられない。

 私は腹を括り、部屋へと入っていった。




 目の前にいる生身の彼が、必死に何かをアピールしている。

 家柄がどうとか、強さがどうとか、支えるやら共にやら歩むやら。

 それに私のことも持ち上げてくれる。聖女の仕事にも理解をしてくれている。凄く誠実そうな人。

 別に結婚に愛を求めていない。この家に生まれた時点で、そんなものは諦めている。



「お願いします。私をあなたの傍へ置いてくれませんか?」



 目の前にいる人が、手を差し伸べてくる。

 この家のため、私に退路はない。

 差し出された手に向かい、私も手を伸ばす。

 ……あぁ、でも──この手が、彼のものだったらよかったのに。






 ──そいつはやめておけ──






「……ぇ……?」



 声が聞こえた。

 彼だ。名前も知らない、彼の声。

 思わず振り向いてしまったが、当然そこには誰もいない。あの人は、あそこから動けないから。

 父も、お見合い相手も、相手の父も。みんな私を見て困惑しているのがわかる。



「ど、どうした? さあ、受けるなら手を……」

「お父様。申し訳ありません」



 私は立ち上がると、深々と頭を下げた。



「このお話、反故にしてください」



   ◆



「叱られました」

『そうか』

「あなたのせいです」

『それはおかしい』



 その日の夜、私は半べそをかきながら彼の元へ向かった。

 あんなに父に叱られたのは初めてだ。今でも泣きそう。ぐすん。

 落ち着くために紅茶を飲み、口を開いた。



「あの時、何故止めてくれたのですか?」

『簡単だ。奴には裏の顔がある。だから止めた』

「……何故、そんなことが?」

『私はここで、無数の人間を見てきた。人間の裏表くらい、一目見てわかる』



 なんという観察眼。嘘か誠かわからないけど、そのお陰で助かり、そのお陰で叱られた。

 でもわからない。



「今回のお見合い、あなたには関係ないものですが」

『確かにな』

「では何故?」

『…………』



 あれま、無言です。



『……わからん』

「……はい?」

『わからんが……貴様が悲しむ姿を、見たくなかった。それだけだ』



 なんというキザなことを。恥ずかしくないのでしょうか、この幽霊さんは。

 でも、そんなキザな言葉でも、私の心がぽかぽかしてくる。

 このぽかぽかに乗じて、昼間のことは忘れてしまいましょう。思い出すとまた泣いてしまう。



「ねぇ、あなた。あなたはどうしてここにいるの?」

『生前の記憶は途切れていて、その部分に関しては欠落している。しかし私は、この場で見守り続けなければならない』

「何を?」

『知らん。知らんが、そうするしか出来ん』

「……ふーん」



 ということは、この人はずっとここにいる。

 満月の夜にここに来れば、絶対に彼に会える。


 ──とくん──


 会えるというだけで鼓動が早まる。

 彼の顔を見ると血が熱くなる。

 彼の声を聞くと脳が痺れる。

 そこで私は気付いた……気付いてしまった。


 私は、彼に恋しているのだ。



『どうした、私の顔をそんなに見つめて』

「……なんでもないです」

『変な女だ』

「存在が変な人に言われたくありません」



 この軽口が心地いい。

 素でいられるこの時間が心地いい。

 恋だ。これを恋というのだ。

 人生で初めての恋……初恋。

 私の初恋は、絶対に叶わない半透明の彼へと捧げた。

初めて異世界恋愛を書きました。いかがだったでしょうか?

よろしければ、評価やいいねを下さると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