一方通行
エド様はその後、私をダンスに誘ってくださいました。
せっかく誘ってくださったのですから頑張って笑顔を作ってみたつもりですが、うまくできていたのかわかりません。
こうして一緒にいられて幸せなはずなのに、公爵令嬢様のことを思い出すと胸が苦しくなってしまいます。
夢の中のエド様とは違い現実のエド様にはお立場があり、それに見合ったお相手もいらっしゃるのです。
私が入り込めるような世界ではありません。
夢での会話も、正夢になることはありませんでした。
好きと伝える夢は正夢にならないと何度も経験していたのでとっくに諦めていたのですが、聞こえなかった部分だけが少し気になりました。
エド様はあの時、なんとおっしゃったのでしょうか。
私はそれを聞いた上で大好きと伝えたのですから、悪いことではないと思いますが……。
「アイシャ、まだ元気がありませんね」
帰りの馬車でエド様にそう指摘され、自分がぼーっと窓の外を眺めていたことに気がつき慌ててエド様の方を向きました。
「申し訳ありません……、エド様」
「彼女になにか言われたのですか?」
「いえ……」
思わず、うつむいてしまいます。
エド様に婚約予定の方がいてショックだったなんて、本人に言えるはずがありません。
だって私たちは、別に深い関係ではなかったのですから。
私に好意を寄せてくださっても、はっきりと好きだと言ってくださらなかったのは、きっとすでにお相手が決まっていたからなのでしょう。
エド様は本当に、癒しが欲しかっただけなのかもしれません……。
「アイシャ、はっきり言ってください。このままでは心配でアイシャを家に帰せませんよ」
エド様は両手で私の頬を押さえると、エド様に向けて強制的に顔を上げさせられました。
そんな心配そうに見ないでください。私はどうしたら良いのですか……。
「話してくれますか?」
「……エド様はなぜ、私に優しくしてくださるのですか……」
「……どういう意味です?」
「婚約予定の方をあのように遠ざけてまで、なぜ……」
今にも溢れだしそうな涙をなんとか堪えて言葉を絞り出すと、エド様は驚いたように私を凝視しました。
「彼女がそう言ったのですか?」
「……はい」
「それは誤解です。確かに幼い頃から、事あるごとに婚約の打診はありましたが何度も断ってきましたし、これからも受ける予定はありません」
彼女が言っていた『婚約予定』とは、願望としてのお話だったのですか?
私は呆気に取られてしまいました。
どうやら公爵令嬢様のお話に、うまく丸め込まれるところだったようです。
けれど、これで元通りにはなれません。
私はエド様のお立場に気がついてしまったのですから、今までのように夢の延長線上のように思うことはもうできません……。
「ですが……、エド様のご年齢では縁談話などいくらでも……」
きっとエド様には、数えきれないほどの縁談話がきているに決まっています。
公爵令嬢様はお断りできたとしても、全ての方をお断りするなど国王陛下がお許しになるとは思えません。
王族は政略結婚が普通なのですから、今までエド様にお相手がいなかったのが不思議なほどです。
勢いで言ってしまいましたが、これではエド様がほかの方と婚約することに不満を持っているように聞こえてしまいます。
私がそのようなことを言える立場ではないのに……。
「アイシャ、よく聞いてください。僕は今まで一度も女性を誘ったはないし、誘いを受けたこともありません。全てアイシャが初めてなんです。それはこれからも変わりません。一生アイシャだけです」
エド様は私の手を取り、両手で包み込みます。
その手の暖かさがとても辛いです。
なぜそこまでお心寄せてくださるのに、好きとは言ってくださらないのですか。
私はこんなにもエド様のことが大好きなのに、一方通行だなんて悲しすぎます。
気がつけば、涙がとめどなく溢れていました。
嬉しいはずの甘い言葉が、今はとても苦く感じられます。
お会いできるだけで幸せだったのに、いつの間にかわがままな子になってしまいました。
けれど、私はエド様に愛してほしい。
夢の中のように毎日、好きだと言われたいんです。
「すみません、追い詰めるつもりはなかったんです」
エド様はそっと私を抱きしめると「明日からもまた会ってくれますか?」とおっしゃられました。
こんな思いをしても、エド様にはお会いしたいです。
私はコクリとうなずきました。
屋敷へ帰り、帰宅の報告をするためにお父様の書斎へ行きました。
「お帰り、アイシャ。エドガー殿下との夜会は楽しかったか?」
お父様も『エドガー様』と呼んでいたはずです。
エド様が言われた通り、魔法が解けて元に戻ったということなのでしょうか。
エド様の魔法がどのようなものか気になりましたが、それより私はお父様の顔を見てほっとしたせいか、急に緊張の糸が切れてパタリと倒れてしまったのでした。
それから私は熱を出して寝込んだらしく、目覚めたのは次の日の夕方でした。
寝ていた間、いつものように夢を見ていました。
エド様がすがるような瞳で、私に愛を囁いているのがとても印象的でした。
今まで穏やかに微笑むエド様しか見ることがなかったので、不思議な気分です。
昨日のことが影響したのでしょうか。エド様が私にすがるなど、おかしな話です。
強く求めているのは私の方だというのに……。
エド様とは今日もお会いする約束をしていましたが、破ることになってしまいました。
まだ熱もありそうですし、この分ではしばらく会えそうにありません。
寂しいですが、少しほっとしている自分もいたりします。
「アイシャ、気分はどう?」
お母様がメイドを連れて、お部屋へやってきました。
メイドが大きな花束を生けた花瓶を、近くのテーブルに置いています。
「お母様、そちらは……」
「エドガー殿下がさきほどお見舞いに来てくださったのよ。顔を見て行ってくださいと申し上げたのだけど、本人の許可なく入れないと帰られてしまわれたのよ」
――エド様がわざわざお見舞いに?
心がふわっと暖かくなるのを感じました。
お忙しいエド様が、わざわざ来てくださったなんてとても嬉しいです。
「まだ熱がありそうね。明日も来てくださるそうだけれど、お会いできるかしら?」
お母様は私の額に手を当てながら、私の顔色を確認します。
「私、こんな姿ではお会いできないわ……。エド様はお忙しいですから、体調が戻ったらご連絡差し上げますとお伝えください、お母様」
「わかったわ。後で使いを出しましょう」
「もう少し寝ていなさい」と、お母様は私を寝かせると部屋を出て行きました。
普段ならこんな姿でも一目お会いしたいですが、今の私ではまた泣き出してご迷惑をかけてしまうかもしれません。
体調が戻るまでには、なんとか心の方も落ち着かせたいと思います。
ですがエド様は、次の日もその次の日もお花を届けに我が家へ来てくださったのです。
私に会うことは望まず、ただお花を届け体調を聞いて帰られたそうです。