正夢と未来の約束
ある日の放課後、今日はエマとお買い物へ行く約束をしていた為、エマの馬車に乗せてもらい街へと向いました。
本日の目的は、以前エド様のペンを買いに行った文具店です。お店の中に入ると、前回応対してくれた店員が真っ先にやってきました。
「これは、アイシャ様!よくお越しくださいました。アイシャ様のおかげで今、装飾されたペンがとても人気でして、大変感謝しております!今日はどういったご用件で?」
「あの……、そのペンを彼女が購入したいそうで」
よほど売れているのか、熱のこもった歓迎に少々戸惑いながらも、本日の購入者であるエマに視線を向けます。
店員はエマの事も覚えていたようで、予算を聞くと良い物があると探しに行ってくれました。
「どうぞ、こちらでお待ちください」
別の店員に案内されたのは店内の応接セットではなく、上位貴族のためと思われる個室でした。
そちらへ通されると、店員がお茶の用意をしてくれました。
店員が去ったのを確認したエマは、ティーカップを持ちあげてじっくり観察しています。
「ティーカップの質も上がったわね」
「エマったら」
彼女の観察力に思わず苦笑していまいます。確かに、前回とはまるで待遇が違うので可笑しくなってしまいます。
エド様の思惑通り新聞によって、私の顔が周知されたのでしょうか。新聞の私を思い出すと恥ずかしさが蘇ってきて、顔が熱くなってしまいます。
エマに悟られないよう、壁の絵を見ているふりをしていると、ペンをトレイに乗せた店員が入ってきました。
トレイには数種類のペンが並べられていて、どれもエマの瞳の色であるエメラルドグリーンが入っています。
先ほど店員が言っていたように今、装飾されたペンが貴族の間で大ブームなのです。
エド様は私が贈ったペンを、よほど自慢して回られたようで、女性が自分の瞳の色のペンを男性に贈る流行を、あっという間に作ってしまわれました。
「いかがでしょうか、お嬢様」
「どれも素敵だけれど、私が提示した額より高価に見えるのは気のせいかしら?」
エマがそう指摘すると、店員は驚いたように彼女を見つめました。
「さすがは貴族のご令嬢……、お目が高い。実はオーナーから、アイシャ様がご来店の際にはお値引きするよう言われておりまして。本日アイシャ様はお買い物されないご様子でしたので、せめてご友人にと思いまして」
「まぁ、そうでしたの。アイシャの親友で得しましたわ」
エマはそう言いながら軽やかに笑いました。思わぬところでエマの役に立てたようで私もうれしいです。
「それから、こちらはオーナーからアイシャ様への贈り物でございます」
店員は手に持っていた平たい箱を渡してくれます。何でしょうか?
「……中を確認しても?」
「えぇ、どうぞご覧ください」
箱を開けてみると、そこにはお花の模様が入った便箋と封筒、それからメッセージカードが入っていました。
レターセットの絵にしては随分と細かく描かれていると思いながら手に取ってみると、それは絵ではなくて本物のお花が押し花になっていました。
「まぁ……!なんて素敵なの。このようなレターセットは初めて見たわ」
「こちらは押し花が劣化や破損しないよう魔法で加工されておりまして、折り曲げたりしても綺麗な状態を保ってくれます。隣国からの輸入品でして、この国ではまだあまり出回っていない珍しいお品物でございます」
「そのように貴重な物を頂いてしまって良いのかしら?」
「はい、花かごの代わりと思ってお受け取りください。出来ればこちらも流行ると、こちらとしては大変喜ばしいとオーナーが申しておりました」
店員は苦笑しています。
「こちらのオーナーは随分と商売上手ですこと。アイシャを使うだなんてきっと上位貴族ね」
「そうかもしれないわね。けれど、嬉しいわ。オーナーさんにありがとうございますと、お礼を伝えておいてください」
「承りました、アイシャ様」
エマはトレイの中からペンを選ぶと、自身の髪の毛と同じ色のリボンをかけてもらっていました。
私はあの時、偶然エマが髪の毛と同じ色を指定したのかと思っていたのですが、彼女は髪の毛の色と認識して選んでくれていたようです。今更気が付くなんて遅すぎです、私。
お店を出ると、向かいにある夢魔法のお店が目に入りました。
相変わらずとても人気のようで、お店の中は女性で埋め尽くされているように見えます。
夢魔法を使ったことで少し辛くも感じることもありましたが、今となってはエド様と婚約することが出来たのですから、あの夢魔法には感謝したいと思います。
結局、エマには詳しい夢の内容を話さないないまま婚約となってしまいましたが、彼女に話すのはもっと先になりそうです。
