○○○しないと進めない部屋
「さて、ここはどこだろう? そして、《私》は誰だろう?」
目を覚まし、周囲を見渡す。
そこで、なぜか下着姿のままむき出しの地面に横たわって……いや、スノコの上に敷かれたシーツに横たわっていたようだ。
そしてすぐに、自分が誰かも分からないことに気づいた。
突如、思考が恐怖に支配される。
ここがどこで、自分が誰で、なぜここにいるのか?
分からない。それが、たまらなく怖い……っ。
『あー、テステス。ただいまマイクのテスト中』
そうやって怯えていたところに、男性とも女性ともつかない中性的な声が聞こえてきた。
『やあやあ、おはよう。こちらは《天の声》。気分はどうかな?』
「……誰?」
『こちらは《天の声》。記憶を失って見知らぬ場所で目覚めたきみ、とても不安なことだろうね。……さあ、よく見てごらん。今、きみの目の前には二つのドアがある。そのドアをよく見てごらん。……あ、足元にサンダルがあるから、履いてもいいよ』
のんびりとした中性的で楽しげな声に、恐怖が薄れていくのを感じながら、あると言われた直後に二つのドアが見えたことに驚きながらも、言われたとおりドアをよく見るために近づいてみることにする。
サンダルをありがたく使わせてもらうことに感謝しつつ。
「……ええと、どうも?」
『どういたしまして♪ さて、二つのドアになんて書いてあるかな?』
……左右のドアに近づいてみれば、セロテープで雑に張り付けてあるA4プリント紙それぞれに《男》《女》とちっちゃく一文字だけ書かれてある。
「……右のドアが男、左のドアが女と書かれてる」
『《天の声》からの、第一の指令~♪ きみは《男》? それとも《女》? 該当する方のドアを開けて進んでね♪』
「……先に進まずにここにいたら、どうなるの?」
『いずれ餓死すると思うよ? きみが不死身でなければ』
餓死は嫌だな。でも、楽しげな自称《天の声》にただ従うのも癪だな。
「なんでこんなことするの?」
『夜想曲の奏でられる夜の時間に、○○○しないと出られない物件とかあるから。《天の声》は、それを参考にしてみたの』
「……○○○って、なんのこと?」
『スーパー・エレクトリック・クロスボンバー』
「…………は? 今なんて言ったの?」
『スーパー・エレクトリック・クロスボンバー。超電磁バツの字体当たりのこと。錐揉み回転しながら突撃します♪』
「………………はぁ、まともに答える気はないってことか。ほんとに餓死したらしゃれにならないし……いくか」
よく分からないことを言ってはぐらかしている自称《天の声》は相手にせず、何度か深呼吸してから意を決して片方のドアを開けて進む。
『グッドラック』
楽しげな自称《天の声》が発する言葉に、少しだけ心配そうな雰囲気を感じた。
※※※
ドアをくぐった先は、ロッカールームになっていた。
入ってきたドアは静かに自動で閉まり、開かなくなってしまう。
入り口の反対側にはまた左右二枚のドアが。
左右の壁側には、たくさんのロッカーが。
そのロッカーの一つ一つに衣装が入っているらしく、色々な文字が書かれていた。
部屋着、外出用普段着、デート用おしゃれ着、フォーマルスーツ、礼服、作業着、青いツナギ(ウホッ)、迷彩服、道着、肉襦袢+マワシ、ライダースーツ、変身ライダーなりきりセット、黄色いネズミの着ぐるみ、武者鎧、西洋甲冑、十二単、紋付き袴、全身タイツ……。
……書かれている文字だけで頭痛くなってくるものがあるな……。
『さて、まずは一つだね♪』
「うわっ?」
『あらら、驚かせたかな? こんな風に、一つドアを開ける度に部屋にあるものを選んで、二つのドアを選んで開けていくんだよ。最後の部屋のドアを開けたら、ここから出られるんだ』
「……はぁ、びっくりした。……《天の声》、聞いてもいい?」
『なんだい?』
「この先、危険なことはある?」
『うーん、その問いに答えることで着るものが変わるとなった場合、こちらはあまり面白くないなあ。それを含めて選択してよ』
やはりまともに答えてはくれないようなので、先にドアの文字を確認する。
《家族は居る》《家族は居ない》
今の《私》に記憶はないのに、その問いは意味があるのだろうか……?
