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クッキーとドレス

「アイシャ、食べさせてくれませんか?」

「え……、あの……」

「アイシャが作ってくれたクッキーをアイシャに食べさせてもらえたら、とても幸せな気分になれると思うんです」


 ダンスのお誘いの時と同じです。

 エド様は私が断るはずもないと思っていらっしゃるのか、袋を差し出し笑顔で首を傾げて催促をします。


 そんな笑顔をされては、断れないではありませんか……!

 

 私は意を決してうなずくと、袋の中からクッキーを一つ取り出しました。


「ど……どうぞ」


 お口にそっとクッキーを入れると、エド様は味わうようにお口をもぐもぐさせました。


 気に入っていただけたでしょうか……。

 祈るように手を組み合わせて見守っていると、エド様がクッキーを飲みこんだのがわかりました。


「思った通り、幸せな味がします」


 お日様のようにまぶしい笑顔を向けられたエド様に、私の心臓は痛いほどに波打ちました。

 なんて神々しい笑顔なのでしょう。お部屋の中にいるのにエド様が輝いて見えます。


 手作りクッキーにこのような効果があるとは思いませんでした。

 こんなお姿を見られるのなら、毎日でもお持ちしたい気分です。

 

「アイシャ、他の味も食べたいです」

「は……はい!」


 初めの恥ずかしさなどどこへやら。

 私は嬉々として、エド様にクッキーを食べさせ始めたのでした。



「エド様は、どの味がお好きですか?」

「僕は、これが気に入りました」


 エド様は、袋からクルミ入りクッキーを取り出しました。

「クルミが好きなんです」と言いながら、私の口元にクッキーを差し出します。


「エ……エド様……?」

「はい、あーんして」


 まさか、エド様に食べさせていただける日が来るとは思いませんでした。

 ドキドキしながら口を開けると、エド様はクッキーを入れてくださいました。


 エド様に見つめられながら食べるクッキーは、自分で作ったものなのに今まで食べたクッキーの中で一番美味しかったです。エド様が言われるように幸せな味がしました。

 私も今日から、クルミが大好物です。




 至福の時を過ごしていると、お部屋のドアをノックする音がしました。


「エドガー殿下、準備が整いました」


 従者と思しき方がそう告げると、エド様はありがとうと言いながら立ち上がりました。


「行きましょうか、アイシャ」


 今日はお茶会をするだけだと思っていたのですが、どちらへ行かれるのでしょうか?

 疑問に思いつつも、エド様が差し出された手を取り立ち上がりました。




 エド様のお部屋を出ると、違うお部屋へと案内されました。


 中へ入り目に留まったのは、色とりどりのドレスでした。

 デザインが見えるようディスプレイされていて、お部屋の壁を囲うようにずらりと並んでいます。


 王族主催の展示会でも開くのでしょうか?


「綺麗なドレスばかりですね、エド様」

「デザイン画を見て取り寄せてみたんです。本当は一緒にお店へ行けたら良かったのですが、僕が街へ行くと騒ぎになることが多くて」


「すみません」とエド様は苦笑されます。


 それはそうでしょうとも。

 エド様は王族なのですから警備が大変でしょうし、麗しいエド様を一目見たい女性がわんさか集まるに決まっています。


 事情は理解できましたが、なぜわざわざお取り寄せしたのでしょう。


「この中から明日の夜会に着ていくものを選びましょう」

「わ……私が着るのですか?」

「はい。時間がなかったので僕の好みで選んでしまいましたが。気に入るものがあると良いのですが……」

「エド様、わざわざご用意いただかなくても、家に袖を通していないものがありますが……」

「クッキーのお礼だと思って受け取ってください」

「そんな……、クッキーとドレスでは釣り合いが取れません」


 見るからに高級な生地が使われているドレスばかりです。

 お礼と言われても気軽に受け取って良いものではないいことくらい、私にだってわかります。


 どうお断りしようかと悩んでいると、エド様が私の顔を覗き込んできました。


「アイシャは僕が選んだドレスを着るのは嫌ですか?」

「そうではありませんが……」

「では、こうしましょう。僕はまたアイシャの手作りお菓子が食べたいので、そのための先行投資だと思ってください」


 そのように言われては断れないではありませんか。

 私が「わかりました」とうなずくと、エド様は子供のような無邪気な笑顔で喜ばれ、ドレスの前へと案内してくれたのでした。



 エド様が選んでくださったドレスは、本当にどれも素敵なものでした。


 まだ成長期な私はすぐにサイズが合わなくなるので、あまり手の込んだものは着せてもらえませんし、お母様のドレスだってこのような繊細な刺繍が入ったものは見たことがありません。


