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夢の中の彼

 私には幼い頃からずっと秘密にしていることがあります。両親にもお兄様方にも、親友のエマにさえ言っていない秘密です。


 

 初めての記憶は、三歳の頃にさかのぼります。


 私の夢に出てきた彼は、五歳上のとても可愛い男の子でした。

 透き通るような金色の髪の毛に、宝石のような赤い瞳。

 私が持っているどのお人形よりも、彼は素敵な男の子でした。


「可愛らしいお嬢さん、ぼくのお嫁さんになってくれませんか?」

「はい!およめさんにしてくらしゃい!」


 幼心に、こんなに素敵で王子様のような彼と結婚できたら、私は一生幸せだと思いました。

 彼のことはその前から知っていた気もしますが、彼を初めて認識したのがその日だったのです。


 それ以来、彼は毎日私の夢に出てきました。


 夢の中で彼は、一緒に雲の上をお散歩してくれたり、海に潜って魚たちと遊んでくれたり、星を連ねて作ったネックレスをプレゼントしてくれたこともありました。


 メルヘンな夢の中で、彼は毎日のように優しく私と遊んでくれたのです。



 お兄様のように思っていた彼に、恋心を抱いたのはいつの頃だったでしょうか。

 私が十歳になる頃には、すっかり彼の(とりこ)になっていました。


「エド様、大好きです!」

「僕も大好きですよ、アイシャ」


 お人形よりも可愛らしかった彼は、十五歳になり大人に成長しつつありました。

 身長は見上げるほど高くなり、少し長めの髪の毛が大人びてきたお顔と(あい)まって、とても麗しいお姿へと変わっていました。


 現実なら恥ずかしくてろくにお話などできなかったでしょうが、夢の中の私は大胆にも毎日のように大好きを伝えていたのです。

 彼もいつも私の気持ちに答えてくれて、私にとっては夢の中こそ現実と思うほどに、彼のことしか考えられなくなっていました。



 それからまた月日が流れて、私は十五歳になりました。


 今でも毎日、彼の夢を見ます。

 彼は二十歳になり、息を飲むほど美しいお姿に変わっていましたが、性格は変わらずいつも穏やかで優しく、私を愛してくれました。


「エド様、これからもずっと私のそばにいてくださいね」

「はい、僕は一生貴女だけのものですよ」


 こんな言葉、現実で言われた卒倒してしまいそうですが、夢の中の私は嬉しくて彼に抱きついてしまえるほどには、いつも自然体で彼に接することができました。


 私だけの王子様。


 この夢は誰にも話すつもりはありません。誰かに話せば夢が終わってしまうのではないかと思えて、とても怖いのです。


 エド様はいつも優しく、嬉しいことがあれば一緒に喜んでくれて、悲しいことや怖いことがあった時はそっと抱きしめながら(なぐさ)めてくれました。

 悩みごとがあればいつも相談に乗ってくれましたし、なにかを達成できた時は誰よりもたくさん褒めてくれました。


 心の拠り所(よりどころ)となっているエド様がいなくなってしまったら、私は生きて行けません。

 この夢は私だけの秘密の宝物なのです。






 本日は親友のエマとのお茶会。

 彼女の部屋に招かれ、美味しいお茶とお菓子をいただきながら、いつものように他愛もない話を繰り広げます。

 週末に開く二人だけのお茶会は私が大好きな時間ですが、エマから切り出された内容に私の気分は大きく沈みました。


「アイシャも早く良いお相手を見つけなければ、政略結婚させられてしまうわよ」


 彼女は現実を見ていない私をいつも心配してくれていますが、そんな現実は聞きたくありません。

 彼以上に良いお相手など、見つかるはずがありませんから。


 お父様は末の一人娘である私には、政略結婚は求めていないと言ってくださっているけれど、いつまでもお相手が見つからなければ、いずれはそうなってしまうかもしれません。


 私はお茶を一口飲んでから、ため息をつきました。


「私に好きな方ができるとは思えないわ」

「弱気にならないでアイシャ!明日は初めての夜会だもの、きっと素敵な男性に出会えるわ」


 応援してくれるのは嬉しいけれど、私はさらに気が重くなりました。


 そう、彼女のいうとおり明日は私たち、初めて夜会に参加するのです。

 普通のご令嬢ならば憧れていた社交界に心躍らせるのでしょうが、私は家で寝ていた方がよほど素敵な時間を過ごすことができます。

 夜会の帰りが遅くなり睡眠時間が減らないか、それだけが気がかりでなりません。


 エマは私に合いそうな男性の名前をつらつらと挙げていきますが、私には名前と顔が一致しません。

 残念なことに夢の中の彼にばかり夢中なあまり、クラスの男性すらよくわからないのです。


 そんな状態の私が、夜会で良いお相手を見つけられるのでしょうか。とてもそうは思えません。

 




