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8、黒い馬

橋を渡るとそこはまた違う町のように思えてくる。

同じロンドでありながら、橋が出来るまで復興には手つかずだったために大きく町の印象が違う。

インフラ整備はかなり進んだが、町は今だ荒れ果てて、こちら側はとにかく泥棒が多い。

工事途中で鉄や機材が盗まれる為になかなか工事がはかどらず、白昼堂々と強盗事件まで多発して、工事を請け負う業者がなかなか手を挙げないのだ。

たったクレーター一つを境にして生活環境の違いか次第に人の目が鋭くなり、服装が貧しくなる。

なにか薄暗い町の印象に、エリーが無表情にサトミに回す手に力を入れる。

明るく輝くブローチを見て、ふと顔を上げた。


「ブローチが光ってるわ。」


「ああ、こっちに来たら盗まれないように注意するんだな。」


「あなたがいれば大丈夫よ。」


「フフ、まあもうすぐお別れだけどね。」


お別れという言葉に、何故かエリーのAIが揺れる。

こんなに人間と密着するなんて、初めてだからかもしれない。

でも……それ以上に…………あなたの情報が、一つでも知りたくなってきた。


「あなたは、強いのね。どうして強いの?」


サトミが、突然の問いに視線を落とし口をつぐむ。


「……いいの、ごめんなさい。」


サトミの背には、大きな刀。

それはこの厳しい仕事の中、彼が命を預けるたった一つの武器。


「……どうして、刀なの?銃の方が効率がいいし安全だわ。」


「フフ……どうしてだろうな。俺にもわからない。」


わからない。そう返す言葉が、何故かひどく寂しい。


「きっと、この刀はあなたのために生まれたのね。

私は……誰のために生まれたのかしら……」


「きっと出会えるさ、あんたを待つ人に。」


私を待つ人……

それが、あなたのような人間ならいいのに。


目を閉じ、サトミの背に顔を寄せる。

なぜか、エリー自身の人工血液を送るポンプの音が、耳の音声集積回路に鳴り響く。

それは身体中をリズム良く打ち鳴らし、いつもと違う違和感にしかし何故か心地よく、うっとりと耳を傾けた。


「私、心に何か別のスイッチが入ったのかしら。」


サトミの背に耳を当て、彼の静かな鼓動が次第にエリーのポンプの音と共鳴するかのようにリズムを奏でているように聞こえる。

彼女はそれに耳を傾け、安心したように目を閉じた。





闇のように黒い馬が、ジャリッと荒れた地面を踏みしめる。

建物の影で、その馬に乗り自動小銃を持った男が携帯の電話を切った。


「来るぞ、クラウス。」


マガジンを引き出し、重さを確認して再度銃に差し込む。


「フフ……ポストアタッカーか、どれほどの手並みか拝見しよう。」


クラウスが、腕の筋肉をほぐす。


「甘く見るな、とお達しだ。」


「わかっている、ベリアル。」


童顔の青年と不格好な馬の写真に鼻で笑う。

日本刀と聞いた時は珍しさに興味が先に立ったが、さてどのくらい相手になるのか。

日本刀は威嚇の為に持っているのかもしれない、とさえ思えてきた。


「一般人とは言え、可哀想なことだな。まだ死ぬには若いのに運が悪い。」


「まあ、荷物が悪かったと諦めてもらう。アンドロイドは首さえあれば構わんとさ。」


二人の屈強な男が、うなずき合って馬を歩かせる。

通りに居合わせた住人たちがその殺気に髪を逆立て、震える足で慌てて家に入り窓やカーテンを勢いよく閉めた。





傾いたり崩れかけた家の並ぶ廃墟の中を、ベンが早足で進む。

ここは特に貧しい人々が暮らすエリアだが、さすがにポストアタッカーに手を出すバカはいない。目つきの鋭い者が怪訝な顔で見送る先で、次第に周りの人々がスッと建物の陰に隠れて行く。サトミはすでにそれに気がつき、顔を引き締めていた。

ビリビリと、肌に緊張を感じる。


大物が出てくるな。


高揚する心に反して身体の芯が落ち着き、神経が研ぎ澄まされて行く。

やがて建物のかげから、大きな黒い馬に乗った軍人の男二人がヌッと現れた。

1人は銃器をいくつも装備し、アーミージャケットには複数のマガジンが見える。

もう一人は隆とした筋肉を黒い軍服の下に感じさせ、ハンドガンと、そして馬に折りたたみ式の刀を装備していた。


ベンが視線を左右に走らせる。

サトミはそれをいちべつもせずにつぶやいた。


「やはり追っ手は軍かよ。」


「ヒヒヒ、死ぬ時は教えろ。」


笑ってベンが首を振る。

サトミがほくそ笑んで息を飲み、腹にあるエリーの手を軽く握り合図する。

エリーがハッと見回し、その手に力を込めた。


「ベンッ!」

「おお!」


ベンが鼻息荒く、突然走り出す。

黒い馬の男達が手綱を振り、馬の腹を蹴った。

黒い馬って、強そうです。

でも所詮は馬です。

ベンは・・どうなんでしょうね。

次回戦って頂きます。

それではまた。

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