 どう見ても伯爵家で気軽に用意できるものではないのに、この中から選ぶなど恐れ多くてとてもできそうにありません。


「あの……エド様、わがままを言っても良いでしょうか?」

「はい、なんでもどうぞ」

「初めてエスコートしてしただくので、エド様が一番お好きなデザインのドレスが着たいのですが……。選んでいただけますか?」

「……アイシャ、それはわがままとは言いませんよ。僕へのただのご褒美です」


 ため息を付きつつ「人払いをしておくべきでした」とエド様は呟かれました。


 わがままではないとおっしゃってくれましたが、やはりわがままだったようです。

 ご褒美の意味はよくわかりませんが、エド様にご迷惑がかからないよう、もう少し気をつけなければ。


 お優しいエド様は「たくさん試着してもらいますから、覚悟してください」と、ドレスを選び始めてくださいました。



 エド様の選ばれるドレスはどれも、可愛くてふわふわしたイメージのものばかりでした。

 私が夢の中で着ていたメルヘンチックなお洋服に雰囲気が似ていて私としてはとても嬉しいのですが、エド様にエスコートしていただくドレスとしては少々子供っぽい気がするのですが、大丈夫なのでしょうか。


 最終的に試着したドレスの中から、ピンクのドレスを選んでくださいました。バラの花びらのような可愛いドレスです。

 これを着てエド様にエスコートしていただけるなんて、絵本の中のお姫様のようでドキドキしてしまいます。


「エド様、素敵なドレスを選んでくださりありがとうございます。明日がとても楽しみです」

「僕も、明日のアイシャが楽しみですよ。残りのドレスは普段着にでも使ってください」


 さらりと付け足すと、エド様はその場にいた者に家まで運ぶよう指示なさいます。


 もしかして、ここにあるドレス全てのことを言っているのでしょうか?そんなの困ります!


「エド様お待ちください!一着いただけるだけで、私はじゅうぶん幸せです。それに私はまだ成長期ですので、たくさんいただいてもすぐに着られなくなってしまいますよ……」

「それは良かった。成長に合わせてまた選べますね」

「あの……、そういう意味では……」

「聞いてください、アイシャ」


 慌てる私の肩に手を置くと、エド様は真剣な眼差しで私を見つめました。

 突然どうなさったのでしょう、私は思わず背筋を伸ばします。


「僕は日々の公務に加えて公爵家の領地管理の手伝いや事業の運営もあり、とても疲弊しているのです」

「……はい」

「そんな僕の疲れを癒すにはアイシャの力が必要なのです。どうか、毎日可愛い服を着て僕を癒してください。お願いします」

「そ……そのようなことで、エド様の疲労が癒えるのですか?」

「はい、これはアイシャにしかできない重要な任務なのです。協力していただけませんか?」

「……わかりました!私で良ければ、ぜひお手伝いさせてください!」

「ありがとうアイシャ」


 エド様は穏やかに微笑まれると、「全て運んでくれ」と再び指示を出しました。


 お茶会の時はいつも楽しそうなお姿でしたので、エド様がそれほどお疲れだとは知りませんでした。

 私が着飾るだけで良いなら、いくらでもお手伝いさせていただきますとも。


 お菓子もまた食べたいとおっしゃってくださったので、少しでもお疲れが癒えるよう休日にはお菓子も差し入れたいと思います。


 ふとドレスを運び出している人たちを見ると、皆が笑いをこらえているように見えます。なにか楽しいことでもあったのでしょうか。

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◆作者ページ◆

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