第十七話 ワンダーランドのワンダラー
「ご主人様…お気を付けて……」
俺とミーナは噴門を前でしばしの別れを惜しみ合う。
「そんな、今生の別れみたいな顔するなよ、さっきのテンションはどうした?向こう側から、ここを広げれば直ぐ会えるし、もしダメだったら、こっちに戻って来るから」
「でも、そんな装備では…」
ミーナは俺とロープで数珠繋ぎになっている、高さ150cm位のボトル七本と長さ70cmの釘二十五本を見て悲しそうな顔をする…
あれ?ウソがバレたのか?
「作戦は奇をもって良しとすべしってね」
「どう言う意味ですか?」
「孫武って人が書いた兵法書の言葉で、定石通りの正法で不敗の地でも敵と戦う時は、臨機応変に適応して奇策で打ち勝つって事だ」
俺としては兵隊あがりのお尋ね者四人組の大佐の方が印象的だけど…あぁコンプリートBox買ったのにまだ全話見てなかったな〜
「わかりました、ヤ・ク・ソ・ク楽しみに待ってますからね」
そう言ってミーナは僅かに悲しみが残る笑顔を見せた。
それって微妙に死亡フラグぽいんだけど…
「じゃぁ、行ってくる」
俺は噴門に体をねじ込んで行くと意外にもアッサリ食道に出る事が出来た。
装備を引っ張り込んでいると、粘液に濡れたピンク色の肉壁が異物を出すたびにパクパクと蠢き、いけない想像をしてしまった…
あぁ、因みに俺マッパじゃないですよ、シャツの袖で作った服装イメージ的にはビールの宣伝してるバ○ガールみたいな感じで、大事な物が付いてるのに男として大事な物を失った気がします…精神的に…
キラリと一雫目から汗が零れ落ちる。
それはともかく、俺は鋼の精神で括約筋の誘惑?に耐え装備とロープを全て引き込む。
「ミーナごめんな海竜を殺す迄そこで待っててくれ」
肉穴に咥え込まれたロープを見て呟き、噴門を広げ様とする事も無く頭部の方へと向かう。
海竜の食道は右にカーブを描いた下り坂になっており重い装備を引き摺りながらも楽に移動が出来た。
歩きながら、ふと思う海竜は不感症なのではないだろうか?
これだけの装備を引き摺っているのに身動ぎもしない…
喉元過ぎれば熱さ忘れる?確か医学的にも食道や胃などの内臓は感覚点(痛点、圧点、温点、冷点の総称)が殆ど無いんだっけか?
でも、そもそも竜種ってマンガとかだとブレス吐くから感覚点が有ったら、可成りの自爆ダメージくらう事になるのか?
それが事実だったら今の俺には 竜の加護って事になるのか…
試しに毒の牙使ってみるかなっと
釘の頭で粘膜を削って…ガブッ
は、歯が立たない…
それなら、釘で刺してから傷口に毒の牙を!
渾身のチカラを込めて刺してみるが擦り傷すら付かない…
うん!無理だ!
暫く歩くと大きな呼吸音が聞こえてくる、目的地が近い様だ。
ゴォゴォゴォゴォーヒューーーーー
ゴォゴォゴォゴォーヒューーーーー
ゴォゴォゴォゴォッ……………ヒューーーーー
フゴォッ……フゴォゴォッ……ヒューーーーー
「無呼吸症かよ!!」
ツッコミが聞こえたのか海竜は大きく息を吸い込む
ゴォォォォォォッ…ゴォォォォォォォォォォーー
その頃、胃袋の中のミーナは一向に開く気配の無い噴門を見つめつつ、過去の自分を思い出し葛藤していた。
心の声が響く…
『オマエまた裏切られたんだ!…孤児院の院長の様に裏切ったんだ!…自分が助かる為にオマエを捨てて逃げたんだ!…また捨てられたんだ!…オマエの身体を思う様貪り尽くし陵辱した挙句に飽きたと言ってた捨てアノ男の様に…利用するだけ利用して置き去りにされたんだ!』
「ご主人様は違う!そんな方じゃない!」
『何が違う?開く気配すらない無い穴前で、戻る事の無い男』
「ご主人様は…アラタ様は、私に名前をくれた!幸せの時間をくれた!死ぬまで…死んでも仕えろと言ってくれた!こんな穢れた私を、ユックリじっくり愛してくれると約束してくれた!」
『そしてオマエは…また…裏切られる…その希望のが、もうすぐ絶望に変わる…クックックッ』
「アラタ様は絶対に裏切らない!きえて…消えて!私の中から出て行ってぇぇぇぇ!」
ミーナが絶叫した瞬間!