「うーん、何を着るか……」
無難に、外出用普段着にしておこう。
さて、二つのドア、どちらが正解か……。
何度か深呼吸してから、選んだドアを開けて先へ……。
※※※
そこからは、何もない部屋が続いた。
なので、二つのドアに書かれていることを選択して進む。
《家族は居る》《家族は居ない》
《恋人は居る》《恋人は居ない》
《友達は居る》《友達は居ない》
《成人》《未成年》
部屋には何もなく、《天の声》も何も言わない。
ドアを開け次の部屋に進む度、《私》は悩んで、深呼吸して、決断してドアを開ける。
……ただ、次の部屋はちょっと……。
《休憩する》《宿泊する》
……宿泊したら、眠って起きたら、このわけの分からない状況も変わったりしないだろうか?
けれど、いずれ餓死すると言われていることを思い出す。
つまりは、現実逃避しても変わらないということか。
「うーん、どうしようかな……? 休憩って、どれくらいの時間いなきゃならないんだろう? それ次第だけど……《天の声》?」
『はいはい、なあに?』
「呼んだら返事するんかいっ!? それはともかく、次の部屋って、どれくらいの時間いればいいの?」
『……うーん、次の部屋に進めば分かるから、ノーコメントで!』
「あーもー、そうですかっ。……《私》の選択も見ているということなのか……?」
ここでもまた、深呼吸して、心を落ち着けてからドアを開ける。
※※※
「……これは、どういうことだろう……?」
今度のドアは《過去》《現在》。
ここでもまた悩み、深呼吸して決断する。
次もまた、よく分からないものだった。
今度は《現実》《異世界》。
もし《異世界》を選んだら、ほんとに異世界に行くのだろうか?
……あ、異世界って、死後の世界とか?
うーん、うーん。わけが分からない……。
こうやって苦悩する姿も、《天の声》は見てるんだろうと思うと、なんかもう、馬鹿馬鹿しくなってくる。
えーい、ままよ。ってやつかな。
とにかく、選んだ方のドアを開けて進もう。その先に、この状況から脱出できることを信じて。
※※※
さて、また何もない部屋で、入り口の反対側に二つのドア。
そのドアには、
《後悔している》《後悔していない》
ただそれだけが書かれていた。
……さすがに意味不明だなあ。
「ちょっと、《天の声》? このドアの文字は何? さすがに意味不明なんだけど?」
『はいはい、最後だから、これは答えるよ。これまで二者択一のドアを進んできたわけだけど、その選択で後悔してる? してない? もし後悔があるのなら、休憩以外を飛ばして最初からやり直せるよ。後悔がないのなら、その先に進むといいよ』
「むぅ……」
『この選択が、正真正銘最後の選択。ここで《後悔している》を選べば、何度でも納得いくまでやり直せる。よく考えるんだよ?』
……なんだか、《天の声》に心配されている気がして、違和感というかなんというか。
……でも、ちゃんと考えても、これまでの選択を《後悔していない》。
それなら、迷うこともないわけで。
「……うん、《私》は、《後悔していない》。だから、先に進むよ」
『そっか、じゃあ、これでおしまい。グッドラック』
「サンクス」
明確な意思をもって、《後悔していない》方のドアを開けて、《天の声》に手を振り、進む。
その、先には……。
『次のニュースです。10日に発生した連続殺傷事件の被害者の一人が、意識を取り戻したとの情報が入ってきました。警察は、医師と相談し被害者の回復を待ってから、当時の状況を聞くつもりのようです。
この被害者は、小さな子供をかばい犯人に何度も刺されたことで、一時、心肺停止の状態にまでなっていたようですが、一命を取り留め、今日まで意識不明の重体でした。
担当する医師も、「意識を取り戻したこと自体奇跡的だ」と話しており、回復が待たれます。
それまでに六人を殺傷していた犯人は、子供を刺すことを止められた腹いせか、この被害者を時間をかけて執拗に攻撃したことで、駆けつけた警官に逮捕されています。
子供を守っただけでなく、その後の被害を止めたともいえますね。
では、次のニュースです』