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第2話

 愛希も荷物を持ち、時計を確認する。

 時計の針は8時45分を差しており、この部屋から移動すれば丁度いい頃合いとなるだろうことは容易に理解出来た。


「千歳、もう行こ」


「わかった! 急げ愛希ちゃん! もう時間ないで!」


 誰の所為や、誰の。

 愛希のツッコミは、心の内に留められた。



 千歳と愛希は、用意されたバスに乗り込む。千歳は乗り物酔いが酷く、いつも窓際を陣取り、その世話をするために愛希は隣の通路側に座る。そんな彼女たちの表情は暗く、げっそりとしていた。


 それもそのはずで、朝食の遅刻に続いてルームキーの紛失。これを叱らない藤岡先生ではない。しかも、今回は学年主任も出張ってきたのだから、クラスメイトの同情の視線が愛希に向かっていた。

 もちろん、千歳に向けられた視線は「何やってんの」と呆れたもの。

 だが、千歳は上機嫌だった。それは、愛希が一緒ということにある。

 仲間が増えれば、自然と頬が綻ぶ。いたずらっ子の見本のような少女。

 そんな少女がミニスカートのポケットに手を突っ込む。


「……あれ?」


 硬い何かが触れる。

 指を這わせ、その形を確認していった。

 次第に顔色が悪くなる千歳に、心配そうに愛希が語り掛ける。

 なんだかんだ言って、彼女も千歳のことが好きだから。


「どうしたん? 顔色悪いけど、大丈夫?」


「えっ! 全然、全然大丈夫! 大丈夫やからな、ほら、この通り!」


 声を張り上げ、千歳は元気アピールをする。

 それに気を取られ、バス車内で出発を待つクラスメイトたちと藤沢先生の視線が向けられた。


「バスまだ動いてへんのに、変なの」


 愛希は興味を失くしたように顔を背け、左手の平の上に顎を乗せ、ため息を吐きだす。


(ヤバイヤバイヤバイ! なんでこんなとこにあんのぉ~!)


 憂いを帯びた愛希を横目に見ながら、千歳は絶叫した。

 まさか、ポケットにあるとは思わなかった。ルームキーはトランプほどの大きさで、ポケットに入っていればすぐに気付くだろうに。


(もしかしてあの時?)


 いつポケットに入れたのか、過去を遡る。つい先ほどの、たった10数分前のこと。

 着替えを済ませて、トイレに行った時。そう言えば何かを掴んでポケットに入れたかもしれない、と。

 何故掴んだのか、何を掴んだのか、さっぱり興味が湧かなかった。その後の違和感もなかったし、別段気にするようなことではないと判断していた。

 愛希にも、トイレから出た後に散々、


「ポケットにないん?」


 と確認されていたのにも関わらず、それを怠った。

 千歳は、過去の自分を激しく叱りつける。


(どうしよう、言うた方がええんかな。でも、絶対愛希ちゃんになんか言われる)


 ちら、と愛希を見ると、彼女は目を瞑って静かにしていた。


(言わんでもいいかな)


 でも――、このままホテルとさよならバイバイすれば、ホテル側は若干ながら損失を被ることになるし、もしかしたらルームキーの設定を変更しなければならない。誰か、性質の悪い人が持っていたら、犯罪に繋がってしまう。

