夜会へ
大量のドレスが届いた我が家は、それはもう大騒ぎとなりました。
使用人総出で私の部屋へ運び込む作業をしている横で、ドレスをいただくことになった経緯を家族に話したところ、お父様は私の頭に手を置きながら豪快に笑いました。
「エドガー様は、お前のそういうところを気に入られたのだろう」
エド様が私を気に入ってくださっているのは、私も感じています。
彼はなにも言ってくださらないので、どのような感情で私に接しているのかはわかりませんが、私はそれでも好意を寄せられるだけでとても嬉しくなってしまうのです。
その日の夢は、エド様にエスコートされ夜会へ行く夢でした。
「アイシャ、僕の〇〇は〇〇〇しまいましたがこれからも好きでいてくれますか?」
「もちろんです。私はこれからもずっとエド様のことが大好きです」
ダンスの最中、周りが騒がしくて途中がよく聞き取れませんでしたが、夢の中の私は迷うことなく大好きと伝えたのでした。
夜会当日。昨日エド様が選んでくださったドレスを身にまとうと、お母様とお義姉様がこれでもかというほど褒めちぎってくれました。
今はドレスに合わせたメイクや髪型をどうするか、二人でウキウキしながら相談をしています。
勝手に決まってしまう前に、慌てて自分の意見を述べておくことにしました。
「お母様、エド様にエスコートしていただくのですから、少し大人っぽい雰囲気のほうが良いと思うのですが……」
「そうね、アイシャは少し幼く見えるから、大人っぽいメイクのほうが良いかもしれないわ」
メイクのお話をしているのに、お母様の視線は私の胸に突き刺さっています。
そんな同情めいた表情をするのはやめてください。
私はまだ成長途中……いえ、これから成長が始まるのですから。
「それなら髪の毛はアップにしたら良いと思うわ。そのほうが背丈も高く見えてエドガー様と釣り合いが取れると思うの」
お義姉様が私の髪の毛を持ちあげて、アップにして見せます。
とても大人っぽく見えて良いと思います。
お母様も賛成してくれたので、アップにしてもらうことにしました。
私の身支度を整えている彼女は、私とエド様が出会った後に髪の毛のセットやメイクが上手な者が必要だと、お母様が張り切って雇ったメイドです。
「エドガー殿下は、可愛らしいお嬢様がお好きなようですね」
お母様たちがお部屋を出ていった後、彼女はそう切り出しました。
「そうかしら?」
「ええ、贈られたドレスはどれも可愛らしいデザインでしたし、その中でも特に可愛らしいものを今日の衣装に選ばれたではありませんか。それに髪型も可愛らしい時の反応が良いように思います」
彼女が来てから毎日髪の毛をセットしてもらっているのですが、エド様の好みが知りたいと毎日感想を聞かれていたのです。
エド様は毎日褒めてくださいましたが、私には違いがよくわかりませんでした。
「大人っぽいメイクは止めたほうが良いかしら……、けれど急に変えるとお母様とお義姉様ががっかりしてしまうわ……。どうしましょう?」
「髪型の細かい指示はございませんでしたので、柔らかい雰囲気にしてみてはいかがでしょうか」
私は彼女にお任せすることにしました。
彼女のセットする髪型はいつも素敵なので、私もお気に入りなのです。きっとエド様も喜んでくださると思います。
メイクと髪の毛のセットが終わり、最後にネックレスをつけてもらいました。
こちらは、お母様が張り切って一番良いネックレスを貸してくれました。
宝石のついたネックレスなど初めてつけるので、大人になった気分です。
鏡の前に立つと、あまりの変わりように驚いてしまいました。
初めて夜会に参加した時の私とは、まるで別人です。
あの時は夜会にあまり興味がなかったので、普段とあまり変わらない恰好で参加してしまったため、少し悔いが残っているのです。
エド様と出会えるのなら、もっとオシャレをしておくべきでした。
今日の夜会は、私にとってはリベンジです。
エド様が気に入ってくださると良いのですが……。
時間通りに迎えに来てくださったエド様は、私を見た瞬間、とてもわかりやすく頬を染められました。
「……驚きました。アイシャ、とても綺麗です」
「ありがとうございます、エド様も……とても素敵です」
エド様の服装はシンプルなデザインですが、そのシンプルさが麗しいエド様を余計に引き立たせています。
思わず見惚れていると、エド様は私のネックレスに目を留め、険しい表情になられました。
「アイシャ、そのネックレスは……」
「母が貸してくださったのです。私の持ち物では、エド様が贈ってくださったドレスに合わないと申しまして」
どうなさったのでしょう?と疑問に思いながら説明すると、エド様はほっとしたように微笑まれました。
「そうでしたか。僕はてっきり、ほかの男性からの贈り物かと思ってしまいました」
「そっそんな……。男性からアクセサリーをいただいたことなどありません」
そのように親しくなった男性など今までいませんでしたし、夢の中のエド様に夢中だった私は学校でもろくに男性と交友を深めることもなかったのですから。
「ではその初めては、僕のために取っておいてもらえませんか?」
「……え?」
「驚かせようと思って黙っていたのですが、作らせているものがあるんです。アクセサリーは既製品ではないものを贈りたかったので」
エド様は私の手を取ると「受け取ってくれますか?」と、熟れた果実のような赤い瞳で私を見つめました。
私のためにエド様がわざわざアクセサリーを作ってくださるなんて、そんな幸せがあって良いのでしょうか。肌身離さず常に身に着けていたいに決まっているではありませんか。
「はい、楽しみにしています」
いただいてばかりだということなどすっかり忘れて、雲の上でも歩いているかのようなフワフワした気分でお返事をしてしまいました。
「それにしても、伯爵夫人には感謝しなければなりませんね。良い虫よけになります」
馬車までエスコートしてくださりながら「危うく僕も虫になるところでした」と、エド様は苦笑されます。
「虫……ですか?」
「はい、夜会は虫が多いんですよ。アイシャも気をつけてください」
夜会は人の出入りが多いですから、虫も入ってくるのでしょうか。
ネックレスに虫よけ効果があるとは知りませんでした。お母様に感謝です。
「エド様……。あまり見つめられると恥ずかしいのですが……」
馬車に乗り込んでからというもの、彼はずっと私を見つめていてとても居心地が悪いです。
視線を逸らして窓の外を見るのも失礼ですし、体感ではもう五分以上はこうして見つめ合っていて、私はもう限界です。
「僕のために可愛く着飾ってくれたのでしょう?僕が見ないでどうします」
「そうなのですが……あの、エド様は可愛い私と大人っぽい私、どちらがお好みですか?」
恥ずかしさを少しでも紛らわせようと、メイドとのやり取りを思い出して質問をしてみました。
少しでもエド様の好まれる女性に近づきたいので、参考にしたいと思います。
「それは難しい質問ですね。正直、どちらも捨てがたいです」
「そうなのですか?」
「はい。ただ、あまりにも大人っぽい服装は完全に僕のものになってからにしてほしいですね。争いごとはあまり好みませんので。そのメイクは可愛いので、またしてくれると嬉しいです」
「は……はい」
「ですが、一番大切なのは見た目ではありません。アイシャの心がアイシャのままなら、僕はいつまでもアイシャのものですよ」
エド様は私の手を取ると、愛おしそうに頬ずりなさいました。
エド様の表現は遠まわしなものばかりですが、今は愛の告白を受けた気分です。
私も大好きと言って良いのですか?
そんな意味ではなかったと、離れてしまわれたらどうしましょう。
私の頭はフル稼働でしたができた行動といえば、顔が熱るのを感じながら硬直することだけでした。