5、ビッグベン
郵便局の駐車場には、数台の車と馬屋が並んでいる。
戦前石油から電気に移行しつつあった車事情も、戦争で経済の破綻と電気不足ですっかり車は姿を消していき、今ではほとんどが馬を利用している。
車は一部の配送や、金銭的に余裕のある者、そして軍や政府関係が利用しているくらいだ。
ビッグベンを、馬屋の中からサトミが連れてくる。
作業着を着たエリーは、ワンピースを入れた袋をたすきにかけてその様子を見ていた。
ベンが彼女に気が付き、ジロリとサトミを見る。
「乗員1名限定」
「ウソこけ、初めて会ったときは俺よりデカイ夫婦乗せてたくせに」
「あれは動物虐待。あいつら、お前見て逃げた」
ベンがニイッと笑う。
サトミが引きつった笑顔でエリーを指した。
「うるせえな。ほら可愛い子だろ、嬉しいくせに」
「お前がだろ」
サトミがため息をついて、クラを二人乗り用に変える。
怪訝な顔で、ベンがエリーをじっと見てボソッとつぶやいた。
「欲しい……」
「なにが」
「今度は可愛い服が欲しい」
「可愛いだ?オスだろ、おめーはよ。」
「キュートで行く」
「あー、そうですか。だいたいお前何枚持ってンだよ、この前青いので作ってやったばっかりだろうが。」
「今度はフリルを付けろ」
「フリルだあ?わかったよ!あの青いのにフリル付けてやればいいだろ」
「わかりました、御主人様と言え」
サトミが手を止め、頬をひくひくさせて目が据わる。鞍を付け終わってベンの首元をバンバン叩いた。
「さあ!準備できた。行こうか。」
「痛いじゃないか。ごめんなさい御主人様といえ」
エリーが無表情で、ベンの顔をじっと見る。
ベンがフンッと鼻息をエリーの顔に吹きかけた。
「失礼な女だな」
「だって、私のメモリーでは馬は喋らないわ。」
「えらいからだ。失礼しました御主人様と言え」
「失礼しました御主人様」
素直なエリーに満足したように、ニヤリと笑い顔を上げる。
「良し、許してやる。今度からビッグベン様と呼べ」
「私はE……エリーよ、ビッグベン様」
サトミが呆れてヒョイと肩を上げ、エリーに手を伸ばした。
「さあどうぞフロイライン」
「悪くないわ」
エリーを後ろに乗せて、サトミが前に乗る。
しかしサトミの背を見て、少し驚いた様子で声を上げた。
「これは何を背負っているの?棒のような……ナイフ?なんて長いのかしら。」
「ああ、これは日本刀って言うのさ。でもいちいち相手を殺すわけにも行かないからな、電気を仕込んでる特製品だよ。
ああ、でも大丈夫、サヤは防磁シールドを完璧にしてるから。磁力や電磁波の心配はないよ。」
刀を少し抜いてみせる。
中に何が入っているかを知って、恐怖を感じるなら刀を腰に持っていってもいい。
だが、背にあるのが彼にとっては普通だ。
「怖くない?」
「私に怖いか聞くのね。」
「まあね、電磁波は?」
電気はこの仕事に就いた時付けて貰ったものだ。
防衛のためとはいえ、今は戦中ではない。彼らでも意味無く人を殺せば罪になる。
しかし日本刀に高電圧を通した時、強い磁力を持ったのでサヤにも工夫した。
荷物にはディスクなど磁力や電磁波に弱いものが多いのだ。
「大丈夫よ、私も多少の電磁波は防御できるわ。それ程ボロじゃないから心配しないで。
それに、カタナで壊れたら直して貰うわ、問題ありません。
で、私はどこを掴めばいいの?」
「俺の腰に手を回して、俺をつぶさない程度に掴まっててくれる?」
「了解……しました。乗馬バランスモードの入力にしばらく時間がかかります。ただ今ダウンロード中。」
「あれ?入力待った方がいい?」
「いいえ、ゆっくりなら現在の情報量で対処できます。」
エリーが軽くサトミの腰に手を回した。
「じゃ、行くよ。ベンの歩くリズムに合わせて」
ベンの足が数歩進む。
エリーの身体が反動で後ろに倒れ、慌ててサトミが彼女の腕を掴んだ。
「ちょっ!しっかり掴まってくれよ!」
「つぶさない程度と、しっかりの判断が付きません。ファジーに対応しますので、どのくらいか判断願います。」
エリーの手が、ギュウッとサトミの身体を締め付ける。
「げええ!死ぬ!締めすぎ!」
「あら」
慌ててエリーが手を緩め、サトミが息をついた。
なるほどやっぱりアンドロイドだ。さすがの彼女も、初めての乗馬には情報量が不足しているらしい。
「ああ、そのくらいかな。でも落ちそうになったら、もう少し力を入れていい。」
「了解、判断できます。ご迷惑をおかけします。」
ベンが振り返り、にひひと笑う。
サトミが背の刀の位置を調節し、手綱を握った。
「お手柔らかに、俺も女の子に絞め殺されるのはご遠慮するよ」
「私も人間を絞め殺すなんて遠慮するわ。ルールを破ったらリセットだもの。」
「リセットか……君達のリセットは死ぬのと同じだもんな。」
「いいえ、私は生き物じゃないわ」
「ふふ、そうだな、一応今は荷物かな。でも、あんたはちゃんと生きてる。」
サトミが微笑み、ベンを歩かせ始めた。
今度は彼女も馬のリズムを把握して、バランスをとっている。
いわゆるダウンロードが済んで、モードが変わったのだろう。
「生き物の定義って、人間によって答えが違うのは不思議ね。」
「我思う、故に我在り。戦友が自分を見失った時、良くつぶやいてたな。
俺にしてみれば、そうして俺としゃべってる、それで十分生きていると思うんだけど。
戦闘が終わって、それで自分が生きているのか信じられないんだとよ。
・・フフ、くだらねえ話しだぜ。」
「人間って複雑だわ、私のAIではわからないことが多すぎる。」
エリーがサトミの背中に頬を寄せ、目を閉じる。
「人間なんて、勝手な奴らばかりだからな。」
背中に当たる彼女の身体は、柔らかくてほんのりと暖かい。
最新型の有機アンドロイドなのだろう、人間と錯覚してしまいそうになる。
「さて、行こうぜ!」
空を仰ぐと、すでに日も高く時間がない。
サトミが手綱をうち、ベンを急がせた。
ビッグベンが何者か、その答えはこの話には最後まで出てきません。
ただ今は、サトミと出会って持ちつ持たれつ、仕事に精出しつつ、自由なのかわがままなのか。
とりあえず気ままで。
しかしサトミには最適な相棒として大事に?されています。
それではまた。




