第3話
河童のミイラを見て、千歳は不思議な感覚に陥る。
何故かわからないが、気配を感じる。そして、それは以前にも感じたことがあるような、そんな気がした。
河童のミイラを見ながら小首を傾げる千歳を見て、愛希は千歳にぴたりと引っ付いた。
「どうしたん?」
「そ、その、ちょっと不気味っていうか」
その言葉に千歳は愛希の弱点を思い出し、彼女の手を握る。
すると、愛希も落ち着いたのか、怯えた空気は払しょくされた。
愛希はこういった、ホラーやミステリー関係のものが大の苦手で、大好きな千歳とは真反対の好みをしている。
だからか、千歳が愛希を驚かす時は必ずホラー系だ。
ただそれも、千歳と一緒に居ると言うだけで、千歳身近に居ると感じられるだけで乗り越えられる。
千歳が忘れ物をしたり失態を犯し場合には愛希が助け、ホラーやミステリー関係で愛希が困っていれば千歳が助ける。それが幼馴染みである2人の関係でもあった。
「でも、そこまで怯えんでも大乗やと思うで」
「うん……でもなんか、変な感じするし」
「確かにそれはあるなぁ」
千歳が目を細めて河童のミイラを見据え、愛希の言葉に同意する。愛希はより一層千歳の手を握る力を強くした。
少し、いや、だいぶ痛いのだが、千歳は声に出さない。こういうところが愛希の萌えポイントであり、千歳以外は知る機会すら与えられることのない、おせっかい焼き委員長の特別な行為。
「もういいわ」
「私も」
手の痛みに耐えられなってきたため、もう少しで不思議な感覚を解明できそうだったが、忘れん坊少女は諦める。
千歳はその場から離れて行き、手を握る愛希も一緒に離れて行った。
そんな仲良し幼馴染みの様子を、担任である藤沢先生が微笑ましく眺める。
「愛希、そろそろ手」
「あっ、ごめん」
「ええよ」
千歳はホッと息を吐き出し、ようやく解放されたことに若干の安堵を露にした。
「千歳も怖かったんやな」
そう言って笑う愛希に、本当のことは言えなかった。実は握る力が強くてその場を離れたことなど……。
河童のミイラから漂う不思議な気配。それを、忘れん坊少女と言われるだけあって、頭からすっぽり抜け落ちてしまい、その後思い出すことはなかった。
不思議な気配を忘れた千歳は、軽い足取りで他を見て回る。
時間が経ち、バスに乗り込む時間となった。
全員がバスに乗り込んだのか確認するために点呼が取られ、揃っていることを確認した藤沢先生は運転手に告げる。
「行き先はさっきのホテルでお願いします」
「ああ、わかっとる」
50代と思しき男性運転手は、話を聞いていたのか心得たように頷き、バスを発進させた。
バスが動き出すと同時に、愛希は千歳に手を差し出す。
「千歳、ルームキー預かっとく」
その言葉に、千歳はこれからのことを思い出す。何故ホテルに向かうのか首を傾げていた忘れん坊少女は、先ほどまでの能天気な空気を憂鬱な空気に塗り替えた。
その後ホテルに到着し、千歳と愛希、そして引率している藤沢先生が受付に向かうと、受付をしていた女性社員に声をかける。
藤沢先生が愛希からルームキーを受け取ると、謝罪の言葉を口にしながら渡した。
「いえ、見つかったのであれば、よかったです。……今度は失くさないようにね」
後半、千歳と目線を合わせて言うと、ここに来てバカ丸出しにすることはなく、キチンと謝罪する。
「では、またのご利用をお待ちしております」
ホテルから出て行く3人を見て、受付の女性社員は笑みを浮かべた。
自分が中学生だった頃は、どうだっただろうか、と。
修学旅行は終わりを迎える。
無事にルームキーを返却して、
生徒は皆、家族や親戚への土産を購入して、
行きと変わらず帰りも問題が起こることはなく、
彼ら、彼女らは飛行機に乗り込んだ。
九州の大地を飛び出して、大阪の大地へ。
修学旅行が終わり、大阪に帰って来てから一日が経過した。
長いようで短かった3日間。けれど、確かに行っていたと、リビングに置かれているテレビを見て、正確にはその前を見て思う。
土産として購入した――否、半ば強制的に購入させられた河童の置物。担任教師である藤沢先生のオススメ、ということで、2組全員が購入することとなってしまった。
社長も、その様子を見て苦笑を漏らしていた。
千歳はリビングで、絨毯の上で寝転ぶ。
今日は修学旅行が終わって火曜日。
修学旅行の日程は土曜、日曜、月曜だったから、火曜日と水曜日は振替休日になっている。
平日の正午を目前にして、自宅でごろごろ出来るのは修学旅行生の特権と言えた。
テーブルの上に手を伸ばすと、千歳は土産として買ってきた丸ぼうろを掴み取り、口の中へ投げ入れる。
ふんわりとした触感に、素朴で優しい甘さが口の中で溶けていった。
