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Android Empire -機械帝国-  作者: 巫 夏希
プロローグ
1/19

プロローグ



 ①




 先ず、私の仕事について説明しなければならない。

 私の仕事に必要な物、それは機械だ。



 オイルの匂いが充満した地下室は、火気厳禁となっていた。当然ながら、そこでマッチで火を点けるものなら、あっという間に気化した液体燃料に火が点いて爆発してしまうことだろう。だからここは火気厳禁なのだ。絶対に火を点けてはならない。

 半地下状態になっているこの部屋にも、明かりが入ることがある。私が作業をするのは、その僅かな時間に限られていた。

 椅子に腰掛けているのは、死体だった。否、正確に言えばそうではない。死体に機械を纏わせた、機械人形(アンドロイド)とでも言えば良いだろうか。

 私は部屋の換気を行う為に、窓を開けた。これからの実験には換気が必須だ。先程までは機械油を補充していた為に、オイルの匂いが充満していたが、これからはそれを抹消していかねばならない。

 座っている機械人形は、動くはずのない生き物――否、正確に言えば、物体だった。

 私の学友であったそれは、最早人間のそれではない。私と私の学友によって開発された理論によって、私の学友は目覚めることとなる。

 もう一度、この世界に。

 生を受けることになる。

 生を受けるということは、命が生まれたということを意味する。

 では、機械人形は、生きているのか?

 答えは、誰にも分からない。

 分かるはずがないのだ。分かり合えるはずがないのだ。機械人形には生命が存在するなどといった論文は数多く出版されている。しかしそのどれもが荒唐無稽なものばかりで、本当に考えているのかという論文ばかりだ。本当に考えているなら、あんな論文は書けるはずがない。

 そう、書けるはずがないのだ。

 私の仕事は学生だ。学生はいつかは卒業せねばならない。卒業するときには論文を書かなくてはならない。

 私が書く論文のテーマもまた、その類いに入るものだった。

 機械人形に生命は宿っているのか?

 その言葉に答えられる人間は、そう多くはない。

 否、否、断じて否。その言葉に明確な言葉を答えられる人間は、殆ど居ないだろう。

 殆ど、と言い切ったのは、何処かには私の疑問を解決してくれる『誰か』が居ると思って発言しただけに過ぎない。

 結局は、ただの自己満足(エゴイズム)だったのだ。

 結局は、ただの虚無主義(ニヒリズム)だったのだ。

 私は彼を蘇らせようと試みた。だが、それは失敗に終わった。失敗というよりかは、成功ではあるのだろうけれど。身体が動くことには動くのだ。しかしながら、生前の記憶を保持していないことが問題だった。

 それは記憶を保持していないと言えば良いのか。

 或いは意識を保持していないと言えば良いのか。

 いずれにせよ、私の考えは間違っていなかったのだ。

 歓喜に満たされるだろう、その考えは、しかしながら、直ぐに否定されることとなった。

 生前の記憶が保持されていないのならば、それは生き返ったとは言わない。

 それは同名の別人が生まれただけに過ぎないのだ。

 では、どうすればそれを解決することが出来るのか。

 解決の仕方が分からない。解決のやり方が分からない。解決の方法が見いだせない。

 ならば、私のやっている行動、それは無意味だということになってしまう。

 いいや、それは有り得ない。それは考えたくない。


「ならば、私は何のためにこんなことをやってのけたというのだ……」


 要するに。

 足りない物は――魂だ。

 人間は死ぬときに、二十一グラムを失うと言われている。その二十一グラムが魂の重量と呼ばれている。ではその重量を如何にして再現すれば良いか? そもそも、魂とはいったい何だというのか? それが現代科学者の悩みとなっていた。

