7、高所恐怖症でもがんばる
しばらく足を速めて行くと、次第に空高くそびえる吊り橋の主塔が見えてくる。
しかし橋が近いからと行って、橋を渡る為に交通量が増えるワケじゃない。
橋の向こうはあまり治安が良くない、今でもこちら側から行く人は余程の用がなければあまり行きたくない所だ。
それでも最近は向こう側にもポリスの数が増えて、人口も増えつつある。
報道される事件も、若干減ってきたのは好印象だ。
いまだ地価が安いこともあって、移住する人も徐々に増えている。
朝と夕方ラッシュ時だけは、馬や車が増えて一気に我が家までノンストップで帰るのだ。
主塔がどんどん近づき、やがて町並みが途切れて前方に巨大な湖・・いや、クレーターが現れた。
それを中心に、放射状に建物が傾いているのは異様な光景だ。
最初は核ではないかと生き残った人々もパニックになったが、放射能汚染は見られないとの政府の公式発表も早く直後に終戦となった為に復興も早くに手がつけられ、人口流出は最低限に抑えられた。
クレーターはそのまま残され、大きな橋が2本造られている。
ベンが橋の入り口で突然ちゅうちょしたようにスピードを落としたが、サトミがかまわず手綱を振った。
「なんて奴だ!人生の伴侶は大事にしろとソクラテスは言った。」
ベンの声が、心なしか震える。
ベンは極度の高所恐怖症なのだ。
「誰が伴侶だよ、さっさと渡れって。エリー、橋の上は風が強いからしっかり掴まってて。少し急ぐよ。」
「ええ、苦しいときは言って下さい。」
エリーがサトミにしっかり掴まる。
背中に胸の感触が柔らかく、作り物とわかっていてもなんだか気恥ずかしい。
鼻頭をポリポリとかいて、思わずニヤリと笑った。
橋は幅がゆったりとして、2車線だが歩行者もここを通る。
ただし、逃げ場が無いので歩行者はほぼ無い。
通行量も少なく、今は車と馬車が数台前を走っている。
橋に入ると横風が強く、ベンが足を速めて2車線の内側を小走りに走り出した。
「ああイヤだイヤだ。」
「ベン、ちゃんと目を開けろよ。」
「高い所はイヤだってのに、今日は往復2度目だ信じられない。」
「わかったわかった、帰ったらニンジンやるから。」
「ごめんなさい御主人様といえ。」
「いいから走れよ御主人様。」
「もっと!もっと、もっと橋の幅を広くしろ!」
「十分広いだろ、安心しろよ。」
見上げると青空の中、ケーブルから下がり整然と並ぶハンガーロープ。
それがブツッと切れそうでゾッとする。
ベンが引きつった顔で、一つ大きなため息をつく。
「人間が作った物なんて信用できない。」
「そうだな、俺もだ。」
「落ちたらどうする。」
「大丈夫、下に水があるだろ。」
「泳いだこと無い!きっと死ぬ、死ぬ!死んだら恨んでやる!」
「ほら、もうすぐ半分だろ、がんばれ。」
後ろから、突然高回転のエンジン音が響き迫ってくる。
前方には丁度車や馬が途切れて今はベンだけが橋の上だ。
ここは隠れる場所もなく、逃げ場もない。
「やっぱりここで来たか。ベン、走れ!」
「死ぬ、死ぬ、死ぬーーー!!」
ベンが足を速め、ドンドンスピードを増して行く。
エリーが無言で苦しいほどにギュッとしがみついてきた。
「エリー、頭を下げろ!」
サトミも身を伏せ、横に並んできた車をいちべつする。
「止まれ!止まらないと撃つ!」
後部座席の窓が開き、男達が銃を向ける。
「フン」
サトミは腰から小さなナイフを取り、窓際の男に投げた。
「ギャッ!」
銃を持つ手に刺さり、思わず空へ一発放つ。
ひるんで一瞬車のスピードが落ち、その姿が後方へ下がると、そのすきに数個のボールをクラにぶら下げた袋から取り、車の前方へと放る。
そのボールはスピードを上げた車のボンネットやウィンドウに当たって弾け、真っ白な圧縮されていた液体をぶちまけた。
「な!なんだ!」
「前が見えない!うわあああーー」
ギキキキキキーー
運転手が突然広がった白の世界に、先の見えない恐怖からブレーキを踏む。
しかし車はハンドルを取られ、車体が大きく横を向いてしまった。
「うわああああ!!」
「くそっ!」
後ろの席の男がスリップする車に歯を噛みしめ、サイドウインドウからエリーの背に撃つ。
サトミが瞬間に背の刀を抜き、前を向いたまま頭上で一瞬ぐるりと回転させた。
キンッ!
刃がエリーの背中で弾丸を2つに切り、弾は弾けて後方に散って行く。
サトミはそのままくるりと回してさやに刀をもどし、何ごともなく走り去っていった。
「馬鹿な!うおおお!」
車は背後で大きくスピンし、男達の悲鳴が上がる。
ガードレールを突き破りボンネットが外に飛び出した所で、ようやく止まった。
橋を過ぎた所で、ベンがスピードを落として息をつく。
「ああ、帰りもまた通るのか。」
「生きてればな。」
「占いでは百年生きる。」
「一体何で占ったんだ?」
「ひづめのしわ。」
「ひづめ占いかよ!あははは!」
エリーも身体を起こし、後ろを振り返る。
しかしサトミは振り返りもせずに、ベンに合図してまた走り出した。
ガードレールにつっこんだ車の中からは、男達が慌てて、しかしそうっと車から飛び出し命拾いしていた。車のフロントについた白い液体は一体何なのか、遮光率が高くしかもねっとりと張り付いている。
「大丈夫か?」
「あんな物、ポストアタッカーは装備しているのかよ。まったく……」
むかついて1人が、ドカッと車を蹴った。
キイイーーガ、ガ、ガ……
「あ、あ、あ、ああ!」
反動で、微妙なバランスをとっていた車がぐらりとかしいで橋から落ちて行く。
ドボーン!
「この……バカが!」
「も、申し訳ありません!」
リーダーらしい男が怒鳴り、ヒビの入ったサングラスをポケットから出し顔にかけた。
そして上着の内ポケットから携帯電話を取りだし、電話をかけ始める。
ポストアタッカーを舐めていた自分が、どうにも口惜しい。
苦々しい言葉を吐き捨てるように、電話口に言葉を放った。
「ダメだ。甘く見ていた、かなり手強い。少佐に連絡を、それと奴の身辺調査だ。
ああ、そうだ、相手は背後の銃弾さえ切り落とす、日本刀のポストアタッカーだ。」
高所恐怖症なのに、吊り橋を渡れとかひどいパワハラ・・
サブタイトルに悩む・・
それではまた。