 ――と、そこまで考えが及ぶほどの頭を、千歳は持ち合わせていなかった。愛希であれば及んでいたかもしれないが。


 見てみぬ振り、触れても気付かなかった振りをして、ただただ誰にも露見しないことを祈る千歳は、バスが発車したことに一抹の不安を覚えた。



 道路を走っていたバスがとある店の敷地内へ侵入する。

 修学旅行最終日、この日だけはクラスごとに向かう先々が異なり、被る場合もあるのだが、そういった時は午前と午後で分けられたりする。


 今回、彼ら――千歳たち2組がやってきたのは、他クラスが誰ひとりとして来ないところで、藤沢先生だからこそ選ばれた。

 生徒たちの反対を押し切った担任は、これまでで何人かいるらしいが、藤沢先生はその中の1人だ。

 バスが停車し、藤沢先生がバス車内で声を出す。

 曰く、我先にと降りようとして躓いたり、前の人を押したりしないように、と。


 そんな中、バスの運転手がドアを開けた。


 生徒が座席から立ち上がり、あまり乗り気ではない今回の場所を見ようとバスから降りる。そのはずが、真っ先に、我さきにと降りたのは藤沢先生だった。


「くぅ~っ! やっとこの時が来た!」


 バスから降りて、握り拳を作る。

 生徒たちは皆呆れたように視線を向けるが、藤沢先生が気付くことはなく、足早に店へ向かっていく。


「あ、先に到着の挨拶してくるから!」


 思い出したように振り返り、生徒に向かって言い放つ。生徒たちは、仕方ないか、といつのものことだと思って、各々動き出した。

 千歳もまた、ポケットに手を突っ込み、中にあるルームキーを落とさないよう気を付けながらバスを降りる。そうしていることが余計に怪しいのだが、本人が気付く様子はなかった。


「千歳、行こ」


「うん」


 ポケットに突っ込んでいた手を引き抜かれ、愛希が手を繋ごうとする。

 だが、それは叶わなかった。

 その手にはルームキーが握られており、2人の間に静寂が漂う。

 千歳はそっとポケットにルームキーを戻すと、内心びくびくしながらも愛希に手を差し出す。


「愛希ちゃん、行こ」


 出来るだけ元気よく、怪しまれないよう言ってみた。けれど、千歳は愛希の表情が変わっていくことに気付く。


(あー……、これアカン奴)


 愛希が無言で、ルームキーの入っているポケットに手を突っ込むと、勢いよくそれを引っ張り出す。


「……千歳、なにこれ」


 威圧的な物言いに、千歳は本格的にヤバイと感じ始めた。


「え? 見てわからんの?」


 とりあえず、いつも通りに振る舞う。

 ……だが、それは怒りを増幅させるだけのようだった。


「千歳」


「なん?」


「これ、ルームキーやんな」


「そうやな。知らんけど」


 知らんけど、知らんけど、知らんけど―――

 愛希の中で反芻される、知らんけど。


「先生のとこ行くで」


「……うん」


 2人は、藤沢先生のところへ向かう。

 建物は時代を感じさせる瓦に、入り口はスライドドア。

 よくよく見れば、建物が思っていたよりも小さい。

 千歳は開け放たれたスライドドアの入り口を通り、中に入った。既に何人ものクラスメイトが入っていて、皆一様に思った。


(ここ中学生が来るところじゃないやろ!)


