表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

Lルート

 左のドアを選んだ場合。

 ぬるま湯の中で揺蕩(たゆた)うような感覚。




 夢の終わりの、目を覚ますまでのわずかな時間。


 早く目を覚まして今日を迎えるか。

 まだ夢の世界で昨日を()しむか。


 まだ、起こさないでほしい。

 もう少し眠っていたい。


 夢の世界の居心地の良さに、夢の中で寝返りをうつ。




 ああ、もう、うるさいな。




 誰かの呼ぶ声に、仕方なく目を覚ますことにする。


 そう、決意したことで、《私》ではない誰かは、ホッとひと息ついたみたい。




 ふと、《私》を呼んでいた誰かが去っていく感覚。




 待って、ねえ、待ってよ。




 呼び掛けても、応えはなく。


 ただ、急速に、()()()いく感覚。


 夢の世界から、現実へと。


 落ちていく。




 呼び掛けてくれていた誰かは、昇っていく。離れていく。


 安堵したように、昇っていく。


 光差す方へ。




 逆に《私》は落ちていく。


 光差す方へ。




 今日のところはさようなら。


 また、会うときまで。











・・・











・・














 目が、覚める。


 視界には、白い天井。


 ここがどこか、しばし呆然として……。


「おはようございます、御手洗(みたらい)さん。私が分かりますか? 指何本立てているか見えます?」


「……えっと……」



 ああ、そうか。

 私は、御手洗(みたらい) 潤子(じゅんこ)

 女で、一応社会人。一人暮らしで家族はいない。

 新入社員として出社して、一日を終えて帰宅中に、刃物を持った男が暴れていて、とっさに小さい子供をかばって刺されたんだっけ……。




 ……い、痛い痛い痛い!? えっと、私なんで生きてる? めっちゃ刺されたと思ったんだけど!?




「御手洗さーん、聞こえますかー?」


 あ、はい。なんかすいません。

 むっちゃ痛くてしんどいです。






※※※




 目が覚めて検査して、生命に別状はないと説明されて。

 一緒に、説明される。


 手術は成功したものの、なぜ生きているか分からないほどの傷と出血量だったと。


 まるで、誰かが生かそうと……。


 担当の先生は、そこまで言って首を振った。




 数日後、警察が面会に訪れる。


 なんも悪いことしてませんよ? と首をかしげれば、被害者側にも当時のお話聞いて回ってるのですよ。と優しく言われた。


 医師と相談して、面会が可能と判断したそうな。

 といっても、分かることなどなにもなく。


「私の仕事の方はどうなってますかね?」

「いえその、私警察ですよ? 私に聞かないでくださいよ」


 妙にキョドっている刑事さんを見て、なんだか笑ってしまった。




 さて、警察が訪ねてからさらに数日が経ち、だんだん体も癒えてきているのが実感できたことで、初日を除いてずっと無断欠勤している仕事のことが気になりだした。


 ……といっても、もうどうにもならないのだけれど。


 その日看護婦さんに渡された書類には、「面会が可能となった段階で、担当の者が訪ねる」と記されていた。

 ……だいぶ丁寧で分かりづらい文章に隠されるかのように。


 とりあえず担当の先生に確認して、会社に電話。すると、「夕方、担当の退勤に合わせてそちらに向かう」という意味の内容を一方的に告げられた。


 まあ、解雇(クビ)だろうけれど。


 何日無断欠勤したんだろ? 怖くて数えてないや。


 そんな風に、都合の良くない現実から目をそらしつつ告げられた時間まで待てば、二十代後半から三十代前半くらいと思われる優しそうな男性と、幼稚園児くらいと思われる小さな女の子が面会に来ていた。


「おかあさーんっ!」


 小さな女の子が、なぜか私をお母さんと呼び駆け寄ってきたけど……。


「こら、走っちゃダメだよ。それと、お姉さんだろ?」


 父親らしき男性が、ちょっと強めにたしなめていた。


「えへへー、まちがえちゃった」


 グーで自分のあたまをコツンとする幼女。めっちゃ癒されるわぁ……。


「こんばんは、御手洗さん。まだ大変でしょうけど、お話大丈夫ですか?」



 そこからは、世間話を抜きにしたまじめな話を少々。


 要点がまとめられており、とても分かりやすかった。要するに、会社として見舞金はだすけど解雇、ということ。


 しばらく働ける状態じゃないでしょ? ということらしい。

 というかむしろ、


「申し訳ない。うちの人事が先走って、あなたを死亡扱いにして別の人を採用したんです」


 だってさ。


 男性……東城(とうじょう)さんは、何度も頭を下げてくれたけれど、会社の決定は(くつがえ)らないそう。


 ……そりゃあね? 三週間も意識不明だったらね? 気持ちは分かるよ?


 でもさあ、いくら会社からの見舞金があるとはいえ、親が残してくれたお金はじきに底をつくだろうし。


 路頭に迷うまでに、仕事見つけなきゃなぁ……。


 つって、こんな社会人一日目でキズモノにされた女、こんな半端な時期に採用してくれる会社なんて……。



「ところで、御手洗さん。ものは相談なんだが」


 真剣な表情で、しっかりと、目を合わせて語りだした東城さんの話に、しばらく呆然として……。




 えっと、その、名字。


 御手洗じゃなくて、東城を名乗るつもりはないかって、その……。




 え、ええーっ!? つまり、そういうこと!?




「こんな大事な話、急ですまない。だが、娘も気に入っているようだし。たとえ籍を入れなくても、合わずに出ていくとしても、しばらくは生活の面倒を見るつもりだよ。安心してほしい」




 ……それから数日後、東城を名乗ることを了承し、永久就職しましたとさ。まる。



彼氏いない歴イコール年齢から、交際ゼロ日即入籍にクラスチェンジした!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初出勤だったんですね! とっても勇敢な女性。 なんだかうまくいきそうで良かったです♪
[良い点]  御手洗さん。  初めての出勤日に大変な災難に!  それでも命の選択に正解し続けられ、生還できてよかったです。  ラストはひろろさんらしくほのぼのハッピーエンド。  オチ。  うまく決まっ…
[一言] 人間万事塞翁が馬( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