夢の内容を話さないのは、長年続けてきた願掛けのようなものですから、変えるには勇気が必要で。
エド様にお話しした後も彼との夢は繋がったままですが、第三者に話してしまったら……なんて、臆病な考えが頭をよぎってしまうのです。
いつかそんな不安もなくなった時には「あの時の夢魔法は、正夢になったのよ」と、驚かせたいと思っていたり。
もちろん、エド様の魔法については内緒ですが。
エマの驚く顔が、今からとても楽しみです。
お買い物が終わり、エマはお城まで私を送ってくれるため、二人そろって馬車に揺られています。
そろそろ日も暮れようとしている時間帯、遅くなりすぎてしまったかもしれないと少し心配になっていると。
「いつも殿下が出迎えてくれるのでしょう?王族自らお出迎えだなんて本当に愛されているわね」
不意の指摘に、思わず顔が熱くなってしまいます。
「けれど、今日はご訪問する時間を決めていないから、お出迎えは無いと思うわ」
きっとエド様は今頃、執務室にいらっしゃると思いながら答えると、エマは意味ありげに笑います。
「そうでもないと思うわ」
「どうしてわかるの?」
「アイシャは気が付いていなかったようだけれど、騎士が私たちを遠目に観察していたもの。きっと先ぶれを出している筈だわ」
騎士がいたなんて全く気が付きませんでした。エマの鋭さには本当に驚かされてしまいます。
彼女の予想通りお城へ到着すると、いつものようにエド様の姿が見えて。
馬車のドアが開けられると、いつものように穏やかな微笑みで迎えてくださいます。
「アイシャ、買い物は楽しかったですか?」
「は……はい、遅くなってしまい申し訳ありません、エド様」
馬車を下りるなり抱きしめられて歓迎されてしまい、とても恥ずかしくなってしまいました。きっと明日は、エマに冷やかされてしまいます。
「いいんですよ、友人との交流も大切ですから。エマ嬢、アイシャを送り届けてくれてありがとうございます」
「とんでもございません、エドガー殿下。アイシャをお貸しいただきありがとうございました。では、わたくしは失礼いたします」
これが友人同士なら「邪魔者はさっさと退散いたしますわ」の一文が追加されていたことでしょう。
「送ってくれてありがとう、エマ。また明日、学校で会いましょう」
「えぇ、ごきげんようアイシャ」
エマはこれから婚約者様にペンを渡しに行くと言っていました。二人が喜びあっている姿を想像するとこちらまで嬉しくなってしまいます。
馬車が見えなくなると、エド様はサラサラの髪の毛を揺らしながら、私の顔を覗き込んでこられました。
「アイシャ、これから塔を登る元気はありますか?」
「はい、座ってばかりいましたので、大丈夫だと思います」
エド様と毎日お会いする中で、お庭とエド様の区画以外に連れて行ってくださるのは初めてです。塔に何があるのかと疑問に思いつつも、エド様に連れられて歩き出しました。
「あの……エド様、お出迎えしてくださる為に騎士を出していたのですか?」
先ほどエマが言っていた事が気になってエド様にお尋ねしてみると、彼は驚いた表情をされました。
「アイシャは意外と鋭いのですね。まさか気が付くとは思いませんでした」
「私は気が付かなかったのですが、エマが気が付いて教えてくれたのです」
「なるほど……、彼女ならば納得です」
彼とエマは数回しか会っていませんが、普段での雑談でもよくエマの話をしているので、エド様も彼女の性格を大分理解してくださっているようです。
エド様は苦笑されながら、お話を続けられます。
「今日は先ぶれの為にも使いましたが、婚約してからずっと護衛は付けていたんです。外でアイシャに危険がないか心配ですから」
彼はそう言いながら、繋がれていた私の手の甲に口づけをなさいます。
それが点火の合図だったかのように、私の顔は一気に熱くなってしまいました。そして「可愛いです、アイシャ」と微笑むエド様の笑顔はまさに火に油。
私は視線をそらしたい恥ずかしさを、ぐっと我慢します。
「心配してくださりありがとうございます。あの……、とても嬉しいです」
「婚約者として当然ですよ。アイシャに知られてしまいましたし、これからは堂々と護衛させますね」
「はい、ありがとうございますエド様」
婚約者という響きに、頭がぽーっとしてしまいます。
婚約をしてからそれに関連する行事もこなしてきましたが、未だにこれは夢なのではないかと思うことがあるんです。
夢で毎日エド様とお会いしていることもあり、夢と現実の境目があやふやに思えてしまうことがあって……。