 魂の構成要素はいったい何だというのか。

 それが分かる日が来れば、きっと彼も命を取り戻すに違いない。そう確信していたのだ。

 確信という頼かは、確定事項だったのかもしれないけれど。

 こんこん、とノックの音が聞こえたのは、ちょうどそのときだった。

 私は振り返る。そこに立っていたのは、軍服の男だった。

 軍服の男は、私の焦った表情を見るまでもなく、部屋の奥へと入っていき、やがて一人の顔を見つめだした。


「……噂には聞いていたが、本当に完成させたとは恐れ入った。丸子誠二くん」

「……何が言いたいんですか。僕を逮捕するおつもりですか」

「それでも良いのだけれどね」


 軍服の男は、顎髭を弄りながら話を続ける。


「逮捕しても構わないのだが、私はそのためにやってきた訳ではないからね。私はただ、君と話がしたい。そう思っただけに過ぎないのだから」

「私と話がしたい、ですか。ろくな人間ではないと思いますが」

「それはお互い様ではないかね。遺体を家族の了解なしに持ち出して、何をしているかと思いきや、機械人形化とは。我が大日本帝国でも実現させている実例が少ないというのに。君はそれを実現してしまった、丸子誠二くん」

「……何が言いたいんですか、さっきから」

「召集令状だよ。この言葉の意味を、聞かずとも理解できるとは思うのだが」

「……、」


 召集令状。文字通り、召集されるための令状のこと。大抵場所は、国の管理しているどこかになっている訳だが。


「僕は逮捕されるという訳ですか」

「逮捕するつもりはない、と言った筈だが」

「でも、僕は禁忌を犯している。死んだ人間を機械人形にさせるということは、禁忌だった筈ですが」

「ああ、そうだったかな。でも、僕は門外漢だから、その辺り」

「だったら、どうして貴方がここにやってきたのですか」

「うん。何でだろうね。どうしてかは分からない。けれど、断る訳にもいかない。大人ってのは困ったものだよ」

「……何処へ連れて行くつもりですか」


 私の背後で何かを取り出しながら俯いている軍服の男は、うん、と頷きながら、


「何も珍しい話じゃない。国立機械人形研究所。そこへ君を連れて行く。そこで君が何を得て、何を失うのか分かったものではないけれど。まったく気にならないと言えば嘘になる。少しは気になるものではないかな、こういうものというのは」

「つまり、貴方は私を機械人形研究の最高峰に連れて行こうと言うのですか」

「最高峰は大英帝国だ。それぐらい常識だろう」

「日本の最高峰は、そこです」


 そうだったかな、と言いながら軍服の男は煙管を取り出す。


「ここは火気厳禁ですよ」

「ええっ、いいじゃないか。別に。燃える物が有る訳でもなし」

「機械人形の配管に煙が詰まるんですよ。それを修理してくれると言うなら許可しますが」

「……分かったよ、外で吸う」

「私が外に出れば済む話なのでしょう」


 私は、傅いて、ゆっくりと頷いた。


「……それはそうだが」

「ついていきますよ、あなたと一緒に。その国立機械人形研究所まで」


 そうして。

 私と軍服の男の小旅行が幕を開けるのだった。




 ②


 私の居る大学から国立機械人形研究所まで徒歩で十五分ほど。馬車を出しても良かったのだが、と言われたが丁重にお断りすることにした。このご時世、馬車に乗ること自体珍しいというのに、目立つと言うことを知らないのだろうか。まあ、恰幅の良い軍服の男性――名前は椎名と言っていた――と共に歩いている時点で目立つことこの上ないことは事実なのだけれど。私としては徒歩で移動するほうが良い運動になると思っていたというのもあるのかもしれない。

 国立機械人形研究所。

 機械人形の研究においては国内最高峰と揶揄されている施設のことだ。

 そもそも、機械人形という技術が入ってきたのは文明開化と同時期、大英帝国から輸入されたものだと言われている。言われている、という曖昧な言い方をしているのは、それが本当にそうなのか分からないからだ。国全体によって隠蔽されているのか、或いは説明する意味も無いと思っているのか。いずれにせよ、私が知るところでは無いということだけは事実だと言えよう。

 私はワクワクしていた。当然だ。機械人形の研究をしている者として、国立機械人形研究所に入ることが出来るというのは名誉と言えるだろう。きっと私と同じく志を抱いている者からすれば、羨ましがられるかもしれない。それぐらいの名誉であり、それぐらいの栄誉なのだ。国立機械人形研究所に入ることが出来ると言うことは。

 石畳の床を歩きながら、私達は国立機械人形研究所へと入っていく。この時代では珍しい模擬土(コンクリート)造りの建物になっている。三階建ての建物からは重々しい雰囲気が立ちこめているようにも見えてくる。