 その夜見た夢は、いつもと少し違っていました。


 いつもはお花が踊ったり、虹の上を歩けたり、動物とおしゃべりできたりと、とてもメルヘンな世界なのに、今日はお城の夜会に参加する夢でした。

 もしかしたら昼間の会話が影響したのでしょうか。


 夢の中、一人ぽつんと壁の花に徹していた私の元へ、彼がやってきて一緒にダンスを踊りました。


「アイシャと踊ることができてとても嬉しいです。可愛いですよ、アイシャ」

「嬉しいですエド様。こうして夜会でダンスを踊れる日がくるとは思いませんでしたので、とても幸せです」


 十五歳になりエド様と踊ってもおかしくない程度には身長が伸びた私は、歳の差を少し埋められたような気がしてとても嬉しくなりました。


 成人する頃にはエド様に相応しい女性になれるかしら?

 もしその時がきたら夢の中だけで良いのです、エド様と結婚したいわ。


 私はそう思いながら翌朝を迎えました。






 夜会へは、二番目のお兄様にエスコートしていただきました。


 お兄様は会場へ入って早々、お目当てのご令嬢の元へ行ってしまいました。

 両親から私の面倒を見るようにと言われていることは、すっかり忘れているようです。


 お兄様はとある子爵令嬢にご執心で、お父様には婚約者を決めるのを待ってもらっているのです。

 お父様にとっても利があるようで一年だけ猶予を与えられたため、お兄様は猛アタック中なのですが、私の見立てではあまり期待できません。


 私はエマと合流して、エマの婚約者様と三人でおしゃべりを楽しんでいると、ダンスの時間になりました。

 エマは夜会でダンスを踊るのが夢でしたので、私に構わす楽しんでと二人を送り出し、私は壁の花に徹することにしました。


 昨夜の夢も、このように一人で会場を眺めていたのです。

 確かこの曲の途中で、会場の入り口がザワザワし始めたのでした。


 ほら、今みたいに。


 王族でも来られたのでしょうか、女性の方々が色めき立っているのが見て取れます。

 私も王族を近くで見るのは初めてなので、少し気になりそちらを見つめていました。

 ご令嬢の方々が声をかけているようですが、止ることなく進んでくるのが頭だけ見えます。


 それを見た私の心は、ドクンと波打ちました。


 透き通るような金色の髪の毛は、サラサラ揺れると星屑が散らばるような輝きを見せます。


 その髪の毛には見覚えがありました。

 いいえ、見間違るはずがありません。幼い頃からずっと見てきた愛しい人の髪の毛なのですから。


 周りにいた方々が道を開けると、そのお姿がはっきりと私の瞳に映りました。


「エド様……」


 私の夢の中だけに存在すると思っていた彼が、実際にいらっしゃったなんて。


 思ってもみなかった事実に驚き、激しく動いている心臓を押さえながら彼を見つめていると、ふと目が合ったのです。


 すると、彼は柔らかな笑みを浮かべながらこちらへ向かってくるではありませんか。


 ――どうしましょう……。本当にエド様なのかしら。


 彼は私の前までくると、少し照れたように微笑みました。


「初めまして可愛らしいお嬢さん、僕はエドガーといいます。よろしければダンスを一緒に踊っていただけませんか?」


 エド様に瓜二つの彼はエドガー様とおっしゃるそうです。

 もしかしなくても、この国の第三王子であるエドガー殿下ではありませんか。


 美しいお姿で有名なエドガー殿下が、まさかエド様そっくりだなんて驚きです。


 どうしましょう。今になって気がついたのですが、私はエド様の本名を知りません。

 彼が夢の中のエド様なのか確認ができないではありませんか。

 もしかしたらエドワード様かもしれませんもの。


 頭の中は大混乱です。


 エド様に出会えて喜ぶべきなのか、そっくりな別人に出会ってがっかりするべきなのか、私はどちらを選べば良いのでしょうか。



 エドガー殿下は私が断るはずもないと思っていらっしゃるのか、手を差し出したまま笑顔で首を傾げて催促をします。


「はい……私でよろしければ」


 私は半信半疑のまま、エドガー殿下の手を取りました。

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◆作者ページ◆

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