これは現実なのだと、エド様の手から伝わる温かさで確認をしてみました。彼の大きな手に包まれたそこだけが、とても現実的な感覚です。
塔の入り口に到着すると、そこには騎士が立っていて。「ありがとう、ここからは二人で行く」と告げたエド様は、私を連れて塔の中に入られます。
「階段が続きますが大丈夫ですか?」
「はい、のどかな領地で育ちましたから、足腰には割と自信があります」
「そうでしたね」
幼いころの私を思い出しているのでしょうか、エド様はクスリと笑われます。
領地で過ごす期間はいつも、何をして遊んだのか夢の中で報告していましたので、今更お話せずともエド様は全てご存じなのです。
今でも覚えていてくださっているようで嬉しい反面、天真爛漫だった自分を思い出すと恥ずかしさがこみ上げてくるので、やっぱり思い出さないでほしいと矛盾した気持ちになってしまいます。
塔の上まで登りつめ外へ出ると、暖かな風が心地よく体を包み込みます。
周りに視線を向けて見れば、空全体がオレンジ色に染まっている様子は、思わず息をのむほど美しくて見惚れてしまいました。
「これを見せたかったんです。間に合って良かった」
「ありがとうございます、エド様。とても綺麗ですね」
領地の夕日も綺麗でしたが、このように高い所から見ることは出来なかったのでとても新鮮です。
エド様を見上げると、彼の透き通るような金色の髪の毛は、夕日が当たって蜂蜜のような色になっています。
それを見て、はたと気がつきました。
「エド様、もしかしてここは夢の……」
「気が付いてくれて嬉しいです。昨日の夢は景色があまり視界に入って来なかったので、分かりにくかったですがこの塔だったんですよ」
昨日の夢はふんわりとしたオレンジ色の空間で、蜂蜜色に染まったエド様の髪の毛がとても印象的でした。
そしてこれから起こるであろう出来事をすでに知っているのですから。私の頬は今、夕日よりも真っ赤に染まっていることでしょう。
ドキドキしながらエド様を見つめると、彼は遠くに視線を向けて指を刺されました。
「アイシャ、あちらの奥に湖があるんですよ。湖の畔には花も咲いていてとても綺麗なんですよ。今度、二人で行ってみましょうか」
「……は……はい。楽しみにしています」
突然、夢とは違う展開になってしまったので、あっけにとられてしまいました。
夢では蜂蜜色のエド様と見つめ合った後キスをしたのに、どうして夢の通りにならないのでしょう……。そこまで考えて私は思い出しました。
エド様の夢魔法は魔法だと知られた時点で解けてしまうのでした。先ほど夢だと指摘してしまったので、正夢の魔法は無くなってしまったのかもしれません。
――私はバカです……、大バカ者です!
こんな初歩的なミスで人生二度目のキスを逃してしまうとは……。珍しく察しの良い自分が恨めしいです。
とても残念ですが気を取り直して、私は塔から見える風景を見渡しました。
「エド様、お城の敷地はとても広いのですね。学校で習いましたがこれほどとは思いませんでした」
王都の街を背にしている私たちは今、お城の後ろ側を見ています。
お城の周りには転々と建物が立っていて、その奥は広大な草地と林が点在しています。エド様が先ほど教えてくださった湖も、林の隙間から少しだけ見えています。
「国土の広さを象徴するために、この規模になったそうですよ。警備は大変ですが、おかげで城の敷地から出なくても、アイシャとデートが出来るので先祖に感謝です」
「ふふ、敷地を全て見て回るには何年もかかりそうですね」
ここからだと地平線まで続いているように見えるお城の敷地は、旅にでも出られそうな大きさでわくわくした気分にさせてくれます。
「僕も、最奥までは行ったことが無いんです。いつかアイシャと二人で行ってみたいですね」
エド様はそう言われながら私の頬を撫でると「未来の約束が出来る幸せを、噛みしめさせてください」と微笑まれました。
どういう意味でしょうと思っていると、彼は少し屈んで私に顔を近づけられ、そのまま私の唇は彼の唇によって塞がれてしまいました。
――そういう意味だったなんて、エド様の表現は難解すぎます……。
未来の約束を出来るとは、つまり婚約できたから。このようにキスをしてくださるのも、婚約者だからとう事でしょうか。
確かに婚約前の私達には出来なかった幸せの確認方法です。そう思うと、この状況は尚更幸せな事に思えました。
ふわふわした気分で唇が離れると、エド様は顔を近づけたまま、少しいたずらっぽい表情になられました。
「先ほどは緊張しているみたいだったので、フェイントをかけてみました」
先ほど……とは、正夢だと期待をしていた時の事でしょうか?
