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第二部03

 遺品整理程難しいものは無い。遺品と一言で言ってもその種類は数多く存在するし、その遺品一つ一つにいちいち親族の許可が必要となるわけだ。これはなかなか難しい。

 という訳で、柊木の嫁であるよねがお付き役として、私達について回ることになった。ついて回るという言い方は少々面倒な言い回しになるかもしれないが、私達にとって厄介な存在がついて回るようになったのだから、その言い回しで間違い無いだろう。


「遺品は全てこの部屋に置いてあるばかりです。処分は一切しておりません」


 そう言って開けられた扉の先には、大量の書物が並べられていた。


「これは骨が折れそうだぞ、リリィキスカ」


 ガウェインの問いに、リリィキスカは頷いた。


「ええ、ですが探すしかありません。『マーティン・ノート』の在処の証拠となる物はこの中にしかないのですから」


 そう言って、リリィキスカは書物をぺらぺらとめくり始める。

 そう簡単に人の書物を――それも死んだ人間の、だ――見ることが出来るな、と私は思った。

 しかし、リリィキスカの行動を見て、アネモネとガウェインも行動を開始した。同じように書物をぺらぺらとめくり始めたのだ。彼らには日本語が理解できるのだろうか。いや、理解できなければここにやってくることも無いだろう。現に、彼らと話している内容は主に英語である訳だが、日本語ぐらいはある程度マスターしているのだろう。そうでなければ、日本に向かおうなどとわざわざ思うはずがない。


「それにしても、殆どが軍法に関する物ばかりとは。頭が良かったのですね、栄吉さんとやらは」


 私はアネモネの言った内容を一部掻い摘まんでよねに話した。

 よねは頬を赤らめさせながら、


「ええ、栄吉は頭がとても良かったのです。そのまま進めば准将になることも夢では無かっただろうと言われていました。……しかし、神は早くして栄吉の魂を奪ってしまった訳ではありますが」

「神? よねさんは切支丹なのですか?」

「ええ、そうですよ。何も珍しい話では無いでしょう? 文明開化した今、宣教師様によってキリスト教が広まっていることは貴方も良くご存知のことかと思いますが」

「栄吉さんは、切支丹だったのですか?」

「ええ、そうですよ。栄吉も、聖書を常に持ち合わせていました。ほら、ここに」


 そう言って、ある一点を指さす。

 そこに置かれていたのはポケットに入る程度の大きさのハードカバー本だった。

 それが聖書であることに気づくまで、私達はそう時間はかからなかった。


「聖書を持ち合わせていたとは、相当励んでいたのですね」


 アネモネは聖書を手に持つと、ぱらぱらとめくり出す。

 ひらり、と何かが落ちる音がした。

 それを拾うアネモネ。それはあるメモ書きだった。


「……『C-27事件を忘れるな』」

「C-27? それは多分、我が国の機械人形(アンドロイド)の識別番号だったはずだが……。C-27事件とはいったい?」

「さあ。私には分かりません。そもそもそのようなものが封じ込められていたことすら私には分かりませんでしたから」


 これは、柊木常吉に問い合わせる必要がありそうだ、と私達は思い、一先ず所蔵庫を後にする。


「これはこれは、早いお戻りでしたね」


 所長室に座っていた常吉に、アネモネは問いかける。


「C-27事件とはいったい何のことですか」


 日本語で。

 とても流暢な、日本語で問いかけたのだ。

 一方、それを訊ねられた柊木は目を丸くして、アネモネに近づく。


「その事件を何処で知った」

「柊木栄吉、彼が残した『聖書』の中に隠してあったわ。『C-27事件を忘れるな』ってね」

「……あいつ、未だ忘れていなかったのか。それとも、忘れたくなかったのか。あの事件のことを」

「話していただけますね、ミスター柊木?」

「……C-27事件とは、機械人形の暴走事件のことを言います」


 柊木は語り出す。

 二年前に起きたと言われる、機械人形の暴走事件について――。



  ◇◇ ◇◇ ◇◇



 柊木常吉と柊木栄吉が再会したのは、五年前のことになる。

 栄吉が機械人形研究所に軍として入所することになった時に、所長である常吉に出会った。

 お互いに会話は無かった。

 お互いに交流は無かった。

 死んでいたと言われてもおかしくない、と言っていたのだから、仕方無いことなのかもしれないのだが、いずれにせよ、彼らにとって『交流』をしないということ自体が、正しいことだったのかもしれないのだが。


「C-27が起動しない? いったいどういうことだ」


 常吉は栄吉の意見を聞きながら、早足で歩いていた。

 目的地は、研究室A01。その場所で、機械人形C-27が起動しないという出来事が発生したのだ。

 投入したプログラムが間違っていたのか。

 機械の仕組みが間違っていたのか。

 それともそれ以外に何かの間違いが起きているのか。

 答えはまったく見えてこない。

 だからこそ、所長である常吉に報告する義務が生じていたし、そうするべきであった。


「C-27はC.R.ルイス教授の肝いりだったはずだろう。だったら動かないことは有り得ないはずだ。現に旧式であるC-26までは無事に動いていたのだからな」

「だとしたらオペレーティングシステムの問題でしょうか?」

「ルイス教授がそんな馬鹿なまねをするかね?」

「いいえ、思いません」

「だったらそんなことを口にするな。無駄なことだ」


 常吉は研究室の扉を無造作にこじ開けた。

 


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