ロープが強く引かれボートの船首は噴門に突き刺さる!
咄嗟の事で受け身が取れず、ロープが引かれた拍子に船尾に背中を強く打ち付け!
噴門に刺さった反動で船首に飛ばされ胸を打ち呼吸も儘ならず、それでも主人を思い名を呟く
「ア、ラタ…さ…ま」
そしてミーナの意思は闇へと沈む…
ゴォォォォォォッ…ゴォォォォォォォォォォーー
海竜が大きく息を吸った直後、強烈な突風に身体を掴まれ頭部の方に飛ばされる!
グッシュンンンンンンンンンンンンンンンー
ほんの一瞬で口まで吹き飛ばさた!
気が付けば頭の数センチ先には海竜の鋭い歯が並んでいた、あと数センチロープが長かったら、ロープの結びが弱く解けていたら、良くて外に放り出され悪ければ鋭い歯に引き裂かれていただろう。
クシャミ 一つで人を殺せるって化け物過ぎだろ!心優しい大魔王を見習え!っと心の中で静かに叫ぶと共に、ロープを結んだミーナに感謝し、
立ち上がろうとした時、左腕に違和感を感じて見てみると、肘の少し上の辺りが歯に切り裂かれ千切れ掛けていた。
アラタは咄嗟に止血して千切れ掛けた腕を押さえていると、徐々にではあるが治り始める。
これがスキル『欠損部再生』の効果の初体験だった。
初体験は嬉しく恥ずかしい物だけで充分だと心の中で呟き。
通り過ぎた目的地に戻ろうとした時、唾液で喉元まで押し流され、期せずして目的地である気管支の目の前にたどり着いたのだった。
また、海竜のクシャミに巻き込まれる前に避難しようと思い、気管支の奥深く人で言う所の呼吸細気管支に潜り込む。
腕が回復するまで、しばしの休憩を取ることにした。
…五分程経ち、完治と言わないまでも作戦に支障無い位に回復した。
アラタは呼吸細気管支のさらに奥の肺胞管まで侵入し、六本のボトルの中身をブチ撒ける。
すると途端に、すえた臭いとジュゥーーっと言う音が辺りに広がって血が溢れ出す。
アラタが運んで来たボトルの中身は酒ではない!胃袋で採取した塩酸、即ち胃酸である。
さしもの海竜と言えど、濃度の濃い塩酸を大量に肺胞へ流し込まれては堪ったものではない。
眼下に広がる血の海に空いたボトルと更に二十四本の釘を投げ入れ、大きく息を吸い込むと残り一本のボトルと釘を携え自らも、血の海に飛び込む。
そして、回復が始まった肺胞から肺動脈に入り心臓を目指す。
ドクゥン…ドクゥン…ドクゥン…ドクゥン…
人間よりペースは遅いが凄い振動が伝わってくる。
左心房に入った所でいっぱい迄、伸びきったロープを解き左心室へと進むが、
ドクゥン…ドクゥン…ドクゥン…ドクゥン…
肺動脈で感じた音より大きく、まるで耳元で大砲を打たれる様な衝撃で鼓膜が破れ、肺に溜め込んだ空気の殆どを失い、死ぬほどの圧力に耐える、ここはまだ最終目的地ではない!
ドクゥン…ドクゥン…ドクゥン…ドクゥン…
気力を振り絞って意識を保ち大動脈へと入った、ここが運命の分かれ道。
一本道を間違えれば、どっかの毛細血管に詰まって血栓となり死を迎える。
目指す最終目的地は生命体の全てを活動を制御する『脳』だ!
