11、家族の声
ベンが走り続ける。
後ろから、追ってくる気配はない。
家が途切れ、舗装されていない道をベンがスピードを落とし、歩き始める。
草の生い茂った空き地が点々として、崩れた家と新しい家が混在してちらほら見えた。
「エリー、普通にして大丈夫だよ。」
しがみついていたエリーが、ようやく頭を上げる。
サトミは標識を見て、林の広がる方向へとベンに合図した。
「ケガは?」
「大丈夫、壊れてないわ。」
「恐かった?」
「いいえ、感情をオフに・・・あなたは強いから、大丈夫よ。」
「いや、腕を掴まれたのは俺の落ち度だ。すまなかったな。」
「あら、たまには謝るのね?でも、あなたじゃなかったらきっと私はここにいないわ。」
「あはは、そりゃありがとう。」
この人は何も変わらない。戦っているときも、今も。
戦いの時、本当は感情をオフにすることが正解だろう、だが、それさえも忘れていた。
いいえ、彼がいたからその必要性を感じなかった。それは一つのバグかもしれない。
でも、本当に、あの戦いを、あの戦いの情報が欲しかったのだ。
まるで、目の前で繰り広げられる演舞のような、それは美しいに違いないと。
そして、それは本当に美しかった。
サトミの背中に頬を寄せる。
彼が、フフッと笑みを漏らした。
「君が、普通の女の子じゃなくて良かったよ。」
「あなたが普通の男の子じゃなくて助かったわ。」
エリーがふと、ブローチの無事を確かめる。
磨かれたペガサスは、日の光にキラキラと輝いている。
ホッとして微笑み、そんな自分に驚いて目を見開く。
穏やかな風が過ぎ、木々がサワサワと音を立てる。
サトミが手綱を持ち、左手でベンの首を軽く叩いた。
「俺、昔……目が見えなかったんだ。」
「目が?」
「ああ、でもある日軍人のスカウトが来て、目を治してやるって言ってきたのさ。
交換条件は、見えるようになったら軍に入ること・・・。
親は反対したけど、俺はどうしても見えるようになりたくて飛びついた。バカだな。」
「いいえ・・・、いいえ、それは当たり前だわ。」
「戦争行って、死に物狂いで生き残って。ようやく家に帰ってみると、街の真ん中にでっかいクレーターはできてるし、家族は生死も居所さえもわからない。
声だけしか……顔も、知らないんだ。
目が見えるようになっても、一度も帰ることを許されなかったから。
はは…見たこともない家族なんて、捜しようもないじゃないか。
俺…俺って本当にバカだよな。今じゃさ、家族はコイツだけだ。」
自嘲するように寂しく笑う。
ベンが振り返り、サトミが答えるようにベンの首元を撫でた。
「でも、あなた達戦士のおかげで戦争は終わったわ」
エリーは静かに青い空を見上げ、そして彼の耳元に優しくささやく。
「平和な世界にはまだ遠いけど、だからこそあなたのような人が必要なのよ。
私のメモリーが、そう言ってるわ。」
エリーの温かな言葉に、撫でる手を止めて目を閉じ、そして顔を上げる。
家族の声しか知らない。
だからこそ、ずっと声を追い求めている。ポストアタッカーを選んだのも、それが理由の一つだ。
でも、いまだ家族の声は聞けない。
だんだん記憶も曖昧になっていく気がして不安だった。
ベンが顔を上げ、そして振り返りニイッと笑う。
「色男」
人の気持ちなんて、ほぼ考えてねえ。
まったく、こいつの軽い脳みそには救われる。
サトミがボカッとベンの首を殴った。
「痛いじゃないか、ごめんなさい御主人様といえ。」
「フフ……いいから急げよベン。」
「へっ」
ニイッと笑ってベンが足を速める。
エリーが青い空を見上げ、そしてブローチを撫でた。
盲目の少年をなんでスカウトしようと思ったのか、その軍人さんも良くわかりませんねえ。まあ、そう思わせる何かがあったのでしょう。ふふふ・・
それではまた。




