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怪談ジゴロ  作者: 藤村灯
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生首ドリブル

 放課後の校庭には、僕以外の人の姿はない。

 僕の通う中学は、休日は夜9時まで校庭を開放している。


 強い日差しを考慮して、どの運動部も練習は早めに切り上げている。一度家に帰った僕が、シャワーで汗を流し、ひと休みしてから引き返してきたのは、次の試合でのレギュラー入りが決まったからだ。選んでくれた監督や、他のメンバーに恥ずかしくないプレイをしなければならない。


 父さんもサッカー少年だったから、帰りが多少遅くなっても大目に見てもらえる。ストレッチをした後、自前のサッカーボールで軽くリフティングを始める。


 時刻はそろそろ7時になる頃なのに、辺りはまだ明るい。夕陽の照らす校舎の窓には、時折教師らしき人影が見えるし、体育館の方からボールの跳ねる音が聞えてくる。暗くなってボールが見えなくなるには、まだ少し時間がありそうだ。


 本来大勢の人がいるべき場所が静かなのは、少しばかり奇妙な感じがする。小学生の頃の僕なら、怖いとか薄気味悪いと思っていたかもしれない。そういえば、この中学にも七不思議があったりするんだろうか?


 花壇脇に積んであるコーンを並べてドリブルの練習をしていると、校庭の反対側の隅でリフティングをしている人影に気付いた。


 いつから来ていたんだろう。サッカー部の部員なら、声を掛けてくれれば一緒に練習できたのに。

 足捌きは巧みで、ボールの扱いに慣れている。けれど、薄闇の中浮かぶシルエットは、見知ったチームメイトのものではないように思えた。


 声を掛けようとして手を挙げ、ためらった僕に気付いたのか。人影はリフティングを止め、ドリブルでこちらへ向かってきた。


 次第に確かになる輪郭を目にし、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 見覚えが無いはずだ。

 僕のチームメイトには、頭がない奴なんていない。


「あはははははははははッッ!!」


 自らの身体にドリブルされる少年の生首が、狂ったような笑い声をあげる。

 硬直した僕は逃げることも出来ず、冷たい汗を浮かべながら、ただそれを見つめ続けている。

 回転する血塗れの頭部が迫り、僕に向かってシュートされようとしたまさにその時――


「バモラーッ!! カズマですッ!!」


 首のない少年の後ろからスライディングをかまし、ボールを――頭部を――奪い取ったのは、ジャケット姿に濃いサングラスの男。あっけにとられた僕と首なし少年を前に、びっちり決めたリーゼントの乱れを直すと、カズマさんは巧みなドリブルでそのまま走り出す。


「!!??」


 首のない少年を華麗な足捌きでかわすと、カズマさんは脚を振り抜きシュートを放つ。生首はゴールポストの左上隅に

突き刺さり、ネットを揺らした。


「ファッフゥゥ~~ッ!! ゴォォォルッツ!!」


 がくりと膝を落とす首なし少年を後目に、腰を振りダンスを始めるカズマさん。

 父さんが「俺くらいの年齢なら、ゴールを決めたらカズダンスってのが常識だ」と言っていたのは、あながち嘘でもなかったのか。


 ひとしきり踊ったカズマさんは、ふと何かに気付いたように動きを止め、首のない少年とゴールポストを見比べた。


「オォウ……俺としたことが、こっちのドリブルじゃあなかったか……」


 こめかみを抑え、ため息を吐きながらゆるゆると首を振っていたが、僕と目が合うと、ニッと歯を見せて親指を立てた。


「分かってるじゃないか、ボーイ。イイ男ってのは、見えないところで努力を怠らないもんだ」

「……ありがとうございます……」


 褒められたらしい。そう理解した僕がどうにかお礼を述べると、カズマさんは凄まじい速さで体育館の方へと走り去った。


「な……何者なのかな……?」


            §


 この学校にも七不思議は存在するらしい。

 トイレの花子さん。走る人体模型。十三階段。プールの幽霊。

 世代や学年によって重複や差異がある。かく言うわたしだって七つ全部覚えてなんかいない。そんな子供だまし、はなから興味なんて無かったからだ。

 でも、少しは耳を傾けておくべきだったかもしれない。


 女子バスケ部の自主練で、居残りをしていたわたしの目の前には、自らの頭をボール代わりにドリブルする首のない少女があった。


 煌々と電気が照らす体育館に立つ異形の姿は非現実的に過ぎて、わたしは自分の正気を疑ってしまう。

 じゃんけんで負けて押し付けられた最後の見回り。大声を出せば駆け付けてくれる場所に、仲間たちがいるはずなのに、へたり込んでしまったわたしは声を上げることが出来ない。


「ほら、練習付き合ってよ」


 どんな仕組みになっているのか考えたくもないが、重たげな音を響かせながら跳ねる少女の頭が呼び掛けてくる。


「あ……いや……こないで……」


 ユニフォームはうちのチームのもの。

 事故にあって、試合に出れず亡くなった子でもいたのか。


 後ずさりするわたしはゴール下に追い込まれ、首のない少女はそうするのが当然のように、キレイなフォームでシュートを放つ。


 点を取られたら命まで取られるんだっけ?

 それとも、練習に付き合わないと呪われるとか――


「フォォーッッ!! リーバウンッ!! カズマです!! ご指名ありがとうございますッ!!」


 わずかにゴールリングに嫌われ、跳ね返ったボール――頭部――を、ジャケット姿にリーゼントの男が掴み取った。


「「だ……誰――ッ!!?」」

「カズマです!! フゥ~~ワッ!!」


 奇しくもハモったわたしと首なし少女の問いに、男は満面の笑みで答えた。


「オウスウィートベイべ! 汗に輝くスポーティーな君もステキだが、俺に夜の3ポイントシュートを決めさせてくれないか?」


 ブランデーグラスを持つように、器用に少女の頭を支えると、濃いサングラスの奥でばちりとウィンクをして見せる。


 えっ……何、ひょっとして、口説いてるの?


「ヤダ! 最低――ッ!!」


 カズマさんの手から、耳まで赤くなった生首をひったくると、首のない少女は呆然とするわたしを残し、体育館から走り去った。


「オウノォーウ。確かにいまのシュートは少し際どかったかな?」


 肩をすくめながら、同意を求めるようにわたしを見やり、手を差し伸べて引き起こしてくれる。


「……下ネタじゃん……アウトだよ」

「ハハッ! 手厳しいなリルベイべ! お家には一人で帰れるかい? それじゃあな、シーユー!」


 思わず漏らしたわたしの呟きを笑いでごまかすと、カズマさんは立てた2本の指で別れの挨拶をして見せ、体育館を後にした。


「あ、あれ? 生首ドリブル少女の話は? ……っていうか、あのひと何だったの??」

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