テレビでは、ニュースやら時代劇やら、老人や主婦が見るような番組しかしていない。
千歳が見たい番組はない。
チャンネルを切り替えていくと、現在の大阪の天気が出てきた。
雨マーク。
それを見て、雨音が聞こえないため半信半疑でカーテンを開ける。すると、強い雨ではないものの、ぽつぽつと外に干されている洗濯物に染みていく様子が見られた。
「あー、雨かー」
面倒臭い。
千歳はため息を吐きだすと、ゆらりと立ち上がる。
「んー……これはアカンかも」
カーテンを先ほどよりも広く開け、ガラス張りのベランダへ続くスライドドアをあけ放つ。
むわっとした匂いが鼻の奥を刺激した。
まだ夏の残り香があり、秋雨の終わり頃。これは長い間降るなぁ、と千歳は嫌な表情を浮かべる。
「雨やまんかなー」
ベランダに出て、空を見上げると呟いた。
雨が止めば、友達から遊びの誘いが来るかもしれない。
遊ぶのが好きな千歳だが、自分から誘いに行くことはほとんどなかった。いつも、誰かから誘われて遊びに参戦するというのが常だ。
それ故に、今も家の固定電話が鳴らないか、待ちわびている。
でも、その前に。
千歳はスリッパを履いて、雨の中干されている洗濯物を家の中へ移していく。
今回の雨は、下手すれば明日まで降り続いている可能性もあった。
修学旅行生の特権日が、丸二日とも雨で潰れるというのは、なんともやり切れない感じがある。
全ての洗濯物を室内に移し替えると、ガラス張りのスライドドアとカーテンを閉じた。
心なしか、部屋が狭くなったような気がする。
室内とは言え干されているから、寝転んでいればぶつかることなく過ごせているのだが、それでも視界に入ると気になってしまう。
それに、若干湿度が上がったような気がしないでもない。
やっぱり雨は嫌いや。
そう、心の中で呟いた。
その時、固定電話が着信を響かせる。
突然なり始めたテレビより大きな音に、一瞬ビクリと体を震わせながらも、誰かからの誘いがようやく来たと思うと心が躍った。
受話器を取り、耳に当てる。
「もしもし?」
誰それの電話番号などとは表示されず、面倒だからと登録していないため電話番号のみが表示され、千歳は友人だと信じて声をかけた。
『あ、ちーちゃん? 美樹やけどー』
「うん、それで」
『せっかちやなぁ』
電話越しに、クラスメイトの森本美紀が笑いを零す。
『明日、晴れるみたいやから大和川で遊ばへん? 家でずっとおんの暇やろ?』
「うん、行く行く! もう超暇やってん!」
遊びの誘いに、声を弾ませた。
千歳は今にも飛び跳ねそうなほどテンションを高め、詳細を聞きだす。
『明日のー、たぶん昼の1時くらい』
「おっけ、わかった」
『じゃ、そういうことやから』
「うん、また明日!」
『は~い、ばいば~い』
美樹が電話を切ると、千歳は受話器を戻した。
唯一電話番号を登録している「端本家」を選択し、千歳は発信ボタンを押した。
トゥルルル、と呼び出し音が受話器から聞こえ、3度目辺りでようやく相手が出る。
「愛希ちゃん?」
『千歳~、私寝ててんけど~』
確かに寝起きの声だと、千歳は苦笑した。
「まぁまぁ、ええやんか。そんなことより明日、クラスの半分くらいが集まって大和川で遊ぶらしいんやけど、愛希ちゃんも一緒に行かへん?」
そんことよりってなんや、そんなことよりって。
そう言おうとして、愛希は口を噤む。彼女が寝ていたのは、雨が降っていて外へ出かけることが億劫で、千歳と同じで両親がともに働いているため、話し相手がいないからでもある。
千歳は1人っ子で、愛希は3人兄弟の真ん中なのだが、兄と弟はこの時間学校に行っているし、帰ってくるのは午後4時頃。兄に至っては高校でクラブ活動をしているため、夜8時に帰ってくる。
それまで独りぼっち。ゲームはあるけれど、パーティゲームを1人でやることほど虚しいものはない。
それを知って、愛希は二度寝兼ふて寝をしていた。
『……行く』
熟考して、明日も今日と同じことになる想像は容易く出来た。それなら、千歳と、ひいてはクラスメイトと遊んだほうがよほど有意義だと感じられる。
千歳が1人で行く場合と、愛希を連れて行く場合でクラスメイトの反応に変化がみられるのは、恐らく気のせいではないだろう。千歳は持ち前のバカっぷりを発揮して気付いていないのだが……。もし愛希が来ても楽しく遊べるのであれば、きっと千歳が誘うより前に誘われているはずだ。それがないということは、つまり、そう言うことなのだろう。
千歳が愛希に詳細を伝えて、その日は2人とも、次の日に備えて早めに寝ようとしたが、日中に寝すぎて愛希は睡眠不足になってしまった。夜に、眠れない悪夢が到来して。




