6、銀のペガサス
郵便局のゲートを建物の影から見張る車の中で、いかつい男3人がイライラして待っていた。1人が携帯電話を取り出し、どこかと連絡を取り始めたとき、ハンドルを握る男が声を上げる。
「出てくるぞ!間違いない、あいつだ。」
ゲートで身分証を見せ、出てくるサトミ達をスマホで写真に撮り送信する。
その男達は、先ほどエリーの乗った車を追っていたあの3人組みだった。
「よし、追え」
運転席の男がうなずき、車のキーに指をかける。
コンコン
窓を叩く音に見ると、警備員が運転席の窓の向こうでニッコリ笑っていた。
気がつくと、反対側にも警備員が3人全員銃を構えている。
「早く出せ!」
慌てて男がキーを回すが、エンジンがかからない。
ドンッ!ガチャンッ!
突然、運転席の窓を警備員が警棒でたたき割った。
ドガーンッ!
同時に目の前に突然現れた郵便マークの付いたアーマードスーツがボンネットに斧を突き立てる。
「うわああああ!!」
「ア、アーマードスーツ?!戦時中の?!」
「貴様逃げようとしたな?怪しい奴め!手を頭に挙げて車を出ろ!抵抗するな、命の保証は出来ない!」
「一体何の権限で!私は……」
「誰だろうと郵便局周囲の路上は許可無く駐車絶対禁止。たとえ大統領でもだ。
不穏な動きをした者には、実力行使も許可されている。つまり……」
「郵便局をなめるんじゃネエ!こるぁっっ!」
体格の大きな警備員が、思い切りドカッと警棒でドアを叩いた。
ボッコリとドアがへこみ、突き破りそうな勢いに男達がすくみ上がる。
郵便局の警備員は容赦がないとは聞いていたが、ここまでやるとは。
すでに車のエンジンは破壊され、逃げることも諦めた3人は、ため息混じりで手を挙げた。
ロンドでも一番の繁華街をゆっくりとベンが進む。
と言っても一旦はゴーストタウン化したような街なので、いまだ残骸も残り荒れた町並みが続く。
だが最近は徐々に人も戻ってきているので、インフラも整備され徐々に住みやすい町へと姿を変えつつある。
さすがにまだ治安が悪いものの通りには店が並び、人々がのんびり買い物している姿が多い。
エリーが珍しいのか、身体を起こしてキョロキョロ辺りを見回す。
振り向いて、サトミが笑った。
「珍しい?」
「ええ、外へは初めて出たの」
「へえ、最近生まれたんだ。」
「いいえ、もうずっと前からただ動いているわ。意味もなく」
「寂しいこと言うなあ。生きることに意味がないって思うのは、君が何も気がついてないからさ」
「気がついて?何に?」
問われて自分の言ったキザな言葉に苦笑する。
サトミが答えを探し、空を見上げ流れる雲を見つめた。
「君を、想う人。…って、敵の多い俺の言うことじゃねえな」
気恥ずかしそうにサトミが言って、鼻の頭をかく。
エリーが少し考え、小さく笑った。
「私を利用しようとする人ならいるけど。所詮私はロボットでしかないわ」
何を思ったのかベンが顔を上げ、サトミを見る。
サトミが目を合わせると、ベンが鼻先をクイッと路上のアクセサリー売りに向けた。
「なんだよ」
「メスは光り物が好きなのさ。」
「だからなんで?」
「メスは機嫌を取れと聖書にある。」
「ねえよ。」
フンッと不満そうに息を吐き、ベンがゆっくりアクセサリー売りの前で止まる。
エリーが美しく光を反射する銀細工に惹かれるのか、身を乗り出した。
「おっ、可愛い彼女だねー。似合うよほら、ネックレスなんかどうだい一つ。おまけするよ!」
すかさず売り子が、愛想良くエリーに指輪やネックレスを差し出してくる。
早朝市が立つこの通りには、夕方まで明るい時間帯にいろいろと路上販売が残っている。
店を持てない人々の、生活の糧だ。
見ると、路上販売にしては混ざり物の少ない綺麗な物が並んでいる。
「本物の銀だよ、いいもの使ってるんだ。開店資金集めに協力してくれよ。」
「まあ、大変なのね。」
それが本当の話かわかったものじゃないのに、エリーがしきりにうなずいている。
そのあまりにも世間知らずな純粋さに、サトミが笑って馬を下りた。
鼻頭をポリポリとかき、並ぶアクセサリーをちらりと見る。
「降りておいで」
「え?ええ」
エリーがベンから降りて、並ぶアクセサリーを2人で覗き込む。
「なんか気に入ったのある?」
「わからないわ、こんなの持ってないから。それに私には必要性がないもの。」
「まあ、必要じゃないと言ったら元も子もない物だよな。」
サトミがヒョイと肩を上げ、一つ目を惹いたペガサスの彫刻が入った美しいブローチを取った。
「これはどう?」
「そうね、ビッグ・ベン様に似てるわ」
「ベンに?!これが?」
サトミがプウッと吹き出し、彼女の胸に付けた。
「どう?」
「悪くないわ。でも、なんに使うの?」
「そうだなあ、お守り。」
「お守り?人間でもないのに。」
「まあ、神様って奴はアテにならねえけどな。気持ちの問題さ。
願掛けの、……対照?って事になるのかね。」
「ふうん、つまり、これにお願いするのね。信仰のコアと判断するのかしら。」
サトミがどう答えた物か頭をかいて金を払い、また馬に乗り込む。
「さあな、好きに判断してくれ。俺もあんたに明確な答えを出すのは頭が痛い。」
彼女に手を貸し、ベンに乗せてまた歩き出す。
「貰っていいの?」
「いいさ、俺も女の子送るなんて初めてなんだ。記念に送るよ」
「まあ、ありがとう」
エリーが胸で光るブローチを見て微笑む。
今まで身の回りの物を人間に与えられてきたけど、必要性のない物を貰うのは初めてだ。
なんだかAIが揺れる。判断がつかない、感情プログラムがじわじわと複雑に計算を繰り返す。
銀色の表面が、何か特別の輝きを放って見える。
「きれいね、うふふ。」
「うれしい?」
「そうね、うれしいって判断してるみたい。何故か初めて感じる気持ちだわ。
優しいのね、私がロボットだってわかっているのに」
「ああ。対人兵器には昔ずいぶん痛い目にもあったけど、アンドロイドにはそれ以上に世話になったからな。
俺には人間とアンドロイドの垣根がないんだ。」
「それは、あなたの仕事では危険じゃないの?」
「……キケンかもな。でも、俺は……本当の俺は……」
ピクッとサトミが顔を上げる。
「付けられてる。」
ベンが振り向かず顔を上げた。
「走るか?」
「いや、エリーがまだ少し馬に慣れていない。様子を見よう」
ベンがブルブル頭を振って、フンッと鼻息を吐いた。
落ち着きながら、士気を高めている。
反してサトミは、変わらぬ風情でただ真っ直ぐに前を向いて、静かにその時を待っていた。
郵便局、こわい
それではまた。




