14、誤配発覚
林が途切れ、目前に開けた道が続く。
サトミがふと目を辺りに走らせ手綱を引き、ベンが足を止めた。
「軍が、何の用だ。」
軍服を着た男が、木の陰から出て前に立つ。
髪をオールバックになでつけ、何か威圧的な雰囲気が、かなり上の人間だろうと臭わせていた。
「君は、また会えると思うのかね?あの彼女に」
サトミは、無言で男を見据える。
アンドロイドを人間扱いしない軍人が、あえて「彼女」と呼ぶことに男の意図を感じた。
ベンを降りると、ベンはまた道ばたに食える草を探し始める。
彼女の情報には少し、興味がわいた。
「彼女がここへ来た理由をわかっているのか?」
「さあな、彼女を届けるのが俺の仕事、それだけだ。」
「彼女は、昔・・あるお方付きのミサイル管制システムを担ったオートマトンだった。
衛星とリンクして、的確に設置されたミサイルを指示された場所に落とす。
もちろん幾つかの核弾頭も支配下にあったが、終戦時一発を残してすべて彼女の手を離れた。」
サトミがムッとした顔で顔をそらして睨み付ける。
「俺はそんな情報聞きたくも無い、何故そんなものを漏らす。
俺に聞かせて何を望む。」
男がゴクリとつばを飲む。
もちろん、サトミに喋ったことが知れたら男は首が飛ぶかもしれない。
核の情報は、最重要案件だ。
だが・・・
「一発だ。だが、それだけは解除できなかった。
わかるだろう?戦時中その場所が攻撃され、その場所へ立ち入ることができなくなったからだ。」
「あの、クレーター湖か。坑道を崩した今、発射は難しいだろうな。
だが、今それが使えるのかも怪しいが・・・信管が付いたままならクレイジーな奴は核爆発させると言い切って切り札に使うだろう。」
読みが早い。男が口を開こうとする。だが、それを遮って面倒くさそうにサトミが続けた。
「くだらねえな、全てがさ、ああ、本当にくだらねえ。だが・・・
その、あるお方って奴は、無駄なことに金をかけてまったく本当に悪趣味だったが、素晴らしいものを生み出した。
彼女のAIはすでにオートマトンでは無い、彼女は一人の『普通の彼女』だ。
美しさを愛し、愛情を理解し、人として心を得て、ごく普通の彼女としてすでに成長を遂げている。
恐らく彼女はすでに、『たとえそれが出来ても、それをしないだろう』
思想の違いで揉めるなら、彼女を巻き込むな。
自分たちで殺し合ってろ。」
サトミの目が大きく見開かれ、冷たく言い放つ。
そしてくるりと身を翻し、ベンの元へと歩き出した。
男が、グッと言葉に詰まる。
だが、そう言い放つサトミの後ろ姿に、息を飲んだ。
戦後もさびれること無く締まった身体、その、背にある大きな刀。
この、カミソリのような男の太刀筋が・・
きっとそれは恐ろしいほどの美しさでは無いかと。
自分のずるさはわかっている。
彼はすでに一般人だ。
だが、
「くだらない争いだ。しかし、そう言う君も、いまだその刀を振るっている。」
サトミが無言でベンに乗り込む。
黒服の男が思わず声を上げた。
「サトミ・ブラッドリー、君は利用されて悔しくないのかね?
確かに核は使えるのかどうかはわからない。
だが忘れて無いかね?彼女もタチバナ氏を人質に取られている。
親である創造主を助ける為なら、スイッチを入れるかもしれない。
そうなった時、この町がどうなってもかまわないと?」
「俺はポストアタッカーだ。
何であれ、頼まれた荷物を届けるのが俺の仕事。それは終わった。
あんたは、誤解している。」
ベンが歩き始める。
逃げられそうな様子に男は大きく深呼吸すると、彼の後を追って歩き始めた。
「サトミ・ブラッドリー、君のことは調べさせた。
表向きはごくごく普通の、特殊部隊所属の中尉だ。だが、そこからが大変だったよ。
どこの特殊部隊か、戦績は何かすべて情報はアンノウン、綺麗に消されている。
そこで、更に上に確認させた。
特殊殲滅部隊……戦時中、隠匿された特殊部隊。最も恐れられた奇襲部隊だ。
まさか、その1人がこんな所で郵便配達とは恐れ入った。軍に戻る気はないかね?