「どうした、青年。震えているのか」

「震えている。私が、ですか」


 しかし、私の足を見ると小刻みに震えているのが見えてくる。

 怖いのか。恐れているのか。恐ろしいのか。

 それがなんであれ、私は前に進まなくてはならないのだ。

 ただ一歩、前へ。



 ◇◇ ◇◇ ◇◇



 国立機械人形研究所、所長室。

 言ってしまえば、この施設で一番偉い人間の部屋に私達は到着した。

 ドアをノックして、中に入る。

 中に入ると、老齢の男性が回転椅子に腰掛けて、私達の到着を待っているようだった。


「彼が、その青年かね」


 その言葉に、深みがあるようにも、淀みがあるようにも、感じられた。

 その発言に、ただ一つの沈黙も無く、私は答える。


「私は、帝国大学生物学科二年の丸子誠二です。何故私を呼び寄せたのですか、それをお訊ねしたい」

「訊ねることが出来る立場にあるのかね、君は」


 ぞわり、と背中をなぞられたような感覚に陥る。

 人間とはこのような存在だったか、ということを再認識させるような、そんな恐怖。

 私の中でそれがごちゃ混ぜになって――次の一言が生まれない。

 沈黙。


「はっはっは」


 突然に笑い出した老齢の男性。何がしたいのかさっぱり理解できなかったのだが――。


「なあに、君を少し試しただけに過ぎないよ。君がどういった存在か見極める必要があったものでね。魂を宿らせた機械人形を作った人間がどんな人間なのか、興味が湧いてくるではないか。そうだろう」

「……私をたばかったのですか」

「もしも怒ったのならば、非礼を詫びようではないか。ただ、今の君の立場的にそれが出来るのかという問題があるがね」

「最悪ですね、貴方」

「残念ながら、そういう立場に就いている者でね。致し方無いのだよ。……自己紹介が遅れたな。私は国立機械人形研究所、所長の柊木常吉だ。以後、名前を覚えて貰えればと思うよ。まあ、嫌でも私の名前は覚えて貰うことになるだろうがね」

「私を呼び寄せて、いったい何のつもりだというのです」

「身に覚えは無いのかね? 君が行った行為、それについてだよ」

「……松木竜一のことですか」

「ほう。そういう名前だったのか、彼は」


 だった。

 そう、彼はそういう名前だった。

 魂が幾ら封入されているとはいえ、彼は機械人形になっている以上、人権が保障されていない。例えば今ここで徴兵されてしまえば、彼に断る権利など存在しないのだから。


「……私に、罰を与えるおつもりですか」

「罰、とはどういうことかね」

「機械人形を勝手に作った。しかもそれに命を封入したことについて」

「しかしそれは失敗作だった。そうだろう」


 彼の言葉に、私は何も言えなかった。

 否定することなど出来やしなかった。


「失敗作のことを失敗作だと言うつもりは無い。現に我々は数多くの『失敗作』を生み出している。その中でどのようにすれば完成品が生み出せるかを考えている。しかしながら、やはりというか、どうしても外国を含めれば勝ち目が無い。特に大英帝国だ。我々と同盟を結んでいる国家でありながら、蒸気機関により独自の発展を遂げた国家。今や、機械人形を使って労働力の代わりにしているのだという。成功しているのだよ、彼らは。労働力として機械人形を採用出来る程に、成功しているのだ」

「大英帝国と、我々に何の共通点があるというのでしょうか」

「大英帝国は、噂に寄れば、生み出したというのだよ。とある機械人形を」

「それは、いったい」

「魂を持つ、機械人形だ」


 部屋の空気が凍り付いたような気がした。

 そんなことは有り得ないという思いが働いていたのかもしれない。

 そんなこと信じられないという思いが募っていたのかもしれない。

 しかし。

 しかし。

 しかし、だ。

 それが現実に存在していることだとするならば――話は別だ。


「どうだね、丸子誠二くん」


 彼は立ち上がり、私の前に立った。


「大英帝国が生み出したという、魂を持つ機械人形『ゼロ』を追いかけてみようとは思わないかね」



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