どうやら、私の考えていた事など全てお見通しだったようです。
そんな指摘をされては、体温が一気に上昇してしまうではありませんか!
「エ……エド様……いじわるです」
「すみません、僕としてもすでに知っている事をするのは気恥ずかしかったもので」
エド様は照れたご様子です。
「エド様もそのように思われるのですか?」
「そうですよ。ですから、今度はアイシャからのフェイントも待っていますね」
そう言われましても、そのように高度な技術は持ち合わせがありません!
「む……無理です」
「僕はいつまででも待ちますよ。これも未来の約束ですね。あぁ、今から楽しみです」
「エド様ぁ~……」
ニコニコ顔で手を繋がれたエド様は、とても満足そうに私を連れて塔を下り始められました。
まだフェイントもかけていないのにこの表情、実行した暁には喜んでくださるのでしょうか?そう思うと、私も勇気を振り絞って行動に出るべきでは。なんて考えが浮かびましたが、こればかりはすぐに実行は出来そうにありません。
エド様には数年……いえ、数十年お待ちいただきたいと思います。
家に帰った私は、文具店で頂いたレターセットを早速取り出しました。
この素敵なレターセットで書く初めてのお手紙は、エド様にお送りしたいと思います。
毎日お会いしているのにお手紙というのも少し恥ずかしいですが、日ごろの感謝や塔に連れて行ってくださって嬉しかった事などを書き綴ってみました。
キスをしてくださり嬉しかった事も書いてしまいましたが、これをお渡しするのはとても恥ずかしく思えてきました。
お渡しするのは保留にしようかしらと思いながら、今日は眠りにつきました。
そして翌朝、目覚めた私は布団の中で頭を抱えました。
なんとう大失敗……!お手紙の事を考えながら寝たせいで、お手紙を渡す夢を見てしまったではありませんか……!
これでは、お渡ししない訳にはいかなくなってしまいました。
手紙の内容まで夢に出てこなかったのが、せめてもの救いです……。
学校へ行き馬車から降りると、いつもよりも多くの視線がこちらへ向きました。それもそのはず、馬に跨った騎士が二名、我が家の馬車を警備しているのですから。
これからは堂々と警備してくださるとエド様はおっしゃいましたが、少し目立ちすぎではないでしょうか……。
「アイシャ様、放課後にまたお迎えに上がります」
「ありがとうございます。あの、一度お城へ戻られるのですか?」
「はい、その予定ですが、何か御用でしたか?」
「エド様にこちらをお渡ししていただけないでしょうか」
私はカバンから昨日書いた手紙を取り出しました。直接お渡しするのは恥ずかしくなってきたので、騎士様にお願いしてしまいました。
快く引き受けてくださった騎士様は、いつもエド様の護衛をしている騎士の一人なので、必ずお渡ししてくれることでしょう。
その様子を見ていた二番目のお兄様が、心配そうに尋ねてきました。
「わざわざ手紙なんて、何かあったのか?」
「何もないわ。レターセットを頂いたので、エド様に書いてみたの」
「何だ……驚かすなよ。緊急事態かと思ったじゃないか」
お兄様はため息をつきながら歩き出しました。
この平和な国で緊急事態など起こるとは思えません。エド様がつけてくださった護衛だって、過保護なほどですから。
放課後、我が家の馬車と共に待っていた騎士様は、エド様からのお返事を持ってきてくれました。
「まぁ!エド様からお返事を頂けるなんて嬉しいわ」
「殿下もとてもお喜びになっておられました。私で良ければいつでもお運びいたしますので、またお書きになられてはいかがですか?」
「はい、その時はよろしくお願いします」
馬車に乗り込み、改めて封筒を見た私はとても驚いてしまいました。
――エド様もこのレターセットをお持ちだったなんて。
珍しい品物だと店員が言っていたので、王族へ献上されたのでしょうか。
思わぬところでエド様とお揃いの物を所持していたとは、とても嬉しいです。
丁寧に封を切り手紙を取り出します。便箋に三枚も書いてくださったなんて、読む前から幸せな気分です。
「これから会いに行くというのに手紙のやり取りをするなんて、変わった事をするもんだな」
「エド様にお手紙を頂けるなんて、とても嬉しいわ。お兄様も意中の子爵令嬢様に書いてみたらどうかしら」
「学校で毎日会うのに、恥ずかしいだろう……」
これだからお兄様は、お相手の心を射止められないのだと思います。
けれど、その指摘をする気はありません。私はエド様のお手紙を読むのに忙しいのですから。お城へ到着する前に、三回は読み返したいと思います。