 中には酒が置かれていて、その奥には祭壇のようなものがある。

 中は、外見に比べて広いように思えた。

 彼らがやって来たのは、松浦一酒造。

 創業1700年を超えるらしい。

 担任である藤沢先生は、特に酒が好きというわけでもなく、あれば飲む、なければ飲まない、といった程度。


 そんな彼女が生徒たちに我を通し、酒を見に来ることはまずない。

 藤沢先生が見に来たのは、店の奥にある祭壇のようなものに置かれているもの。

 そこに辿り着くまでにも、彼女が見たかったもの――石像・彫像や書画・置物などが陳列されており、シャッターが幾度となく押されていった。


 そして、最奥に鎮座していたのは、河童のミイラ。

 彼女のテンションは、クライマックスを迎えようとしていた。


「先生」


 そこへ愛希が声をかける。

 急激に熱が冷めて行き、藤沢先生は振り返った。


「どうしたん」


 普段よりやや声が低くなってしまったのは、仕方ないだろう。なにせ、目の前にある本命を見ようとした直前に呼び止められたのだから。


「千歳がルームキー持ってました」


「……はぁ?」


 どういうことか、さっぱりわからない。

 普通、ポケットや鞄などは真っ先に調べる。藤沢先生にとって、千歳の行動原理は難解な数式よりも難解で、ついぞ卒業まで踊らされることになるのだが、彼女はまだ知らない。


「説明して」


「はい」


 愛希がこれまでの経緯を説明すると、藤沢先生は呆れたように千歳を見た。


「あははー……」


 から笑いをする千歳は、流石にマズイと感じ取ったのか、少しずつあとじさる。


「宮原……マジか」


 後ろで聞いていた男子生徒が声をかけると、愛希と藤沢先生に睨まれて退散した。

 あまりにも早い退場に、千歳は言葉が出ない。彼の行く先を見てみると、よくつるんでいる友人と千歳について話しているようだ。


「千歳ちゃん、とりあえず戻ろな」


「ええ~!」


「ええじゃない! なんでこんな大事なこと言わんかったん? もっと早くに――それこそ出発前に言ってくれれば……」


 目の前に、彼女の目当てのものがある。

 それは、河童のミイラである。

 あらゆる伝説が大好きな藤沢先生は、鬼や天狗などはもちろんのこと、河童も例に漏れず、伝説好きの担任ということで生徒の印象は一致していた。

 その彼女が、御預けを喰らう。


 生徒たちは、特に千歳は、この後不機嫌になる担任の姿が目に浮かぶ。


「すみませんでした……」


 力なく項垂れる千歳の頭に、手が置かれる。優しい手つきで撫でているのは、不機嫌になるだろうと思われた藤沢先生。

 伝説好きな彼女だが、生徒には厳しく優しくを貫き、また校内で一番の美女ともっぱら噂で、男子生徒や男子教員の中では断然トップの人気を誇り、女子生徒からは尊敬の眼差しを向けられる、校内でも一番人気の高い先生だ。


「たまにはそういうこともあるやろ」


 そう言って、藤沢先生は千歳の頭を撫でるのをやめる。

 ホテルのルームキーがここにあるなら、届けなければならない。郵送でもいいのだろうが、ここからはさほど離れているわけでもなく、ここの見学をすこし早めに切り上げてホテルへ向かえばいいだろう。


「じゃあ、ここを出るんは11時20分くらいかな。バスのところに11時15分集合!」


 藤沢先生が声を張り上げ、2組全員に聞こえるように言った。


「じゃ、2人もここを楽しんで」


 千歳と愛希の相手が終わり、彼女はようやく瞳を輝かせる。

 まるで、餌を前にした犬のように。

 尻尾があれば、元気よく振り回していたかもしれない。

 そんな藤沢先生を見て、苦笑を漏らす。2人は暖かい目で彼女を見ると、自分たちもクラスメイトの輪に加わった。


 加わった先では、千歳が毎度のように弄られ、ちょっと拗ねてしまった千歳を宥める愛希の姿。日常がそこにあった。


「すげー。これ先生見たかったやつ?」


 愛希と藤沢先生に睨まれて退散した男子生徒とは別の男子生徒が、藤沢先生に話しかける。

 その声を聞いた千歳たちは、伝説好きの担任が求めていたものは何だったのかと気になり始めた。

 最奥に鎮座する河童のミイラの元へ、ほぼ全てのクラスメイトが押しかけてしまい、藤沢先生は顔がにやける。これだけの生徒たちに、自分のものではないが自慢出来るのだから。


「皆、並んで並んで。順番に見るんやで! くれぐれも壊さんように!」


「はーい」


 生徒たちの返事を聞いて、美女の担任はほくほく顔でその場から離れる。

 

「楽しめてもらってるようでよかったです」


 そこへ松浦一酒造の社長である田尻が近寄った。

 彼女ははたと思い出す。


(あ、挨拶すんの忘れてた……)


 教師としてあるまじき失態。


(いやっ、まだやり直しは出来る!)


 そう思いなおし、藤沢先生はまず、謝罪の言葉を口にした。



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