金なら前の倍を出そう。階級も君には佐官が相応しい。」
・・・ああ・・・・ああ・・・・ああ、嫌だ。
・・・その部隊は、隠語のようにただ、ひっそりとタナトスと呼ばれた。
そんな部隊名、もう聞きたくもない。
体のいい殺し屋部隊だ。
時には味方さえ、口封じに夜間襲撃を命令された。
人を殺すのに慣れた自分がどんどん嫌いになって、鏡さえ見るのがイヤになった。
余程今の方が、生きていることに充実している。
戦場で家族からの手紙を待ち続けた自分には、手紙を待ち望む相手の気持ちが良くわかる。
結局、自分には家族から一度も便りは来なかったけれど……
手紙を受け取る人達の笑顔が、この冷え切った心の救いになっている。
「クソ野郎、軍なんて大嫌いだ。階級なんて興味ねえ。
金で動くなら安月給のポストアタッカーなんてしてねえよ。
同じ命をかけるなら、俺はポストアタッカーを選ぶ。それだけだ。
金なんかじゃねえ。」
ベンの歩みを進め、男から次第に離れて行く。
男が焦り、思わず声を上げた。
「ミラノ・タチバナは奴らに拉致されている。彼女はすでに引退した老婆だ。
あの女は偽物だ、私がそれを保証しよう。君は誤配達をしている!」
ピクリと顔を上げ、サトミがベンを止めた。
やはりあの女は本人ではなかったか。
「ERは軍付属の保養施設から強奪されたのだ。
産みの親の彼女を人質に取られ、今は大人しく従っている。
サトミ・ブラッドリー、我々は今後、もちろんERを利用する予定はない。
核は撤去を予定している。それでも立ち去るのかね?」
ベンがジロリとサトミに視線を向ける。
サトミはうつむいて目を閉じ、そして鋭い視線を前に向けた。
ベンが、彼にヒヒヒと笑いかける。
「お前を利用しようなんて、あいつ、お前よりずる賢いな。気に入ったぞ。」
フフ・・確かに。
前を向いたまま、サトミが男に尋ねた。
「あのディスクは何だ。」
「あれは核の解除コードだ。
湖の底の基地に入って弾頭を取り出す前、あれをコントロールで読み込み、ERと切り離す。
あのディスクの存在で、ERの存在を露呈することになった。
・・・すまない、今後保管を厳重に行う。」
「データなんていくらでもコピー出来る。
なんであんなディスクを残す。頭がかてえ、いつまでたってもガチガチだ。
二度とこんな騒ぎを・・」
「起こさない!起こさせない!彼女の身の安全を保証する!」
やっとその気になったサトミを逃がすまいと、男の声が高揚する。
サトミがククッと笑って背から刀を抜き、男に向けた。
「覚えてろよ、軍の約束なんてちっとも当てにならねえ。
俺がどこにいたのか、命知らずなあんたは知っただろう?
勝手に約束したあんたが、明日の朝はその首が離れているかもしれねえ。
口封じなんて簡単だ。
でも、あんたの言葉は受け取った。」
男の肌に鳥肌が立った。
自分は、とんでもない奴に喋りすぎたのかもしれない。
「ふふ……ベン、荷物を取り返しに行くぞ」
ベンがパッと明るい顔になった。
「おお!」
ベンとサトミが目を合わせニヤリと笑う。
そして刀を戻すときびすを返し、一息に男の脇を通り過ぎていった。
サトミの過去と、エリーの過去、急に出てきた男の企みの中で明らかになります。
戦後の話なのに、今だ戦中を引きずる軍人達。
人を殺せるのがそんなに凄いのか、サトミは違うと知っています。
それではまた。