ビューーーン…ビューーーン…ビューーーン…
暗い大動脈の中を流れている…
スキル『ピット器官』の効果で辛うじて周囲の状況を認識出来ている。
ビューーーン…ビューーーン…ビューーーン…
幾度かの分岐を経た先でたどり着いたのは、無数に枝分かれした支流…
ビューーン…ビューーン…ビューーン…
酸欠で意識が朦朧とし道を選ぶ余裕が無い…
だが、俺の予想が正しければ選ぶ必要はない。何故ならどの道を選んでも正解だからだ…
そして、目の前には俺の到着を祝福する様にワンダーネットと言うゴールテープが張られていて、更に頭上にはトロフィー如く掲げられた空のボトルが漂っていた!
早速、空ボトルの蓋を開けて服を気嚢代りに使い空気を吸い込む……胃液臭い…
さぁ〜って、最後仕上げ、ワンダーネットをブチ破る!
俺は最後のボトルの蓋を開けてワンダーネットに押し当てる、すると徐々にワンダーネットがボトルを呑み込んでいき…
ダイ○ンの掃除機が比較にならない程の吸引力でボトルと俺、そして大量の血液を吸い込んだ!
海竜が暴れる、もがき苦しみ長い首が振り回す。
ワンダーネットが破れ大量の血液と自らの鼓動のチカラ血圧が脳を圧迫し。
海竜は呆気なくその生涯の幕を下ろした。
っで、俺はインヘリタンスで海竜の全てを継承したって訳だよ!
「ぅんめ〜!ヒレ肉ぅんめ〜!マジ最高!」
銀髪の優男が絶賛し
「ほんほーに、おいひいです!…ゥゴクッン…アラタ様も早く食べないと無くなってしまいますよ!」
ミーナも同意して、俺に肉を進め
「ぅんん、ふふんぅーん!」
幼女が、口いっぱいに肉を頬張りガリ○リ君みたいな顔して雄叫びを上げた。
この子はいつから こんな 残念キャラになってしまったのか…
素材が良いだけに残念度が高く見える…
「・・・君達俺の話聞いてた?」
「…もちろん聞いてたさぁ、うさぎを追いかけてワンダーランドに行って大冒険したんだろぉ」
「確かに、主人公の名前も三文字で、1ヒット 0ブ○ーだなって!ざっけんなよ!!」
「はははぁ、懐かしぃ〜!冗談だよ、冗談だ、でワンダーネットってなんだぁ」
「あぁ、地球にキリンって動物いただろ、アイツら血圧めっちゃ高いんだよ!高い所にある脳みそに血液を送る為さ、でその血圧を下げて効率よく血液を送る為に頸動脈が沢山分岐してるんだ。でも、下を向いたら脳にハンパない血圧がかかるからそれを減圧する為に有るのがワンダーネットって訳だ、海竜も同じ首が長い生物だから有るかもって思って行ってみたら大正解だった」
「危ない賭けするなぁ、俺ら地球人に取ってここはファンタジー、いや不思議の国だぞぉ、生物学とか超越してるかもだろぉ」
「まぁな、でも状況的には、その方法が一番勝てる確率が高かったんだ」
「アラタ様!作戦は奇をもって良しとすべしですね♪」
「…その通りだ」
ミーナあの時言葉、覚えてたのか…
「アラタ様…私も教えていただきたい事あるんですが…」
「何が知りたいんだ?」
「隣に座っていらしゃる、銀髪の方は誰ですか?」
「あれ?俺言ってなかった?オマエ自己紹介した?」
「うん〜、してないなぁ…ハッハッハッ」
銀髪の優男はそう言っていい笑顔で笑う
ミーナ達は何時間も一緒に居て笑い合っていたにも関わらず。
今の今まで、初対面である事すら認識していなかった。
そこに居るのは当たり前で、寧ろ居ない方が不自然だと思わせる様に、人の心と記憶に自然に溶け込む…
今さらでも気が付いた、ミーナを称賛すべきだろう。
俺も未だに、この男のスキルに付いては知らない事が多い。
それが、イケメンのパッシブスキルなのか?
はたまた、コイツのコミュ 力 か?
なんて実は、この銀髪男が妖怪 ぬらりひょんで、魅力のステータス値が限界突破してる。
って言う設定で良い気がする…
謎のチートスキルを持った、不思議な男…
この男こそ!異世界の放浪者だ!
っとでも言って紹介を忘れた事を、煙に巻けないだろうか…




